お昼の大決戦!!!~ライバル=給食+嫌いな物~
今日もいつもの時間が迫る。
その時を知らせる鐘が校内に鳴り響く。
同時に空模様は怪しくなり、太陽の光は僕の心を表すように雲に隠れる。
決戦の時は近い。
今からやってくるのは子供にとって、時に最大の楽しみであり、時に最大の苦痛ともなる、その名も給食。
僕は記憶に間違いがないかと、何度目になるか分からない献立表の確認をする。
間違いない。今日は恐ろしい奴らが相手。
緊張感を表すように掌が汗ばみ始め、心なしか口内にも乾燥を感じる。
これまでも逃走という選択を許してくれない教師達の視線は、一種の軟禁ではないかと疑いたくなる。
大人達に対して、これほど無力を感じる事はないのではないだろうか?
やがて――机を占領するように奴らがやってくる。
残念ながら献立表に間違いはなかったようだ。
朝礼で頭の薄い老人は延長に延長を繰り返す癖に、こういうところだけをキッチリしているのが学校という組織の恐ろしいところである。
兎も角、敵はやってきた。
僕の味方をしてくれる奴も混ざっているのがせめてもの救いか。
その名はシュークリーム。彼女は最後に取っておくべきだ。
救いになってくれる彼らを回復剤として残しておかなければ、ボロボロになった僕は午後の時間を屍として過ごす事になってしまう。それを避けるために最後の救い手として重要な役割を与える。
そして、僕は最初に戦うべき相手に視線を落とす。
まずはこいつ、その名を牛乳。
ほぼ毎日の出現する相手であるが、こいつを基本の飲み物とする政府の意図が掴めない。
世の中の人間は彼の成分を知っているだろうか?
なんと彼は血液とほぼ同成分で出来ている。
色が白いか赤いかの違いで、基本は血液なのである。
果たして、いつから人間は吸血鬼になったというのだろうか。
きっと、大人達は学校を吸血鬼製造工場にするべく企んでいる。恐ろしい計画だ。
一口含む。臭い。苦い。若干のとろみがスライムを思わせる。もちろん、スライムを食した事はない。
それに近いお菓子なら食べた事はあるが、感想は牛乳ほどではないがお世辞にも美味しいと感じる人間がいるのかという疑問を今でも持っている。
話はそれたが、現在の相手を再確認する。
その容量は200CC。決して多いとは言わないが少なくもない。普通の人間に取っては。
ただ僕にとっては多すぎる。本当なら10分の1の20CCだって口にしたくない。
しかし、給食の時間は長くはなく、こちらを急かす様に針を進める。
覚悟を決めて鼻を摘み一気に飲み干す。
ドロリとした喉を潤す事のない纏わりつく感覚が、泥水を飲まされている感覚と同調する。
実際に泥水なんて飲んだ事はないが、僕にとってはどちらも違いはない。
どこかのCMで「まずい!もう一杯!」なんてものがあったが、僕には要求という選択は絶対にありえない。
それでも喉に残る嫌な感覚を意識の奥に閉じ込めて、視線を次の相手へと向ける。
忘れてはいけない。まだ戦いは始まったばかりである。
次の相手の名はコッペパン。
こいつも、ほぼ定番の強敵である。
元々は海外から小麦を売りつけられた政府が、消費対策として学校に割り当てた大人の都合食材。
当然、店舗販売されているパンとは一線を画す。
その性能は甘みも旨みも惣菜も抜かれており、口にする者に楽しみを感じさせない。
何よりも恐ろしいのは、その年に取れた小麦ではなく、1年間保管された物を使用している事である。
政府は緊急用に保管していた、一般には売り物にならないそれらを、子供達に消費させているのだ。
ベルギーでは1年保管したものを食べるのが常識だが、そのお陰で世界一パンが不味い国と言われている。
つまりは不味いと分かっている、その材料でつくられた残飯を子供達に処理させているのである。
分かっていながらも反論すべき相手は手の届かない所にいる。
仕方がなく両手で、罪もない国の刺客を無慈悲に千切る。
一口サイズまで形を変えた彼を己の口へと、次々放り込んでいく。
同時に、あっという間に口内を砂漠状態へと環境を変化させる相手。
この攻撃でどれだけの学生が乾きを訴え、どれだけ苦戦したのだろうか。
その威力は泣く子の流れるはずだった涙すらも枯渇させる。
僕は口で暴れまわるスポンジの様な物体を、喉に引っかかる感覚を覚えながらも無理やりに腹の中へと落とす。恐らく、後1秒遅かったら喉は機能を停止されていたかもしれない。強敵だった。
しかし、ここまでは序の口である。
真の戦いはこれからだ。
次の相手はサラダ。
別に全てのサラダが嫌いなわけではなく、伏兵の如く隠れている「セロリ」という悪魔がやばい。
僕は考える。
最初にこの悪魔を口にした人間は何を考えて食料に加えたのだろうかと。
そこらに生えている雑草との違いを明確にしてほしいと思うのは僕だけであろうか?
