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I,solation  作者: 0
3/3

Three,Restoration

カリギュラの活躍の無さ。

〈Think,Worsam.〉


 俺の信じていたものは、いつ消えたんだ。


 1992年、俺はロシアの地に捨てられた。冬のロシアの気候は暴力的だ。まだ七歳だった俺が大事に至る前に拾われたのは奇跡としか言いようがない。


 俺は奇跡で生きている。そう思った。


 俺を拾ったのはとあるレジスタンスだ。ソ連崩壊直後の荒れた土地で、強い国であるソ連を取り戻さんと、武力を使ってロシア各地でテロを起こしていたそのレジスタンスの組織名は、英語表記だと「取り戻す者達(RECOVERS)」。


 今となっては有名な名前だと思う。社会が崩壊し、新たな社会にならざるをえない状況を作った根源であるこの組織を知らない者はいない。


 主な構成員はソ連崩壊によって職を失った者達や、社会福祉制度の変更で生活の厳しくなった貧困層の人々だったが、その組織の首領が雇った傭兵や職を失った元軍人などの指導で構成員の70%は国軍の兵士並の戦闘能力を身につけていた。


 首領の名前は言うまでもないだろう。彼の名前は歴史の授業でも習うはずだし、何より悪の象徴として彼の名前はロシア語の一般動詞になっている。


 エイゴール・オーンスタイン・ザハロフ。


 勿論、俺はこの男の下で育った。


 酷い子供時代だった。覚えている風景は死体の山と、燃える街。十五まで戦っていたのに鮮明な記憶が無いのは罪悪感の逃避やガンパウダーを常習的に吸っていたことのせいだろう。戦場の記憶がフラッシュバックするときはガンパウダーで忘れる。古風なやり方だが、安くてお手頃な方法だ。


 幸いなことに、俺には人を殺した記憶しかない。それ以外の酷い思い出は無い。


 それ以外が何かは想像にお任せする。俺は少年兵だったから経験しなかったが、大人はそうはいかない。極限の状態なだけあって、大人たちの色欲は常軌を逸していた。


 そして、運命のミレニアム、1999年の大騒乱だ。


 ロシア国内の暴動は更に激しさを増し、ロシアは無政府状態になっていた。他国へ亡命する国民は後を絶たなかったが、亡命しようと無駄なことだった。世界は戦乱に覆われることになる。


 始まりは、ロシアの研究所で開発中だった新型兵器、「皇帝ツァーリ」がRECOVERSによって強奪されたことだ。


 ツァーリは奇怪な形をした戦車で、かの有名な最悪の水素爆弾、「ツァーリ・ボンバ」の後継として開発された水素爆弾を搭載している。しかもその戦車は飛行能力を有しており、飛行距離は約30000㎞。ここまでくると戦車というよりロケットなのだが、十分に戦車としての装備もあり、なんとも言えない。


 水素爆弾の火球の半径は約50キロ。従来の爆弾とは比べものにならない威力だ。熱戦による致死距離は100キロ。まさに爆弾の皇帝ツァーリだ。


 自爆する戦車。


 敵地に侵攻、戦闘と殺戮を行った後、主要部を吹き飛ばす。


 正気の沙汰ではないこの兵器を強奪したザハロフは国連に宣戦布告を中継で行った。


 事件はその時起こる。


 ザハロフが自分の強奪した兵器を自慢していた時だ。突如としてツァーリ群が暴走、搭載された機銃でザハロフらRECOVERSのメンバーを殺し始めたのだ。


 俺は幸い死ぬことは無かったが、左手を撃ち抜かれた。大人になってから俺は義手になるのだが、その話は別に良いだろう。あまりいい話ではない。


 暴走の原因は、ツァーリがAI制御であることにあった。


 自爆する機械にのる兵士はまずいないだろう。カミカゼ・アタックのような殉教精神も無ければ、守るべき信念を貫ける兵士はそういるものではない。しかし、AIによる自立制御機能は、裏目にでることになる。


 ツァーリのAI制御システムは、そこらのレジスタンスが干渉できるものでは無かった。そのためツァーリのAIはなんの変更も行われないままだった。外部干渉を24時間以上受けなければ、設定された仮想敵国に攻撃を開始する。それがツァーリに与えられた最新のプログラムだった。


