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ロワールハイネス号の船鐘  作者: 天柳李海(旧・天竜風雅)
第4話 碧海の彼方
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4-64 エアリエル号へ

 カーライトは実に腐りきった表情でジャーヴィスを眺めていた。自分としては納得いかないが、わざわざアドビス・グラヴェールをここまで呼びつける度胸もなかったらしい。

 カーライトはシャインの方に顔を向けた。靴のかかとを鳴らし胸を張ると、潔く頭を膝に擦り付けんばかりに下げた。

「申し訳ありませんっ! お名前は存じ上げておりましたが、お会いした事がなかったので……。ご無礼いたしました」

「いえ。わかっていただけたらそれでいいんです。あなたは、ご自分の任務を忠実に果たしたまでのこと……」

 シャインは憮然とした表情をゆるめて、カーライトに頭を上げるようにすすめた。

 カーライトの隣に立つジャーヴィスは、いつもの切れ者という風格を感じる落ち着いた表情のままだった。シャインは身の証が立てられた事による安堵感がじわりと胸に広がるのを覚えながら、ジャーヴィスに向かって軽く頭を下げた。ジャーヴィスはシャインと一瞬だけ目を合わせると、照れたように視線を地に落とした。

 ほっとした。ジャーヴィスがここにいてくれて、本当によかったと思う。

 今まで味方は誰一人としていなかった。

 自分を助けてくれる人がいてくれるのは、なんと心強くてありがたいことだろうか。

 シャインは辺りを見回し、だが依然として自分を取り囲む海兵隊達が、狙いをつけた銃を下ろそうとしないことに気付いた。


「カーライト大尉。海兵隊への命令を解除してもらえませんか?」

 発砲しないとわかっていても、疑いが晴れた今、銃口を向けられているのは実に不快だ。

「いえ、これから我々はグラヴェール中将の命により、ロワールハイネス号の船内を捜索いたします」

 カーライトの水色の瞳に友好的な色は浮かんでいなかった。

「捜索って……この船には俺しか乗っていない。俺が海上を漂っていたこの船を見つけ、ここまで動かしてきたんだから……」

 シャインは船内に潜んでいるヴィズルの事を案じ、考えていた言い訳を口にした。だがカーライトはシャインに背を向けた。海兵隊たちに大声で命じる。

「海賊が潜んでいるかもしれん! 警戒を怠るな!」

「大尉!」

 シャインがカーライトに向かって一歩足を進めた時、カーライトの隣に控えていたジャーヴィスが、すっと出てきてシャインの進路を塞いだ。


「ジャーヴィス?」

 ジャーヴィスの顔にも笑みは浮かんでいなかった。

「グラヴェール艦長。私も中将閣下の命に従わねばなりません」

「何だって?」

 ジャーヴィスが目で合図をすると、2名の海兵隊員が素早く走ってきてシャインの両側で銃を構えた。

「ロワールハイネス号に乗っている者は、全員拘束せよとの命令です。たとえあなたであろうとも――」

 シャインはジャーヴィスを黙ったままじっと見つめた。

 逃げるつもりはない。

 だが疑わしき者ということで捕えられ、船倉に押し込められるわけにはいかない。


「ジャーヴィス、俺はあの人……中将にどうしても会わなければならない。あの人と話をしなくてはならないんだ! 拘束するならその後にしてくれ。お願いだ」

 ジャーヴィスは額にこぼれる乱れ髪を手で払い、ちらりと暗くなった海に浮かぶエアリエル号を眺めた。

 ゆっくりと一呼吸して、ジャーヴィスの肩が上がり、そして下がる。

「なら……大人しくして下さい。そうすれば、あちらに着き次第、中将閣下の所へご案内いたしましょう」

 シャインは心からほっとして、ジャ-ヴィスに微笑した。

「ジャーヴィス、ありがとう」

「……」

 ジャーヴィスは眉間をしかめ、シャインから顔を引き剥がすようにして背けた。


「中将閣下はきっとあなたの話を聞きたがるでしょう。私も……まずはあなたが今まで何をしていたのか、それを一番にお聞きしたいのが本音です」

 ちらりと後ろを振り返ったジャーヴィスの表情は、とても複雑そうに見えた。

「あなたはこつ然と姿を消して、多くの人を心配させたのです。それがどういうことか、お分かりですか?」

「……」

 ジャーヴィスの言う事はもっともだ。シャインはジャーヴィスの胸中を思い目を伏せた。

「すまない。俺はどうしても彼女を……ロワールを……取り戻したかった」

 ふっとジャーヴィスがため息を漏らした。すでにシャインの考えを見越していたような態度だ。


「何はともあれ、お二人ともご無事でよかった」

 口調は堅いがジャーヴィスの声の響きには安堵があった。

「それではエアリエル号へ参りましょうか」

「ああ。早く……あの人と話をつけたいんだ」

「わかりました」

 ジャーヴィスはシャインの両脇にいる海兵隊に、シャインをエアリエル号まで連れていくように命じた。

「あ、ちょっと待ってくれ、ジャーヴィス」

「なんですか?」

 シャインは後ろを振り返り、メインマストまで歩み寄った。

 そこで心配げにたたずんでいたロワールと一言言葉を交す。

 ジャーヴィス達には彼女の姿が見えていないだろうから、実に奇妙な光景として映っているだろうが。

「シャイン、私待ってるから。あなたのこと、待ってるから」

 シャインは一度だけロワールに振り向き、大きくうなずいてみせてから、ジャーヴィスが待つ舷門へ歩いて行った。



 ◇◇◇



 日がとっぷりと暮れた。けれどエアリエル号の甲板では、明かりを掲げることが一切禁じられているとジャーヴィスが言った。

 シャインにはここからヴィズルの島まで、約一日をきった海域にいるとわかっていたので、敢えてその理由をジャーヴィスに聞こうとはしなかった。


 エアリエル号に乗り込み、その甲板に下り立った時、シャインは緊張のあまり体がすごく強ばっていることを意識した。何分右手を痛めているので、雑用艇からエアリエル号の船腹についている、梯子状の舷梯を昇るのに少し手間取り、体力を奪われた事も関係している。

 身軽なシャインの動きを知っているジャーヴィスは、たかが舷梯を昇るのに手間取るシャインをけげんな表情でみていた。が、右手の事は周囲が暗かったせいもあり、気付かない様子だった。


 エアリエル号の甲板では、常に20名の海兵隊員達が銃を片手に警戒している。

 当直に当たっている水兵の数も多い。

 ぴりぴりとした空気を感じる中、シャインはジャーヴィスに連れられながら船尾へと向かった。ミズンマストの後ろにある狭い昇降口の扉を開き、階段を下りて第二甲板へ来た。

 第二甲板の天井は低く、シャインとジャーヴィスは少し頭を屈めながら、更に船尾へと向かう。両舷には覆いを取られ、台に乗せられた大砲がずらりと並び、当直の水兵達が数名、その点検に余念がないのが見えた。


 シャインはそれを複雑な思いで見つめた。

 ヴィズルとアドビスが和解してくれたら、これらを使う機会はなくなるのに。

 シャインはため息をつきながら、ジャーヴィスの背を追った。

 アドビスを説きふせる自信は正直ない。

 それでもやらなければならないが――。






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