夢じゃない
魔物が活発に動きまわる夜が明けて、次の新しい朝になった。ぼぇぇ~と遠くで低く不気味な獣?の鳴き声が聞こえる。
安心しきった寝顔をさらしていた天音だったが、たっぷり寝たためか睫をかすかに震わせると目を開いた。目を開き、すぐに現実逃避をしようと試みるが、それは果たして目の前の男には許して貰えなかった。
甘く蕩けるように目元を弛ませたラルは、その長い指で天音の髪の毛をくすぐる。そう、天音はまたもやラルの腕の中で優しく見つめられながら目覚めた。がばっと起き上がるとそのまま指差しながら叫ぶ。
「そんなに見つめないで下さいぃぃ」
心底不思議そうに首を傾げる美系が憎い、そもそも20代後半に見えるのに毛穴の見えない肌とか!羨ましいだろとそれは心の中で叫ぶに留める。見れば見るほどに背徳的なフェロモンを量産しているとしか思えない気だるさの篭り、一枚の絵のようだ。ウルフカットに切られた禁欲的な襟足といい、がっしりとしていながら筋肉の付きすぎない体といい。微笑めばどんな女もすぐについてくるだろう顔。不思議な色合いの瞳がきっと男女問わず手に入れたいと願うだろうと一人ごちる。
人間とは思えない……魔界だという話だったから、魔族なのだろうか?それなら頷ける。きっと淫魔に違いないと一人芝居をしていても、なにも突っ込みをいれすらしない。
ラルからすればそこに天音がいてくれるだけで胸の奥があたたかくて嬉しいというだけだったが。
「おはよう天音。よく眠っていたな」
「寝顔見てたんですか?」
「我は睡眠をほとんど必要としない故な。可愛らしかったぞ」
「寝顔見るのやめて下さい! これから眠れなくなってしまうじゃないですか! はっ別々に眠りましょうそうしましょう。私もこう見えて大人なんです!」
「断る」
「えっ……お金ならなんとかします!」
「断る」
唸る天音をほおっておいて、ラルは朝の身支度を済ますと天音の服も調えはじめた。断る隙などない。
「今日は服を誂えるとしよう。着たきりすずめでは辛いだろう」
「……はい」
反論する余地もない。それではご飯にしようと、ラルは片腕で軽々と天音を抱き上げると階下へと向かう。勿論浄化もしておく。そのそつのない行動にむくれた途端、夜に風呂に連れて言ってくれると言われ機嫌がすぐに直ってしまうあたり現金なものだった。
階下に降りるとそれまでざわめいていた様々な種族がこちらを注視していた。小市民な天音はおろおろびくびくとしていたが、ラルはなんの感情もわかないのか小太りな角の生えたおかみさんに『人間食二つ』と告げると、隅の天音がラル以外からはよく見えない位置に座った。可愛らしい天音が他の者に見られては汚れると心底信じ切っているラルの魔術の行使により、視認されにくくなっているのにだ。
「すまない、ここはお前が食べられる食事が少ない」
悲しそうにそういうラルはフェロモンたっぷりだ。その表情に鼻血を吹かないように抑えながら、天音は食べられるだけで嬉しいことを告げる。そして出てきたご飯を猛然と早食いしおかわりを二回ほどする天音を見ると、安心したのかそれまで手をつけていなかった自身の食事を一瞬で終わらせた。
食事を終え、宿屋のおかみさんに聞いた場所へと向かう。
決して大きな村ではないため服屋が単独であるわけもなく、雑貨、食料品、服飾品がごったに売られているお店へと連れて来られた。
「本日はどういったご用件で」
「この子の生活用品を買いに来た」
視線は天音に向けたまま、店主にそう告げる。
「何か欲しいものがあれば言え」
そうとだけ天音に言うと右手だけで器用に店主に必要なものはどんなものか聞き出した。
抱っこの状態のままの天音は、もう抵抗する気力も根こそぎ搾り取られて、ラルのおもうまま服や下着を作成するための布地を買っていく。細かいサイズといった概念がないらしく、既成服が無かった為だ。通常は布を購入して仕立てるようだ。この店も仕立てる店なのだが、どこかやぼったいものしかなく、ラルがそれを許すはずもなかった。
そのため採寸もされていないのに、そして縫ったり切ったりしている様子すらなかったのにも関わらず、翌日にはその店では最高級品の布で作られた下着から洋服までが作られていた。そんなに必要ないと言っていたはずの様々な服が作られていたが、万能収納に入れられているため、それに天音が気づくのはさらに後になる。
そこに思考が到達する前に、お風呂で自分で体を洗うことすら許されずぐったりとしていたことで、一層顔がひきつっていたからなのは言うまでも無い。