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【3】
「おーい、一文字遙香」
下品な足音が昇降口へと近づいて来る。
勝利たちのいる下駄箱をそのまま通過するかと思いきや、こちらに声をかけながら寄って来る。
(イチモンジハルカってのが彼女の名前か……)
「いちいちフルネームで呼ばないでよ! 金貸しのクソボンボンが!」
(えーっと、なんなんだこの展開は?)
「……おい、おま、なに転校生襲ってんだよ。
俺の方がお前とヤるの先だろ? つかお前いつから肉食女子になったんだ?
あーそれとも、俺と付き合うのがイヤで、借金返済のために地道にカツアゲでもしてんのかぁ? そんなんじゃ利子かさんじゃうだろ~?」
クソボンボンと呼ばれた背の低い男は、遠慮がちに茶色く染めた髪をジェルでムリヤリ後ろになびかせ、立派だが、どうひいき目に見ても脳みそが詰まっているとは思えないデコを目立たせている。
そこに薄くてヘタクソにほっそーく削った眉毛を載せてあるのが余計にバカっぽい。校則が厳しいのか、制服のブレザー上下に加工を施した様子はないものの、ワイシャツの首元を少しあけてネクタイをヘンテコな格好に結んでいる。
これが精一杯の抵抗なのだろう。当人はカッコイイつもりなんだろうが。
つまりこいつは、有り体に言えばヤンキーだ。
(――なるほど。なんとなく読めてきた。つまり、こういうことか)
「今日からハルカは俺の女だ。DQNはさっさと帰ってママの乳でも吸ってろクソが」
勝利はそう言うなり彼女を肩に担ぎ上げ、少々距離を取って大見得を切った。
日頃から駆除対象に向かって発するように、目の前のクソボンボン君に挨拶代わりに罵声を浴びせてやった。だがこんなものは序の口だ。敵だと分かれば容赦はしない。
「ンだとコラァ!」
涙が出るほど教科書通りの返しだ。時間旅行者にでもなったような錯覚を覚える。
勝利の背中の方で、遙香が足をバタつかせながらキャーキャー何か言っているようだ。
(うっとおしい……)
勝利は「悪いようにはしない、大人しくしててくれ」と小声で彼女に告げた。
悪いようになったら、困るのは自分の方だ。いいようにするに決まってる。
納得したのか、ハルカは抱き枕のようにぐったりとなり、ようやく担ぎやすくなった。
(協力的で助かるよ。……おっと、俺は彼女に脅迫されてる最中だった)
「ンじゃおメェがーそいつの借金肩代わりでもする気なのかー? アン?」
多分どっかの金融会社社長のご子息様がアホ面をしゃくりあげて、うっすくなった眉とおなじくらい目を細めて勝利を睨め付けている。
どうでもいいが鼻の穴まで丸見えだ。
「お前が貸したわけでもなければ、彼女は未成年なんだから家族の借金を請求される謂われもなかろうに。なんならウチの経理担当に過去の利息から現在の請求金額まで一切合切を計算させた上で、貴様の話を聞いてやってもいいが……どうする?」
「へぁあ? 返せないから俺の女にするんだろ。お前ナニ言ってんだこのタコー?」
だめだ。コイツはバカの子だ。言ってる事が理解出来ないらしい。
遙香が背中をバシバシ叩いている。
(……ヤツを、ブチのめせということか。)
『知ってんだから。アンタが強いこと』ハルカが囁く。
参ったな。俺、人間相手は苦手なんだよ。
――すぐ、死んじゃうから。