6(挿絵あり) 最終更新 2015/09/22
【6】
揃って学校を出ると、遙香は勝利を近くのコンビニへと誘った。
そこは広い駐車場とイートインの付属している平屋の店舗だ。都心の狭隘立地な店舗と比べると、かなり贅沢な土地の使い方といえる。
正面は四車線の幹線道路、向かって左方の側面は一方通行の細い道に面している。その道を挟んで隣の敷地は駐車場だ。
店頭には新作ゲームの予約受付開始を知らせるのぼりや、おすすめスイーツのプリントされたのぼりがはためいている。ありふれたコンビニの風景だ。
「じゃ、ここで待ってて」と言うと、軽く手を挙げて店に入っていく遙香。
「分かった」
ぼんやり周囲を眺めながら遙香を待っていると、同じ学校の生徒が入れ替わり立ち替わり店に入っていく。目立つのもイヤなので、のぼりに身を隠すように立つ。
勝利が頭の中の地形データを呼び出すと、ここは通学路上で一番近いコンビニだと分かった。聞き慣れない店名だから、この地方独自のコンビニチェーンなのだろう。
勝利はふと、ある晩のことを思い出して、苦虫をかみ潰したような顔になった。
だがそれも数秒のこと、ため息を一つつくと、すぐほっとした表情でボソリとつぶやいた。
「でも元気になってくれてよかった。あのまま死んでたら俺……」
その回想を断ち切るように、背後から声がした。
「おまたせ~」
遙香が両手に不思議なものを携えて店から出てきて、「はい、これ」と差し出した。
「あ、ありがと……」
(なんなんだコレは。お菓子……?)
その丸くて平たい物体は、ペロペロキャンディのように渦を巻き、棒に刺さっている。だがキャンディより分厚く、その匂いは、焼いたソーセージそのものだ。
さらに観察すると、一本の長い長いソーセージをカタツムリの殻のように巻き込んで、アメリカンドッグの棒で貫いてある。
つまり、これはスイーツではなく、ホットデリなのだ。
だが、しかし。
これを素直に口に運ぶには、『躊躇せざるを得ない』決定的な特徴があった。
ソーセージ(?)の表面には、カラフルなストライプが印刷されている。有り体に言えば、虹がプリントされているのだ。
(なんてこった……
コンビニで売ってるくらいだから、多分食えるモンなのだろうが……)
「この町の名物なの。来たばっかなんでしょ? だったら一度は食べとかないと」
不審そうにソレを見つめていると、遙香が声をかけてきた。
――名物、だと?
彼女に促されるまま店先のベンチに並んで腰掛け、この極彩色なグルグルソーセージを食すことになった。
記憶の糸をたぐると、他の町では、(当たり前だが)無着色のものが「ソーセージマルメターノ」という名称で販売されていたことを思い出した。
つまりこれは、パクリ商品なのか……
それにしても、「私は被害者だ」と訴えている女の子が、自分におやつを奢ってくれているこの状況が、勝利にはイマイチ飲み込めない。
(俺は彼女のファーストキスを奪った戦犯なのに、何だかとても嬉しそうだ。
これは多分、タケノコをシメた事の方が彼女にとっては重大だと。ま、そりゃそうか。
これはそのご褒美、ということなのか……)
「い、いただきます」
勝利は意を決して、己に与えられた女神の報償品を食すことにした。
食用色素たっぷりで、ただちに健康への影響がなさそうな珍名物を至近距離で見てみると、不思議なことに気がついた、
虹色を保ったままカリっと焼けて張り詰めている表面。
ウォーターオーブンで加熱されてるのだろうか、焦げ目がほとんどついていない。
その不可思議な物体へと、汚れ一つない真っ白な前歯を突き立てる。
瑞々しいわがままボディのように、肉汁と溶け出した脂肪に満ち満ちたソーセージ内部から、ぎゅっと押し戻される前歯。
だが彼は、弾む若肌へと無慈悲に歯を突き立てる。
プチッと音をたてて爆ぜる虹色の皮。
その裂け目から、薫り高く熱々でジューシーな汁が口いっぱいに広がっていった。
(ああ……至福だ。
口腔内の火傷など些細な問題だ。
これは、まさに味の宝石(以下略)
ウルトラジューシーで芳醇な味わいのこのソーセージが、あろうことかコンビニのホットデリだなんて。
仕事柄、方々のコンビニを訪れてきた勝利にとって、これは驚愕の事実だった。
恐るべし、地方チェーン……
魅惑の味覚に翻弄され続けていると、傍らの遙香が、
「さっきさ、ありがとね。……すごい困ってたの」と恥ずかしそうに言った。
「ん? ん」彼は口いっぱいに熱々ソーセージを含んでいたので、黙って二度頷いた。
そして、ちらりと横を見たその時。
彼女のはにかんだ顔を見て、勝利の胸に電流が走った。
(……え? ナニ、コレ……)
日頃大勢の美女に囲まれる職場にいながら、全く女性に興味を示さなかった彼が、最悪な出会いをしたはずの遙香の表情に、一瞬で堕ちてしまったのだ。