26.280時間後のタイマー
新作です。お願いします
「大丈夫、ですか?」
四月。 出会いは校門前での衝突。 桜の木を眺めてたら自然とぶつかってしまった。 私の完全な不注意、でも紺野はまるで自分が悪いように申し訳ない顔していた。
(なんか、女々しいな)
私は先に謝ってきた紺野にそんなことを思っていた。 目線も同じくらいだし、眼鏡だし、どこかビクビクしてるし。 男だけど、女の私でも負ける気がしない。 そんな風に思った。
同じクラスと言うこともあって。 一年生の頃から仲良くはなった。 話してみて、やっぱり女々しいやつだって感じた。 オドオドしてどこか落ち着きなくて。 たまにむかっとするくらい。 私のことも『中條さん』とどこか他人行儀な呼び方。 私の中ではもう友達なんだけど。 そう呼ばれるとなんか私が脅しているみたいで、嫌だった。
二年になってもクラスは同じ。 この高校はクラス替えが一度だけ。 つまり私と紺野は三年間同じクラスとなることが決まったんだ。特に嬉しくもないけれど。
「やったね。 また一緒だ」
そう言って笑う紺野に、私は満更でもない気持ちになった。
二年の体育祭。 紺野は意外にも足が早いことが判明した。 100m走をブッチギリで駆け抜けるその姿からは、いつもの女々しい紺野は想像出来なかった。
「紺野くん、すご〜い!」
たまたま聞こえたクラスの女子たちの声。なんだか自分が褒められてるみたいで気分は悪くなかった。
「ね! いつもは暗い感じなのに」
聞こえたその言葉に。 なんだかイライラした。 確かに紺野は暗いイメージだけど、話すと面白いし意外と頭もいいし音楽の趣味とかもセンスあるし…… って。 別に、紺野がどう思われようが私には関係ないでしょ。
三年生の夏。 私は進路用紙を持って職員室へと向かっていた。 すると入れ違いで紺野が職員室から出て来た。 手にはパンフレットみたいなもの。 どこかの学校のものかな?
「紺野、進学なんだ」
「うん、一応。中條さんは?」
「就職ぅ。 勉強嫌いだし、さっさと働くよ」
「そっか。 お互い頑張ろうね!」
そう言って紺野は歩いて行った。 お互い頑張ろう、その言葉がなんか妙に嬉しかった。
三年生の冬。卒業まであと一ヶ月程の時に、紺野が告白された。 相手は二年生の子らしかった。 でも紺野はそれを断ったらしい。 なんで? そう思ったから、本人に直接聞いた。
「なんで断ったの。勿体無い」
「勿体無いって…… 中條さん告白されたら誰でも付き合うの?」
「そりゃね。 好意は素直に受け取るでしょ」
「ほんと?」
そう言ってまっすぐこちらを見てる。 三年間一緒だったけど、こんな顔は初めてで。 思わず私は視線をそらした。
「……僕ね。春から県外の大学だから。 付き合っても上手くいかないかなって」
「え…… あ。 そう、なんだ」
……あれ? なんか、変だな。 この場にいたくない。 紺野の顔、見たくない。 紺野の顔、見れないよ。
「ごめん、帰る」
私はそう言って、逃げるように走り出した。なんか胸がチクチクする。 なんか、嫌だ。 でも何が嫌なのか、自分でも分からなかった。
みんな泣いてる。 そりゃそうだよね、これでお別れなんだし。 仲良い人とはこれからも続くだろうけど、高校生活はこれで終わり。 そう思うと…… 私も目頭が熱くなった。
「中條さん」
「ふぇ? ちょ、紺野⁉︎」
「いいから早く。 時間ない!」
不意に引かれた腕。 掴んでるその手は、確かに男の子の手だ。
「ごめん急に。 最後に写真、撮りたくて」
少し息を切らせてる。 見上げればまだ春色にはならない桜の木。
「ここって……」
「……覚えてる? ぶつかったの。 最後の記念はここがいいかなって思って」
最後。 紺野はそう言った。 最後なんだね、こうやって話せるのも。やっぱり少しさみしく感じるな。 そう思うと、向けられたレンズに笑うことは出来なかった。
「ありがとね。 ほんと三年間楽しかった」
「……ん。 私も、楽しかった」
「うん。 ……じゃ俺行くね。 これからすぐに向こうに向かう予定なんだ」
向こう? ……このまま県外に行っちゃうの? じゃあ本当に、これが最後なんだね。そう思いながら、去って行く背中を見つめる。
きっかけは、何かな? 紺野が誰かに告白された時? 頑張ろうって言ってくれた時? 体育祭でカッコいいところ見た時? 三年間、クラスがおんなじだと分かった時?
どれも違う。 この気持ちは、出会った時にもうあったんだ。 それを私は、いつまでも気づかないようにしてたんだ。 女々しいやつ、なんて紺野のこと思ってたけど。私も対して
変わらないや。でもいいでしょ、女なんだから。 三年間鳴らさずにいた気持ち。 それを伝える相手が離れていく。 そんなの嫌なんだよ。そう思うと、自然と足は前に進んだ。
今さらになって気づくなんて。 遅すぎとか思われるかな。 そもそも、間に合うかな? 信じてくれるかな? 私は今ーー
紺野の背中に抱きつきたいくらいに、好きだと自覚したんだよ?
ありがとうございました。