対面
ふかふかの布団の匂い。布団で寝るのなんて何年ぶりだろうと天音は目をつぶったまま嘆息した。もう少し寝ていたいなぁと思いながらも、徐々に頭が覚醒していく。お日様がぽかぽかと温かい。
それにしても、いつもの枕にしてる座布団よりやけに硬く弾力がある気がして、それに頬ずりしながら弄った。あたたかいそれはくすぐったそうに動く。
動く?
「くすぐったい」
ふふふっと耳に心地良い重低音。
がばりと起き上がった枕のある場所には、なんというか見目のとても麗しい男の腕があった。しかも鍛え上げられた6つにわかれた腹筋のある上半身裸の状態で、だ。
なにがどうしてこうなったのか理解出来ず、悲鳴もあげられず、あたふたと着衣を確認する。もう22歳という良い年だとて、そんな経験の一切ない。天音はべたべたと自身を触り、はっと思い出した。
「幼児化してるんだった・・・・えっとこのお兄さんロリコン? こんなにカッコイイのに残念な人? いやいや保護してくれただけかも。腰痛くないし、貞操無事? いやいや私子供だし、うぇぇぇ」
頭が混乱し、頭の中で考えてることが駄々漏れになっていることにも気づかず思考を続ける天音に対し、男ことラルはその行動言動全てを微笑ましく眺めているだけだった。訂正等もしない、ただひたすら百面相を見ているだけ。
「ここどこ? ってかあの声のやつお腹一杯になったのか? いやいやそれなら私死んでるはずだし。そもそも死のうとか馬鹿? 草の根食べても生きようと決めたじゃない。え~え~え~」
ぐぎゅる~ぐぅ~
一人混乱であってもお腹は正直だった。さっと顔を赤く染めると、ラルを直視できずに黙り込む。
「気づかなかった、すまない。朝食にしよう」
体を起こしながら天音の頭をぽんぽんと慰めると、椅子にかけてあった上着を着て騎士もかくやの仕草で胸に手をあてながら、朝食へと促す。
「あっあの」
ぐごごごごごきゅるぅ
「自己紹介は食後に。腹もそう言っている故な」
寝乱れた天音の服装を正し靴を履かすと、浄化の魔法を使いさっぱりさせ階下へと向かう。空腹のあまり思考が疎かな天音は、いま浄化という魔法を使われたことすら、気づいていない。
廊下へ出ると階下からはおいしそうなパンの匂いがさらに天音の腹を刺激し、よだれが過剰分泌される。が、無一文だということを思い出し表情が暗くなる。
「あっあの私お金が」
「気にせずとも良い。我が全て払う故、沢山食すが良い」
そんなわけにはと言うものの、テーブルに様々な料理が並べられた頃にはもうすっとんでいた。湯気がたつ料理たちによだれが垂れ、ラルによって拭われていることも気づかずに、進められるまま急いで口にする。
おいしさのあまり涙と鼻水がでたのはご愛嬌だろう。何せしばらくあたたかいまともな食事をしたのが久しぶりなのだから。
デザートまで平らげて人心地ついた頃、ラルに促されるまま部屋へと戻った。周囲の視線に気づかないまま。
部屋に戻ると、有無を言わさずベットに座らされた天音はきょろきょろと周囲を窺う。腹が落ち着いたことで現状を把握しようと思考が戻ったためだ。
宿の1人用の個室といったところだろう部屋は、掃除が行き届いているとは言い難い。が、不思議なことにいま座っているベットだけが真新しく綺麗だ。窓の外は日本にはありえない古めかしい風景がひろがっている。
とりあえず情報は欲しくて座ったラルを見上げると、早速自己紹介から始めることにした。近すぎることに関して、今更頓着はしない。
「色々とありがとうございます。私は冬木天音と申します。名前が天音です。あなたはどなたでしょうか? それとここはどこでしょうか」
まだ幼い容姿が大人びた口調で話すことは異様ではあったが、ラルは気にすることなく答える。
「我はインペラール」
「インフェーリャル?」
「ラルと呼べアマネ」
「ラル、ラル、ラル。はい」
確かめるように何度も名を呟く。ラルの涼しげだが厳しいだろう目元がさらに和んだ。
「ここはミーシシア村。魔界でも北端の小さき村だ」
「ま、かい?」
「荒野に襲われかけているところを我が保護した。覚えているか? 」
「あの時……足元の声ですか?」
「そうだ、あれは土蟲という魔物だ。我が倒し天音を連れてきた」
「つちむし……たおした……」
「間一髪といったところであった。無事で良かった」
ラルの虹色の瞳が潤んだように輝き、天音がうつむいたため、つむじを見つめる。
「私は……」
「心配せずのも良い、これからのこと我に任せよ」
「そんな! 助けてもらっておいてこれ以上お願いすることなんて!」
必死にかぶりをふる。
「幼い子供が庇護者もなく生きていけるほど、魔界は甘くはない」
厳しい言葉をそのあとにも続け、天音が自身から離れないようにする。
実際、魔界は種によっては千年を軽く越える。その長寿のためか子供が生まれにくい。婚姻せねば、子は生まれずさらに婚姻関係を結ぶものもそこまで多くはない。100組の夫婦の間に一人生まれるかどうかのところだ。孤児がいたとすれば、すぐに引き取り手があるだろう。夫婦になるような魔族は総じて慈愛の深い者が多く、特別幼い者には甘い。
けれど、ラルはそれを教えない。空を裂いてきた天音が、この世界のことに疎いだろうとふんで。
「わかったな」
頷く天音を撫でながら抱き上げると、布団に寝かせた。
「もう少し寝ておけ」
子供扱いしないで下さい!と言おうとしたが、お腹が一杯になったことが今度は眠気を誘う。
「ゆっくり休め」
まだ聞きたい事があるのにと思っても、体が休息を求める。優しく撫でられる手が嬉しい。
「おやすみ良い夢を、アマネ」
返事を返そうとして口のなかで言葉が溶けた。