One,Caligula
短編ホラーを書くつもりが、何故か推理サスペンスに…(笑)
楽しい仕上がりにはなってますので、ぜひともお読み下さい。
私は、月が欲しい。
その日はあまりにも空気が重く、あまりにも澱んだ雲が空を覆う、そんな日だった。
しかしその日は、私にとって歓喜に満ちた日だった。
面会者。
そんな人物が私に現れるなんて、思いもしなかった。
相手は刑事らしい。こんな所に面会者が来ることでさえ珍しいのに、それが刑事とは。
一体何の用だろう。この隔離病棟に。
隔離病棟。そう呼ばれているこの施設は、精神異常者が刑務所、もしくは精神病棟で対応しきれない場合に収容するための施設だ。つまり、ここに集まるのは社会に適応、いや、認められなかった人物が収容されている。
勿論、私もその一人だ。
まったく、酷い話だと思う。人間は理解できないものを排除したがるが、理解したがる物好きもいるのだ。そういった、俗にいうマッドサイエンティストなる人物達と警察の密約によって、この施設は成り立っている。私達は彼らが良しというまで満足に死ぬこともできない存在なのだ。
とはいうが、私達はそのことに絶望している訳でもない。むしろ、充実している。
じつは、この施設では異常者の思考パターンや行動の研究と称して、私達にかなりの自由を与えている。好きな本、映画、音楽。すべて頼めば与えられるものだ。執筆も自由。食事は配給されるものなので好きなものではない、というか素気ない人工蛋白なので美味いとは言えないが、食事を除けば私達にとっての天国とも言えるかも知れない。私達の研究によって何かが得られるかといえば、知らないが。
この施設は山奥にあり、ここまでの道は舗装されていない。というのも、私達は元々重犯罪者で、表向きには処刑されたことになっているから、発見されるような場所ではまずい。施設自体も外からみると廃墟にしかみえない。
しかし、警備システムは最先端のものを利用している。中でもすごいのは無慈悲に視界に入ったものを排除する、自立行動型の無人機だ。外部からの干渉は一切受けず、天井の溝に沿って行動する。対物軽機関銃を二門装備し、装甲は小銃弾では歯が立たないほど厚い。この天国を脱走する人物など居はしないのに。
私が何故こんなことを知っているかというと、その創設者自身に直接聞いたからだ。創設者はサンスターと名乗る老人だ。恐らくサンスターという名前は、不治の狂人、ゾンネンシュターンが名乗っていたことからだろう。やはり、天才と狂人は紙一重だ。
何を生み出すかが狂人と天才を隔てる。彼はそう言っていた。
自分が天才だとでも言いたいのだろうが、狂人でなければ狂人は理解できない。サンスターも私と同じくらいには狂人だろう。
サンスターは自分がアメリカ政府のファイアーウォールを作った男だと語った。そのためアメリカは彼を恐れ、それなりの権力を与えているらしい。
面会者が訪れたことが、私の思考を停止させる。この警備の中どうやって部屋まで訪れるのかというと、答えはいたってシンプルだ。廊下を徘徊する処刑者の武器が効かないほどの装甲を使えばいい。核シェルター並の装甲を持った卵型のポッドに乗って面会者の入口から私達の部屋へ訪れる。
難しいことはない。力にはそれ以上の力で対抗すればいい話だ。
「あなたが、月の王ね」
面会者はそう告げる。まったく私の素性を知らずにここに来るはずがない。そうでなくては君はここに来ないだろう。私はそう応える。
カリギュラというのは私が外で活動していた時に名乗っていたものだ。由来はカミュの作品、「カリギュラ」だ。
最愛の妹であり情婦であったドリュジラを失ったカリギュラは、3日間失踪したのち人々の前に姿を現す。それまで理想的な君主であった彼はその日を境に豹変し、月を手に入れるといった不可能事を求めはじめ、神に代わる者として気まぐれな圧制を敷くようになる。
