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【7】
「この町には伝説があってね、昔、空から、らせん状の虹が降りてきたんだって。それを模したのが、コレ、『夢のらせん階段』よ」
「んぇえー」(※ へぇー)
どぎまぎする勝利をよそに、遙香が語り始めた。
手にした虹色ソーセージの軸を指先でひねり、くるくると回している。
「お父さんは、その虹が見たくて、この街に住むようになったの。おかしいよね」
「伝説を信じてるんだね」急いでソーセージを飲み込んで返事をする。
人が何かに傾倒するきっかけなんて、他人にとってはくだらないことかもしれない。
彼女の父親のことだって、おとぎ話を真に受けるなんて、と笑われるに違いない。
それでも、伝説を信じて海や山をめぐり、遺跡を探す考古学者は後を絶たない。
自分自身とて、人に言わせれば伝説の部類だろう。こうして実在しているにもかかわらず。だから、遙香のお父さんをバカにするなんて、勝利には出来なかった。
「ところでさ、なんでキミが借金取りに追われてるんだ? 親御さんは?」
「それが……」
遙香はぽつぽつと身の上話を始めた。
はじめは半分笑いながら話していた。
でも、だんだん顔が曇り、そして、昇降口にいた時のような怒った顔になった。
最初その顔を見たとき、勝利は驚いて、どうしたらいいか分からなくなった。
そして今は、やっぱりどうしたらいいか分からなかった。
☆
彼女の家は父子家庭で、父親は有名な都市伝説雑誌のライターだった。
といっても、その界隈でという但し書きが付くのだけど。
父親は半年前、いつものようにどこか遠くへ取材に出かけ、旅先で行方不明になってそれっきり。
遙香は父親が取材費のために借金をこさえていたことも知らなかったそうだ。というのも、フリーライターの彼に取材費を前払いする出版社はなく、いつもその借金を原稿料や印税でキチンと返済していたからだ。
だが、金を借りたのがタチの悪い業者(つまりタケノコの実家)なせいで、ヤクザ者を家に寄越したりなど、取り立てが厳しくて困っていると。無論その中には、カンチガイした息子の暴走も含まれている。
金を返済しようにも、父親がいつ帰ってくるか分からない状況では生活費の貯金に手をつけるわけにもいかないし、かといって他に頼れる親類縁者もいない。多分家の中には金目のものはあるのだろうが、自分では処分していいのか悪いのか分からない。
そんな時、街に化け物が出現した。
父親がかねてより追いかけ、写真に収めてきた怪物たちだ。遙香も幼い頃から父の写真を見て知っている。――それが金になることも。
☆
「それは、えらい難儀だったな……ハルカさん」
勝利は、心底そう思った。自分と同い年の女の子が、たった一人で苦労をしてるなんて想像も出来なかった。
「遙香、でいいわよ。多島君」
「じゃあ、俺もショウって呼んでよ」と答えると、ハルカはニコニコしながらこくりとうなづいた。
その笑顔と渦巻き虹が妙にマッチしていて、写真に収めておきたいくらいだった。
しかし、遙香の生活のためとはいえ、己の姿を撮影されてしまったのは失敗だった。
油断といえば油断だが、これまでジャーナリストへの配慮など、シスターベロニカから指示を受けた覚えはなかった。
彼女一人の口を封じることで、処理出来ればいいのだが。
とにかく今は、彼氏としてご機嫌を取り続け、その間にシスターベロニカの判断を仰ぐのがいいだろう。金のことは自分じゃどうにもならないが、策はあるかもしれない。
どのみち、この町での駆除作業が完了すれば自分たちは別の町に行く。本当の彼氏になんてなれないのだ。
だから、「彼氏を演じる男」を演じなければならない。
どんなに彼女が好きだったとしても。




