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(旧)闇夜に踊る  作者: 東雲飛鶴
一章 記憶にない少女
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【5】


 どのくらいお仕置きをすればよいか、と勝利が数瞬思案していると、

「あ、逃げんな」

 お仕置き対象が脱出を図った。

「も……ゆ、ゆる……ひて、ふだひゃい……」

 DQNでバカで高利貸しのボンボンが命乞いをする。

 這いつくばって逃げ出そうとするそのクソムシの手を、勝利は軽く踏みつけてやった。

「ぎゃッ」

「敵前逃亡は銃殺だぞ?」

(ぎゃっとか大袈裟に悲鳴上げやがって。

 ああ、いい声で鳴けと言ったのは俺の方か)

 逃げだそうとしたので、もう少々お仕置きを続行することにした。

 なるべく露出部分に傷をつけないように注意しながら、彼はヤツの腹を蹴り上げた。骨を折らないように気をつかったつもりだったが、DQNは水平に五メートルくらい吹っ飛んでおとなしくなった。

(赤い……?)

 白い床に赤黒い染みが点々と付いている。

 そうか、こいつの血は赤いんだ。人間だから当たり前といえば当たり前か。

 と、意外そうに血痕を見る勝利。

(血にはいろんな色があるからな。たまには赤いのも悪くない)

 彼はゆっくりと赤い血のクソムシの所まで歩いていくと、俯せになっているヤツの体をコロンと蹴転がして仰向けにした。

 口からはよだれと血、鼻からは鼻水と血を出し、目からは涙。

 どうにも汚らしい。

「あーあー、聞こえますか? 聞こえますか?」

 勝利は汚物と化したDQNの横にしゃがみこんで、事務的に話しかけた。

「ごべんなひゃい……」力なく答えるDQN。

 その言葉に己の行動を悔いる意味が含まれているのか、単に圧倒的な力の差を見せつけられて降伏を宣言しているのか。

 確かに勝利の目的としては、遙香へのちょっかいを断念してもらえるのが一番有り難いこと……のはずだったが。

(そこはイエスかはいで答えろよカス)

 ついイラっとしてしまう。

「……明瞭なお返事がありませんが、めんどくさいので聞こえていると判断します。

 あー、今後キミはイチモンジハルカさんに接触することを禁止します。

 借金の取り立ても禁止します。

 つか、次やったら法的手段に訴えます。

 で、再度確認しますがハルカは俺の彼女です。以上。オーケー?」

 へんじがない。まるで××××のようだ。

 二十秒ほど経過したあたりで、勝利のこめかみが痙攣しはじめた。

 生きてる? と遙香の不安そうな声が、背後から聞こえる。

 ふむ、と小さくため息をつくと、勝利はつま先でDQNをつついた。

 ビクンッ、と一度、エビのように体がはねると、ゆるゆると上体を起こし始めた。

「……ひゃ、ひゃい、もうしまひぇん……ゆるひてくだひゃい……遙香はさひあげます」

 ボロボロになったDQNは、心底怯え切った顔でそう言った。

 勝利はさらに屈み込んで、遙香に聞こえないように奴の耳元で囁いた。


『貴様はいつでも殺せる。忘れるな』


 そう言った途端、哀れな高校生借金取りは顔を引きつらせ、股間に水たまりを作り始めた。

 勝利は立ち上がると、今度はたっぷりと憐憫を含んだ眼差しを落とし、

「お前の名前は?」と尋ねた。

「た……竹野幸三……です」

「ぷッ。……あ、ごめん。ぷッ」

(タケノコウゾウ。タケノコウゾウ?

 タケノコウゾウ……ムゾウ?

 ぷっ。いや、笑ったら悪いか。でも、ぷっ。やべ、ツボった)

 勝利が一生懸命笑いをこらえ、肩をふるわせていると、

「なにがおかしいのよ」と遙香が不審そうに言う。

「よ、よし。今日からお前のコードネームはタケノコだ」

「ひゃい……」涙目で小さく頷くタケノコ。

「よし。じゃ、モップでこのへんのお前の血とか拭いとけ。いいなタケノコ?」

「ういっス」


 勝利はタケノコに掃除を命じて下駄箱まで戻ると、振り返って遙香に言った。

「おまたせ。さあ、ご要望どおり、タケノコはボコボコにしてやったぞ。約束は守ってもらうからな……ん、どうした?」

「う、うん……」ハルカが神妙な顔で彼を見ている。

「どうした? 具合でも悪いのか」

「ちがうわよバカ」そう言いながら、ハルカは勝利のスクールバッグを突っ返してきた。「相手は人間なんだから、その……もうちょっと容赦しなさいよ……」

「ったく、自分でぶちのめせって言ったクセに。なんでなんだ? ちゃんと生かしておいてやったじゃないか。どこが容赦ないんだよ」

 先ほどの反応は、神妙なんじゃなくて、引いていたらしい。

「……だってぇ。じゃ、行くわよ。靴履き替えてきて」

 見ればハルカはもうローファーに履き替えていた。

「どこに? もう、あいつをシメたら俺に用はないだろ?」

「あるわよ」

「親の借金を理由に、金貸しの息子に言い寄られて困っていたんだろう?」

「そうよ」

「もうあいつは――」と、そこまで言って、遙香に遮られた。

「まだアンタの素性も諸々も、セクハラの理由も何もかも聞いてないんだから、あれで無罪放免なんかなるわけないでしょ? ほら、さっさと私の家に行くわよ」

(あ…………。

 そっか。

 すっかり忘れていた。

 そう、俺自身への尋問が済んでいないのだ。

 しかしあれはキスではないのだが……)

「ですよねー……。ゴメンナサイ、ハルカさん」

 シュンとしていると、ハルカがくすりと笑った。

「ヘンな人。

 夜に街中をニンジャみたいに飛び回ってバケモノ退治してると思えば女子に怒鳴られて小さくなったり、かと思えばDQNをボコボコにしたり、で、また今みたくヘコんだり。マジで何なのよ、君って」

 スクールバッグをひょいと肩に担ぐと、勝利は涼やかな顔で告げた。


「俺か? ――聖職者だよ」

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