それから3年の間、カリギュラは民から財産を奪い、臣下を殺し、妻を奪い、また自らグロテスクな仮装をして乱痴気騒ぎをするといったことを続けるようになる。臣下は恐れをなしているが、彼に父を殺された少年シピオンや年増の情婦セゾニア、奴隷出身のエリコンらは彼を憎むことができない。しかし、冷静な臣下ケレアは着々と暗殺計画を進める。
その計画は回状のかたちで事前にカリギュラに露見するが、カリギュラは自分に逆らうのも休息になると称して、ケレアの前でその証拠の回状を破棄する。そして「死」を題材にした詩のコンクールを開き、反逆のざわめきが響き始めるなかでセゾニアを絞め殺したのち、押し入ってきたケレアたちの手にかかって自らも息絶える。
「私はこの作品が大好きだった。自分が受けた不条理を世界に返す。カリギュラのその様子に私は魅かれてね。まあ、私は虐殺などは好かんが」
「世紀の扇動者。あなたはそう呼ばれていたわね。あなたはこの社会の基盤を揺るがすような大事件を起こした。そして、この施設で隔離されている」
刑事はメリッサと名乗った。メリッサ・ロス。
「この施設も悪くはないよ、お嬢さん。あと、すこし誤解があるようだ。あの事件を起こしたのは私ではない。私はただ、この社会の弱点を彼らの耳元で囁いただけだ」
「どちらも同じよ。あなたは処刑されるべき人間だわ」
面会者の刑事は吐き捨てる。私は肩をすくめ、
「で、本来なら処刑されて助けを求めることもできなかった私に何の用だ。まさか、本当に処刑するんじゃあるまいね。その懐の銃で。ここはセキュリティも安全基準も緩い。なんせ部屋と直通した卵からでたらすぐに異常者の部屋だ。防護ガラスも、金網もない。護身用の銃は必須だろう。膨らみからして、かなり大きめの銃だ。君のその細い腕で撃てるか……可能だな。細いが鍛え抜かれている。それでも銃を持ってくるとは随分用心深いな。リボルバーなんて物騒なものはそこの机の上に置いといてもらえないか」
私が一息に淀みなく推理すると彼女はうろたえた。まったく、刑事としては失格の反応だ。私がそんな所に気付かないはずがない。メリッサはリボルバーを机に置きながら、
「なぜリボルバーと分かったの」
「簡単だ。刑事ってのは普通銃の装備は無い。このご時世だ、警察の銃を持ち出すのは難しいし、IDロックで使えやしない。となると、隠し持ってた古臭いリボルバーくらいしかないだろう。で、要件は」
「さすがね。じゃあ、本題に入りましょうか」
どうも最近、私と同じような扇動者の犯罪者が現れたらしい。
というのも、犯行が私のしたものと酷似していて、今まで私が起こした事件をもう一度再現しようとしているとしか思えないというのだ。犯人は第二のカリギュラと呼ばれているらしい。それで、事件を捜査している最中に、私の存在が浮上した。それで心当たりはないか訪れた。メリッサがいうにはそういうことらしい。
「私の率いていたメンバーの一人じゃないのか」
「いいえ、確認されている人員はすべて、あの事件で死んでいる」
「なるほどねぇ」
「あなたの起こした事件はすべて再現されているわ。あなたに聞きたいのは次に起こる事件。もしあなたが捕まっていなかったら、どうするつもりだったの」
「なるほど、私とほぼ同じ考えを持った相手として第二のカリギュラを見るか。その問いは分からんでもないが、はずれだ。私が捕まったのは警察の手柄でも何でもない。新聞は騒ぎ立てたようだが、私は自首したんだ」
「なんのために」
「あの鬼ごっこはあまりに退屈だった。警察が無能すぎてな。私の罠に簡単に引っかかる。それで私は内部から警察機構を潰そうと思ってな。警察の演出する地獄である刑務所を内側からひっくり返すことで世論に警察は無能であると示そうと考えた」