 周囲の脅威を排除した後、ツァーリは攻撃に入る。


 仮想敵国として入力されていたのは核保有国。最悪なことに、すべての機体の目標は核実験場だった。


 ノストラダムスの大予言を誰もが覚悟した。


 幾つもの核の花が世界各地で咲き、世界は混沌を強いられることになったかに思えた。しかし、最悪の事態である無政府状態の混沌は免れた。


 アメリカに向かった一機のツァーリは軌道を逸れ、ペンタゴンに落ちた。奇跡的なことに、不発だった。理由は様々な憶測が飛び交っているが、これといったものは無い。その機体のみ落下のタイミングが大幅にずれており、AIのデータが抜け落ちていたことが理由とされているが、その原因は分からない。アメリカの通信衛星が一基、一時的に使用不可になったことから、何かの関係があるのではないかと囁かれている。


 アメリカ以外の核保有国は壊滅的なダメージを負った。アジアとヨーロッパは核保有国が集中しているため、ユーラシア大陸は混沌そのものだった。更に核の雲の影響で農作物が育たなくなったアフリカ大陸や周辺の島国も混沌が覆い、無秩序状態となった。


 その世界を正すために三年後、組織されたのが国連軍だ。


 無秩序状態の国々に模範をもたらせるという大義名分のもと、アメリカで新しく考え出された社会の仕組みを世界に押し付け、逆らう者を排除するために組織された軍隊。「オラクル」という戦場管理システムによって、指示された通りに戦闘を行う部隊。


 外注だ。


 俺はその時思った。すべてのものを外注に出す、そんな戦場。判断すること。人間が、生物が獲得した根本的な本能を外注にだしたのだと俺が悟った時には、戦場どころか社会はあまりに変わりすぎていて、あまりに完璧だった。


 三年で社会は大きく変わった。南北アメリカは新しい社会基準で世界を創り替え始めた。対テロ、対犯罪者の世界。全てがIDづけされ管理された、安全と引き換えに判断することを放棄した世界。


 そんな中で、唯一オラクルによる干渉を受けない部隊があった。


 駆除部隊。


 このあまりに素っ気ない名前の部隊で俺は生きた。この部隊の創設理由はほかでもない、兵器の実戦運用のためのテスト部隊だった。まだオラクルに登録されていない兵器。中には非人道的な兵器もあったが、俺は構わなかった。誰にも邪魔されず、自分の意志で判断して人殺しを行う部隊。ここしか俺の場所は無い、そう思った。


 だが、世界が落ち着いた後、俺たちの部隊は戦犯として捕らえられることになる。


 俺は社会を憎んだが、社会の成長はもう止められないものになっていた。社会の脳幹部分、全てのID認証、政治、経済、全てを司る意思決定機関、「ENGINE」。俺は彼らに裏切られたのだ。


 そのためだ。俺がこの施設に収容されているのは。


 あまりに大雑把おおざっぱな説明で申し訳ないが、客だ。


 またの機会に、社会の仕組みを知ることになるだろう。


 俺の生きてきた物語はこれじゃ語り切れないが、それもまたの機会だ。


〈Think,Worsam.End.〉




「誰もいないわね……」


 メリッサは呟く。サーバールームはもうすぐそこなのだが、一つ気がかりなことがある。


 襲撃者どころか、徘徊していた殺人鬼達すらも見当たらないのだ。ここに来るまで、人の気配すらしなかった。ああ、それなら、とワーサムが言う。


「連れ去られたんだろう。お前ら、気付かなかったのか?血が筋を引いて面会者用入口の方に向かってた。抵抗の跡があるし、何より死体が無い。ったく、異常者集めて何をおっぱじめるっていうんだ」


 ワーサムは平然とそう言ってのけた。伊達に死線を潜り抜けてきたわけでは無いようだ。ワーサムの観察眼と洞察力には目を見張るものがある。それとも、私の観察力不足か。


 ワーサムの経歴はサンスターから興味本位で聞いたことがある。なんでも、少年兵としてロシアのレジスタンスに所属し、その後国連軍の駆除部隊に入ったらしい。


 駆除部隊といえば、最悪の戦犯達と言われた部隊だ。戦地に赴き、容赦なく相手を駆除する。しかしそれが表向きの理由だということを私は昔に調べた。非人道的兵器を実験運用していたことを、この社会の意思決定機関である「ENGINE」が恐れたからだ。


 社会に裏切られた男。それがワーサムだ。



 サーバールームに入った瞬間、即座に違和感を感じた。


 まるで、見えるべきものが見えていないような、そんな感覚。


 ワーサムもその違和感を感じたのか、ナイフを構える。


 と、ワーサムがナイフを予備動作無しで何もない空間に投げた。


 ナイフは空中で止まり、その場所から鮮血が飛び散る。同時に叫び声。


「クソが、何故見えている!」


 突如として空間にノイズのようなものが走り、男が現れた。陸軍仕様のパワーアシストスーツを着込んでいる、スキンヘッドの男。腹に刺さったナイフは軽傷だったらしく自分で抜いて投げ捨てた。左右のホルスターにはガバメントとリボルバーが収まっている。


