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片翼の乙女  作者: 針と糸
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再び朝、そして旅へ

 再び朝が来た。


 ラルは今夜は一睡もすることなく、飽くなき瞳で天音を脳裏に焼き続けている。

 現在進行形で。

 こんなに心惹かれる存在を知らなかったがために、理性が働かなくなっているとも言える。

 また、愛情に飢えていた天音が真実、嫌悪等をいだくことなく困りはしてもラルを拒絶しなかったことも大きい。


「天音、愛しい天音。寝たふりをするのも良いが着替えて今日は出発するぞ」


 麗しい顔をとろけさせたまま、天音の明らかにぴくぴくと動いている瞼へと口づけをする。


 ぴゃっつ!!!!!!!と言いながら飛び起きる天音をしっかりと抱きとめると、有無を言わせずに着替えをさせ始めた。

 自身の着替えは魔法で一瞬だが、天音の着替えは手ずから行う。

 そこには一片の邪さを感じさせず、可愛らしい純白のフリルをふんだんに使った薄桃色のひざ丈のドレスを、頭に銀色のティアラを身にまとう美少女(天音以外の認識)が出来上がった。

 それに対してラルの服装は魔道士のようなやわらかな白シャツに黒のズボンと上から全身をすっぽりと覆い隠すような長くて分厚いローブ

 。それと明らかに旅に持ち歩くには量が入らないと思われる鞄が一つ。防具らしい防具もなく、武器らしい武器も携帯してはいない。


「なっ!!あわわわわわ」


「よく似合っている」


 満足げにうなずくラルに対し、赤面したまま天音はうつむく。


 こんなに可愛い服が似合うはずがないというネガティブな思いがお腹の中をうずまく。

 それをおくびにもださないようにラルにお礼を言うと、空元気に食事を強請った。

 そんな天音のことを見て、あまりの可愛さに顔が邪悪に笑いそうになるのを抑えながら、ラルは天音を抱えあげると階下へと降りた。


 今日も小太りな女将に注文をすると席へとつく。

 女将は一瞬天音を見て顔を引きつらせたが、そこは客商売が長いことなんとか気持ちを立て直すと厨房に注文を届けに行く。


「あの・・・私の顔どっか変?似合わない? 」


「否、天音が可愛すぎるからであろう。本当に良く似合う。このティアラは天音のために存在していたのだな」


「この高そうなティアラのこと? 」


「価値など、天音に比べれば塵屑と同じこと。気にするな」


 そこまで言われると気になるのだけど、とは思ってもそれ以上突っ込んでは聞けなかった。ラルの笑顔が少し怖かったからといえる。


 実際の価値でいうなら、これを金銭で購入することは不可能な類である。

 精霊神から渡されるという神鉄を使い、使用者を守護する魔術をこれでもかと重ねづけられ、ラルに探知しやすいようにとラルの血で作られた紅玉をそれとなくつけられ、ラル以外には取り外しすることが出来ないという代物である。ある種呪いといっても過言ではなかった。


 昔、冒険者をしていた女将はそこそこの高ランクであったために、ほんの少しだけそれが見てとれてしまっていたため、天音を凝視してしまっていたのだ。


 本日の朝食を平らげると、そうそうに宿を後にした。

 女将が何かを言いたそうにしていがたが、ラルの一瞥に肩をびくつかせると引きつった笑顔でチェックアウトを終えて厨房へと踵を返していった。

 そして、やはり天音は大地に足をつけることは叶わない。


「我に抱きあげられるのはそんなに不快か? 」


 と悲しげに言う美形が悪いのだと天音は一人ごちる。


 そして村の外へと出る。こちらの世界に疎い天音にとってこんな軽装で良いのかとか、こんなにあっさり外に出ても良いのかといった疑問も浮かばない。

 もともと働くことを強いられていたがために、ゲームや小説、漫画といったものに触れる機会があまりなかったためもある。

 先を考えるよりも目先の現実しか見てはいられなかったためともいえる。


 ぼーっと、もとの世界とこちらとの服装の違いを眺めていると境を警備していた男と目があった。

 逸らそうかとも思うが日本人としての気質故かあまりにもこちらを凝視していたため、必須の愛想笑いをしながら手を振ると、全力で振り返された。

 目が血走っていた気がして、天音の頬が引きつる。


「あまり他を見るな。妬いてしまう故」


「焼く?なにを? 」


「真実わからないのか、とぼけているのか」


「えっ?」


「いいや、愛いな天音」


「やっぱりロリコン!?」


「ろりこんとはなんだ?天音を愛しているもののことか?そう呼びたいのであれば、そう呼ぶが良い」


「え~!!!違うから!ロリコンは幼い女の子に欲情する変態!私のことじゃないよ」


「ならば、我はろりこんとやらではないな。我は天音にしか欲情しない故」


「欲情・・・・・・・・・・・・いまの私に?やっぱりロリコン? 」


「幼いよりはもう少し熟した方が好きではあるが、天音であればいつでも」


 よどみなくラルの足は進んでいるが、天音の思考は停止する。

 気づけばミーシシア村は米粒すらも見えなくなり、すでに森の中を進んでいた。

 どうやら思考の深みへとはまりラルが何度か声をかけたが、反応出来なかったようだ。

 また、天音の匂いに魅かれた魔獣もいたのだが、天音に視認される前に木々の苗床へと消えていった。

 天音は気づいてはいないが、この世界において天音は美形に属している。本人には自覚がないということは、認識の相違があるに違いないとラルは思考する。

 そもそもが精霊にあれほど愛されている存在はそうそういない。また、天音は天を割いて来たのだ。人、魔族、魔獣に限らずあらゆるものを魅了しているに違いない。

 特に異性を魅了している。同性は宿でも普通であったが、異性となるとどの世代でも天音を視界にいれると明らかに正気を失いかけていた。

 認識阻害をかけていなければ、いまも後をついてきて奪おうとしてきたに違いない。

 先ほどから屠られている魔獣のように。かなり強くかけてるとはいえ、時を経るごとにその魅力は強くなっているのか、阻害がもともと効きづらいのか、その力は強くなっている。


(匂いばかりは阻害できぬ故、どうしたものか)


 まだ天音に気付かれずに倒せる小物しかいないことが幸いしているが、再び大物と出会った場合どうでるかラルは不安でならなかった。

 奪われることはないだろうが、恐らく争いごとに不慣れな天音が小指の先ほども気に病むことを考えただけではあったが。


 いまだ思考の海から出で来ない天音の髪を優しく梳きながら、ラルは天音と出会う前に見せた酷薄は笑みを浮かべる。


 天音は流されるままラルに連れ去られていく。

 そこに意志は存在しない。

 自覚する前に、その芽すら摘まれてしまうのだった。


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