私はそこで一息つき、
「刑務所の連中を動かすのは簡単だった。そして、計画が実行されようとする日、私は天国へ移された」
「それが、この施設……」
「そういうことだ。私は根っからの無気力症でね。この施設をわざわざひっくり返す必要はない。社会から隔離されたならそれで万々歳だ。社会に関心がなくなってしまった。豊かな文章は減り、退屈な考えと金魚の糞のような人ばかり増えた。そんな社会になんの価値もない」
私はそう言って立ち上がり、煙草をポケットから取り出し火を付けた。もう話すことはない。本棚に向かい、本を選ぶ。
「待って下さい」
「話すことはない」
「あなたなら、あなたが第二のカリギュラならどうしますか。社会に関心を持ち、社会をひっくり返そうとしている第二のカリギュラなら、どうすると思いますか」
鬱陶しい。そう思いながらも思索を巡らせてみずにはいられない。
第二のカリギュラと私の相違点。私はピンときた。
「私と第二のカリギュラの違うところは、カリギュラという私の存在をあらかじめ知っているかどうかだ。今までは模倣犯だろうが、次からは違う。……どうだろう。第二のカリギュラはネタ切れなんじゃないか」
「ネタ切れ……」
「そうだ。ということは」
私に会いにくる。私はそう確信した。
なら、どうやって。この施設は知られてはいないが、私が生きているというのは噂になっていると聞いたことがある。もし、何らかの方法でこの施設のことを知っているなら。
この施設を探す。どうすれば探せる。
私に面会者が来るような状況を作ればいい。どうやって。
私を模倣すればいいのだ。そうすればこの事件を解決するために私の考え方を聞こうと捜査する者が私に接触しようとするだろう。その人物を尾行すればいいのだ。警察機構に人を潜り込ませるのは簡単だ。捜査中の刑事はすぐに割れる。
そのための模倣。第二のカリギュラはネタ切れなんかじゃない。それどころか、まだ自分の考えをあらわにすらしていない。私に心酔する者でもなければ、社会をひっくり返すことだけが目的でもない。
これは、かなりまずい。
「嵌められた……」
「どういうこ……」
メリッサが言い終える前に部屋の照明が落ちた。
メリッサは小さな悲鳴を漏らしたが、すぐに黙った。さすがは刑事だ。しっかり心得ている。
ふと、唸るような音が聞こえるのに気付いた。視界がきかない闇のなかで、その音だけが際立っている。その音には聞き覚えがあった。ほんの少し前に聞いた音。核シェルター並の装甲を持った機械。
卵だ。
誰かがこの部屋に訪れようとしている。迎えか。
照明が戻った刹那、面会者の扉が開かれる。
中には、ライフルをこちらに向けた男。
反射的に私は手を伸ばしていた。
何に。
メリッサのリボルバーに。
そこからはごく自然な流れだ。シングルアクションのリボルバーにしては、自分でもよくやったと思う。
重い引き金ではあったが、私はしっかりと三発、男の胸郭に弾を撃ちこんだ。
制御を失った男の体はつんのめり、手足が通常ではありえない方向に折り曲がりながら床に倒れた。胸はもうほとんど原型をとどめていない。三発も撃ちこんだのだから当然だ。血の海は卵の床を一瞬で満たし、私の部屋に流れ込んできた。
メリッサの悲鳴が遅れて聞こえてきた。すぐ横で声を上げて泣いている。
しかし、聞こえた悲鳴はメリッサのものだけでは無かった。
この施設のいたるところで、悲鳴と銃声が聞こえる。三点バーストのライフルの射撃音。重なる断末魔。
迎えに来たにしては随分手荒だな、などとは思っていない。
いささか楽観的だったようだ。
彼らは私を殺すつもりらしい。
「ゲーム開始だ」
私はふと、そう呟いた。
感想、評価など、お待ちしています。
感想の御礼はさせていただくつもりです。