19
【19】
耐電スーツの背中をアスファルトで摺り下ろしながら、勝利は考えていた。
(もう、ハルカには会えないかな……)
跳弾を期待して、追っかけてくる化け物の足下を撃つ。しかしワイヤーで引きずられている際、体がどうしても左右に振られるから当たるものも当たらない。
「ごめん、ハルカ」
警備室の前にさしかかったとき、勝利はプツン、とワイヤーのロックを外した。ヒュン、と音を立ててワイヤーは緊張を解き、路面をのたくった。そして勝利の体は左程地面を擦ることもなくその場に留まり天を仰いだ。
「来いよ」
寝転がったまま両手で銃を構える勝利。奴は勝利に飛びかかろうと、地響きを上げて迫って来る。銃声は聞こえるが致命傷を与えていないのだろう、化け物の足は止まらない。
(ちゃんと引き寄せて狙えっての。脚に当たってんぞ)
…………え?
「裏側に飛べぇッ!!」
勝利は叫ぶと、身を起こして異界獣に突進した。
すぐそこまで来た化け物は、勝利の手前で急に方向を変え跳躍の姿勢に入ったのだ。シスターベロニカめがけて。
仰向けの体制からのタックル。俊足を誇る勝利ではあるが――
「くっそおおおおおおお――ッ!」
肩から当たりに行くが間に合わず、剛毛の後ろ足にしがみつくのがやっとだった。
ぐらり、と体勢を崩す獣。上昇する力を失い、勝利もろとも地面に吸い寄せられていく。今度こそ、本当に、体の力はもう残っていない。
……間に合ったか。でも、銃落っことしちまったよ。あーあ……
自爆も覚悟したその瞬間、銃声、化け物の絶叫。
そして足に衝撃と焼けつく痛みが走った。
「何観念したような顔をしてるのだ、目を覚ませ!!」
異界獣と共に、夜中の冷えたアスファルトに投げ出された勝利は、ゴロゴロ転がって敵から距離を取った。
向こう側には、仰向けにひっくり返り、足を痙攣させている奴がいた。小さな胴からは、水色の体液が吹きだしている。
勝利は先ほどの剣を両腕に着け直すと、地面に突き立てて起き上がった。自分の足からも血が流れていたが、そんなことは『駆除作業』の前では些細な問題だ。
痛む足を引きずりながら『駆除対象』の傍らに近づくと、彼は両腕を振り上げて、奴の小さな胴を十字に切り裂いた。
死にかけの昆虫のように、内側に折り畳んだ足を小刻みに動かしていたが、その接続部が切断されると、動きは緩慢になり、まもなく止まった。
それを見届けると、勝利はその場に座り込み、己に罵声を浴びせた主を見上げた。
「逃げなかったのかよ」
「見損なうな。私はお前と一緒に奴らと闘うために教団に残ったのだぞ。最後まで勝機を信じろと貴様に教えたのは誰だ? 有翼の女神にあやかったその名は飾りか?」
ベロニカは銃をひょいと肩に担ぐと、警備室の屋根からひらりと舞い降りた。スリットの大きく入ったシスター服のスカートが、夜風に大きくひらめく。
「もうちょっと優しくしてよ」
苦笑しながら、勝利はメディカルポーチから止血バンドを取り出した。




