片手抱きは意外と揺れる(スピードもありえない)
お尻が痛い。
しかも酔った…天音は口元をおおった。
不安定な姿勢のまま移動しているためだろう、天音の体のいたるところが悲鳴をあげていた。足の長いラルが動くたびに船酔いにも似た感覚がこみあげてくる。抱っこしてくれているラルに悪いと思って口に出せないまま、徐々に青くなっていく天音に声をかけてくれてはいるが、すでにその声は天音には届いていなかった。
「少し休むか? 」
休むほどの距離ではないし、なにより長期間野宿なんぞを天音にさせたくなかったラルはある程度揺らさないようにゆっくり(一般的な魔族だと1日かかる距離を3時間ほどのスピードで)歩いていたのだが、その気遣いは天音の体力を考えたものではなかった。反応のない天音に思案に暮れ、とりあえずと大きな布を敷き、クッションを配置してから天音が横になりやすいように整えて下す。その間、結界を張るのも忘れない。
「水でも飲むか? 果物のほうが良いか? 」
水も食事も簡易のものをラルの腕の上でこまめに与えられてはいたが、そのほとんどを天音は口にできてすらいなかった。おろされてほっとした瞬間にこらえきれずに胃の中のものを全て吐き出す。えづく横でそっと背中をさすりながら、こちらを案じてくれるのが心苦しく生理的なものも相まって目が潤んだ。
「ごめ…なさい…」
役にたてることすらなく、ただ庇護してくれるラルに申し訳なく思いさらに気分が悪くなっていく。
「何を謝ることがある? 我以外を頼ることさえなければそれは至福でこそあれ、謝罪を必要とはしない」
「どして…こんなによく…してくれるの? 」
「天音が天音であるからよ。それ以外に理由などない。理由など好いている以外にあるものか」
「好く? その気持ちが私に…わからなくても? 」
「関係ないな。我がしたいが故にしている。そのことで天音が気に病むことなどない。何かを返したいというのならば…」
背中をさすっていた相手が健やかな寝息をたてていることに気づき、口の中や嘔吐物を一息で処理すると口の中でだけ呟いた。
「天音の全てをくれ」
手に入れたくてけれど子供に無体をするわけにもいかず、ラルの身の内にくすぶる確かな欲情は長い溜息とともに壮絶な色気を放ちながら溶けていった。
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聞こえる。
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泣き声?
苦しいの?
寂しいの?
・・・・・・・・・
一人は嫌よね。とても辛いもの。
私も前までとても悲しくて苦しくて…
・・・・・?
今?
今はね、私がいてくれると嬉しいって言ってくれる人がいるの。
もう、きっとこの人に捨てられたら壊れてしまう。
もう、壊れかけて必死にかき集めていたものが壊れてしまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ん?
私を食べたがっていた子は死んでしまったの?
そう…死ぬのは嫌ね。
でも…………
・・・・・・・
そうね、そう思うわ。
・・・・?
だって一人で生きて、お腹がずっと空いてるのは苦しいでしょう?
・・・・・・・・・・・・?
どうして?だってずっとそう思って…私は…
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目を開くとそこには再び麗しい美丈夫がいた。