しかし、サラダとして既に混ざってしまっている状態で子供に拒否権はない。
恐らく、「こんな雑草食べられるか!」と言ったところで、悪魔擁護派の先生は「好き嫌いはダメ」と強制してくるに違いない。やるしかない。
他の正統派サラダに紛れさせて、誤魔化すようにして口へ押し込む。
だが当然ながら、他のサラダの努力は全く抵抗として表れない。
一瞬の酸味、鼻をつく香り、そして何よりも強烈な苦味は、悪魔本来の力を隠すことなく僕へと行使してくる。
まるで舌を麻痺させて、己の姿を煙に撒こうとする逃走者のようである。
こんなモノは大人になったら絶対に食べないと誓いながら、最後の強敵へと視線は向いている。
最後の相手に油断は禁物である。
きっと、僕を弱らせて止めを刺すタイミングを狙っているに違いない。
隙を見せたらやられる……!
そいつは既に偽装していた。
しかし彼には残念だが、献立表からそれは判明している。
最後の敵の名は「肉詰めピーマン」。
子供の敵であるピーマンを子供の大好きなものを強調する事で偽装した、大人の汚い策略である。
大人達は分かっていない。
ピーマンという大ボスは、そんな程度では姿を隠しきれていないという事を。
奴は己の身で包まれた肉へも浸食をして、独特な苦味を植え付けてしまうのだ。
こうなってしまうと手遅れ。
感染した肉は本来の旨みを失ってしまい、分離したとしても肉として扱う事は無理である。一緒に片づけてしまうしかない。
ちなみにピーマンは冗談ではなく、本当に毒を含んでいる。
もちろん致死量ではないが、多量に摂取すれば命の保証はない。
子供は大人よりも敏感である舌が、この毒「アルカロイド」を感知して拒否反応を起こす事で「嫌い」という感情を引き起こす。
つまりは子供達の嫌いという感情は間違っていない。正しい。
大人になると毒に対する耐性が強くなるのと、舌が鈍くなる事で苦手意識がなくなるのである。
僕は今から、その毒を食らおうとしている。
食べる前に遺書を残すべきかと本気を思い始めたが、きっと残してあるシュークリームが解毒剤になってくれると信じて、最後の決戦に入る。
さすがに丸呑みするには無理。やはり、かみ砕く必要がある。
感情を押し殺して、機械的に細切れにしていく。
苦い苦い苦い苦い、ニガイッ……
セロリに匹敵する苦さと、毒入りだという事実が一層精神をかき乱す。
――くそっ、負けるかっ! 僕はこんな程度の毒にやられはしないっ!
しかし、細切れにした事で苦味は膨れ上がる一方。何としても飲み込まれてやるかと抵抗を続けている。
――このままではピーマンに負けてしまう!?
その時だった。
最後の希望、女神とも言える「シュークリーム」が僕に微笑んだ気がした。
――ここを乗り切れば……彼女が僕を救ってくれるっ!
最後の気力を振り絞り、叩きこむようにして喉の奥へと押しやる。
――や……やったかっ!
既に左腕がシュークリームへと向かっている。
言葉の如く、後味の悪さを消し去る為に少しでも早く摂取する必要がある。
だが、僕は1つ見逃していた。
「なんだ、お前、シュークリーム嫌いだったのか。仕方がねぇな。俺がもらってやるよっ」
完全に彼の存在は頭になかった。いや、忘れていたと言った方が正しいかもしれない。
数々の熱い戦闘が彼の存在を消し去っていたのだ。
そして瞬時に思い出す。
こいつは……通称「大食らい」
好きなものと嫌いなものの区別がつかないくらいの大食漢。
こいつにとっては、お腹に収まれば何でもいいのである。
――しまったっ!
そう思った時には遅かった。
相手の言葉を否定する暇もなく、そいつは僕の女神を口へと放り込んだ。
「ああああああああああああああああっ!!!」
ここまでミッションをやり遂げてきた喉を、更に無意識に酷使してしまう。
「おう、感謝しろよ。ごちそうさん」
伏兵はそう言って席を後にする。
残された虚ろな瞳を漂わせる僕の心と口の中に新たな苦い思い出が刻まれ、そして――お昼の短い戦いは僕の完全敗北で決着がついた。
いつの間にか晴れへと変わったはずの空から、まるで僕の心を読んだかのように雨が降り注いでいた。
なんで、こんなバカな話が思い浮かんだのか分かりません(笑)
でも意外と事実だったりするところもあるかも?