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(旧)闇夜に踊る  作者: 東雲飛鶴
六章 天使の休日
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 勝利が屋上から階段を降りていくと、屋内は床が濡れていた。

 自分が寝ている間、雨でも降り込んだのだろう。湿気でいろんな臭いがより強調されている気がする。無論、連中の臭いも。


 足場に注意しながら階段を降りて最上階に到着すると、早速連中の歓迎が始まった。破れた窓から廊下に差し込んでいた月明かりが一瞬消えた、と思ったのは、小さな敵の群体が、急に開口部に集まって塞いだからだった。

 敵の侵入に備え、少しでも住処を暗くしたかったのだろうか? 異界獣の生態は、彼等との戦いが始まって一世紀経つも、未だ分からないことばかりだ。


「最初に狩られたいのは、どいつだ?」


 返事なんか来るわけない。だから、手短な奴に弾をブチ込む。

 着弾した場所から青い燐光が炎のように周囲に広がり、廊下の一角を丸く抉り取った。狭い範囲のマップ兵器だと思えばいい。

 暗視ゴーグルを使ってるのに灯りが見えたら具合が悪いのでは? 確かにそうだけど、そこはそれ、感度をある程度弱めてある。


「かかって来いよ! 食えるもんならなあッ!」


 彼はもう一丁の銃を腰から抜き、二丁同時、両手で乱射した。サブマシンガンに異界獣用の特殊弾を詰め込んだものだ。どこを撃っても何かしらいる状態で、ぶっちゃけボーナスステージ。トマト祭みたいに小さい連中が次々爆ぜていく。

 狭い空間に満ちる、連中の臓物が発した濃厚な臭気に彼は咽せた。

 廊下には敵の臭いが満ちて、普段頼りにしている自慢の鼻が役に立たない。だが自分は連中の巣に飛び込んだのだ。奴らにとってこちらは餌。あとは勝手に襲ってくるのを片っ端から始末していけばいい。


 群れを組んだ細かい獣たちをざっくり倒すと、今度は奥から中型犬くらいの大きさの敵が壁を這い寄ってきた。近い生物で言うと……ヤモリだろうか。ベタベタと、数匹やって来た。


「あはは、不公平だよなぁ。俺はお前等を食えないんだから。どうせ来るなら美味い奴を寄越してくれよ? なあ?」


 勝利は銃の弾倉を入れ替え、壁を這う巨大ヤモリ共を粉砕した。

 この程度の奴なら、教団の一般ハンターですら、ほとんど敵にもならない。一方的な虐殺だ。しかし、放っておけば共食いを繰り返し、どんどん大きく強くなっていってしまう。小さく無害なものですら、生かしておくわけにはいかない。

 それ故に、教団の隠語として、異界獣退治のことを『駆除』というわけだ。

 腹の皮が爆ぜると、中身は水ふうせんのようなプクプクした内蔵で満ちていた。色はよくわからないが、異界獣の常として、多分カラフルだろう。


 ……内臓なんて外から見えないのに、何で極彩色なんだ?

 殺す相手のことなんか、考えてもしょうがない。

 悪いクセなんだ。一方的に虐殺してるからさ、たいくつで、つまんないことを考えながらいつも作業してるんだ。

 だから、つい……。

 俺は集中するのがニガテなのさ。だからダメなんだ……。


「ぎゃッ!」

 勝利の足に何かが噛みついた。

 反射的に振り払って床に叩き落とし、思いっきり踏み砕いた。

 奴は、ぱんっ、と軽い音をたてて爆ぜた。

 病院の床がきっと極彩色に染まっていることだろう。何かのゲームみたいに。

「なにすんだ! ったくもう! 足はダメなんだよ!」

 復活したての両足は、フレッシュなせいか痛みに敏感で困る。


 ……ほら、余計なこと考えてたから噛みつかれちゃったじゃないか。

 もう何も考えない。考えない考えない考えなーい。

 あーもう! 俺のバカ!

 俺はシスターの命令のまま獣を狩っていればいいんだ。

 獣を狩るだけのマシンになるんだから!

 集中出来るおクスリが欲しいよ! あーもうクソッタレ!


「四階の除染終了しました。これより三階に移動します」

 彼はアンジェリカに作業報告をした。

『了解です。さっきの悲鳴はなに、ですか?』

「ちょっと囓られただけです。問題ありません」

『了解。……気をつけて』

 アンジェリカの声に戸惑いが見え隠れする。先日あんなことがあったばかりの彼を心配している、というよりも不安視しているのだろう。

 勝利が負傷したため急遽教団本部に応援を要請しているが、万年人手不足の教団だからシスターアンジェリカを送り込むのが精一杯で、彼女の他にはまだ増える気配がない。しかし、人手がないないと言っていても、異界獣の被害は容赦なく増えていく。だからこそ、教団は死ににくい勝利を馬車馬のように使い倒してきたのだ。


 ゴミだらけの階段を、慎重に降りていく。こういうのは下りの方が危ない。

 パキッ、と何かガラス容器みたいなものを踏んだ。


 ――注射器だった。

 やっぱな。こんなものを放置するなんて……。


 三階に降りたところで、外からサイレンが。こっちに来たのか? と思って枠だけになった窓から下を覗き込んだが、通過しただけだった。まったく、紛らわしい。


「あ…………」

 ヤバイ、と思って勝利は窓にくるりと背を向けた。夜景が目に飛び込んできたからだ。雑念に心を乗っ取られる前に、景色を視界から遠ざけた。

 その瞬間、奇声を上げて天井から降ってきた獣に、彼は感謝した。こいつらの相手をしていれば、多少は気が紛れる。



 片っ端から異形の化け物を屠りながら、ひたすら廊下を進んでいった。あいかわらず小物ばかり、大きくても柴犬くらいまで。ところどころで酷い異臭がするのは、共食いのせいだ。この習性だけは本当にいただけない。

 廊下のこちらからあちらに到着するまでに、マガジンを二つ使い切った。小部屋の中も掃除するので、いくらあっても足りない。火炎放射器が欲しくなる。


 動く気配を感じれば、すぐに銃弾をブチ込む。

 影が横切れば、すぐにブチ込む。

 とにかく殺す。殺す。


 一瞬で殺さなければならない。

 死んだことに気付かないくらい早く。

 ハンパな痛めつけ方をすれば逃げてしまうから、確実に仕留めていく。

 そんなちっちゃいの、追いかけるの大変だろ?


 殺しても殺しても、じゃんじゃん沸いてくる。

 あいつらも、ハルカの幻影も。

 だから俺もじゃんじゃん殺す。

 とにかく殺す。あいつらも、ハルカの幻影も。


 ――でも、どうしてもハルカの面影が消えてくれない。

 俺が傷付けた女の子が。

 クソッ、クソ、クソッ。



 勝利は闇の中、階段を駆け降りた。


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