「首を狙ったつもりだったんだがな。お前、隠れる気あるのか。まるわかりの偽装だ。環境追従迷彩くらいで騙せると思ったとは、俺もなめられたな」


 ワーサムが言い終わる前にスキンヘッドが動いた。ホルスターからガバメントを引き抜き、ワーサムに向ける。驚くことにワーサムは銃口を左手で塞いだ。スキンヘッドは鼻で笑い、


「おいおい、銃口を塞いで発砲者の頭が吹き飛ぶってのは迷信だぞ?まずは左手を貰っ……」


 スキンヘッドが言い終わる前にワーサムの左手は拳銃の上部に移動、そのまま手を引く。すると、拳銃のスライドが強制分解、銃は使い物にならなくなっている。


「なっ……」


 スキンヘッドが驚いている隙にワーサムは踏み込み、顎に掌底を見舞った。ただの掌底では起こりえない金属と肉のぶつかる鈍い音がした。スキンヘッドは踏ん張り、なんとかリボルバーを抜くが、引き金に指を掛けたままリボルバーを捻られ、指があらぬ方向に曲がっている。


 悶絶して倒れこんだスキンヘッドの鳩尾にワーサムは容赦なく蹴りをいれる。スキンヘッドはどう形容すればいいのか分からない悲鳴を上げた。


「お前は誰だ」


 ワーサムはスキンヘッドに尋ねる。ワーサムの眼光はさっきより増して鋭かったが、何かを思い出したらしく、メリッサの方を向いた。


「おっとすまん。尋問は刑事さんの仕事だ。俺は黙って見ておこう」


 ワーサムはメリッサに目で尋問を促す。だが、メリッサが話し始める前にスキンヘッドが口を開いた。


「……んだよ……」


「……え?」


 あまりに声が小さかったため、メリッサは聞き直す。


「何なんだよ、その左手……」


 どうやらその言葉はメリッサではなくワーサムに向けられた言葉らしい。私とメリッサもワーサムの左手に注目した。皮のグローブが所々破れ、中身が見えている。


 人間の、生物の手ではありえない、鈍い光沢。


「これか。あまり気付いてほしくは無かったんだが」


 そう言ってワーサムはグローブを外し、袖をまくりあげる。


 オリーブドラブの義手。


 それも、一般用義手ではない。軍用の大出力戦闘用義手だ。D-2500だ、と私は思う。


 D-2500。ミレニアムの大騒乱後、国連軍に普及したD-3000の試作義手だ。


 試作ということで詰め込めるだけの出力と武装、装甲を持っており、試作品の中で最も高いスペックを誇る。そのオーバースペックゆえに一つしか作られておらず、実戦運用のテストとしてある兵士に使われたという。それがワーサムなのか。


 D-2500の特徴はその重さにある。肩より下だけでも30キロはあるため、義手を支えるワーサムの左上半身はほとんど義手接続のための改造が施されているだろう。よく観察すると左肩がやや盛り上がっている。


 オーバースペックであるD-2500の関節のモーターには相当の負荷がかかる。そのため、肘関節や義手の各部にインパクトモーターという当時実験中だった機構を使っているらしい。インパクトモーターは、関節を曲げる際に、内蔵した圧縮空気を噴出し、その衝撃により重い義手を動かすというものだ。使用者への負担が大きいが、かなりのスピードで動くことができるという。


「この義手は、国連軍に入った時につけてもらった。意外と重宝するんだぞ」


 そう言ってワーサムは分解したガバメントの弾倉を取り上げ、義手の手の甲の部分の溝に差し込んだ。ガチッ、という音がすると、ワーサムは拳を固め、壁に向かって突き出した。突き出すと同時に義手の指の付け根から銃弾が発射されている。四つの銃弾が壁に痕を残した。


「さあ、もういいだろう、この義手の御披露目おひろめは。尋問を始めてくれよ」


 そうね、とメリッサは答えるが、驚きを隠しきれず、どうしたものかと戸惑っている。ワーサムは溜息をつき、


「もういい。俺がやろう。お前は誰だ。誰に雇われている。目的はなんだ」


 スキンヘッドはしばしの逡巡の後、こう答えた。


 分からない。俺がここにいる理由も、自分が誰なのかも。

ワーサムの過去の話ですが、決して私のうっかりで全貌が把握できないのではありません。あくまで主観の話、そして、ワーサムをメインとした話なので、直接社会の仕組みを描いたわけでもなければ、全てが真実とは限らないので、あしからず。

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