好奇心
窓から入る光が眩しい、外からは売り子だろう声がする。
きゅ~んきゅ~んと碧が鳴くと、布団にこもり激しい動悸がようやく落ち着いて尚布団越しに抱き締められながら顔を出した。そして天音はこの男はいつ寝てるのだろうかといぶかしくも思うのだが、なんとなく笑ってしまう。
うん、ぶれない人だと納得するように頷いているのを嬉しそうにラルもう頷く。
「口説きそびれたか」
「それはもう良いから! 」
布団を叩く天音に、忘れないでと碧がひゃんと隣の部屋には響かないように小さな声で鳴いた。まだ子供なのにとても賢いんだろうとその柔らかな背中を撫ぜながら、ゆっくりと起きあがる。
ベットの上を楽しそうに跳ねまわる碧と鍛え上げられた筋肉が良く見えるようにくつろげた服装のラル。
目にとても眩しい。
癒されるのか厭らしい目になるのか。
成長したせいもあるのか、それだけで幼女の頃とは違い頬が熱くなる。そして、自身の服に乱れがないことも念のため確認する。
「我を意識しておるのか? 口説かれてくれるのなら、今からでも」
「はい、着替えましょう!外が見たいな」
出してくれたワンピースに着替えている間に、碧はラルから食事を与えられていた。お腹が満足したのか、ラルの服の合わせの中に入っていく。どこにそんな隙間があるのだろうとは思いながらもそそくさと部屋から出た。そこに突っ込みをいれてはいけないと本能が告げていたからだ。きっと聞いた日には貞操の危機があるに違いないと。
廊下を歩きながら、成長してから一人で歩かせてくれるのが嬉しいと思う時点でどこか麻痺している。そこは自覚したくはないと一人ごちた。ほのかについたラルの残り香が何となく一人ではない気がしてきて、頬が緩んでしまう。
お腹も空腹を訴えたところで階下からにぎわう声と良い匂いがしてきた。
「この宿は食べられるものが多い故、好みに合うと良いが」
大きく分けて、人間食・蟲肉食・蜜食・腐食・血食等など。上げれば数限りなく種類があることを説明されると、天音はぽかんとした。たいていは宿で分かれているそうなのだが、人間食以外をラルより見せられなかったため、その意識は薄かった。村には宿が一つしかなく、そのため選択肢が少なかったそう。ちなみにラルは好みを別にすればどの食にも耐えられるとのことだった。
階段を下りたところで喧騒が消え、視線が一気に集まる。
人ではない者たちがこちらを向いている。
顔は人なのだけれど、動物の耳がついていたり耳が尖っていたり肌の色の質感も色んな種族がいる。変なところがあるのだろうかとラルの顔をうかがうが、視線を気にしていないのか知らん顔をしている。こそこそと話しているのだけれど、天音には聞こえない。
その中をカウンターの空いていてかつラルが他の人の視線から天音を隠すように、席につく。
「あらあらぁ、可愛い娘さん目が覚めたのね」
カウンターの中にいた胸元を開けたセクシーなお姉さまが肘をつきながらこちらに声をかけてきた。出るところが出て、ひっこむところはきゅっとくびれている。肌も髪も白く、髪からのぞく耳も白い。額に付けた紅い宝石がきらりと輝いて、女性に良く似合っている。
「シュレッティーエとおすすめ、食後に甘いものを」
女性を放置して注文のみつけると天音の髪を優しく撫でた。なんやかんやと言っているが、天音が答えようとしても女性はそれに対しては無視をする。ラル狙いなのかと溜息をつく。よくよく見ると、女性の目が肉食獣のように縦割れになっている。犬歯ものぞいていて、少し怖い。手には耳と同じ質感であろう白い毛皮がある。
「こんな乳臭い子供なんてほっといて、私と良いことしないかい」
とうとう本気で口説きはじめた。きっととても自信があるのだろうなと人ごとのように天音には思えた。ラルでなければ、きっと喜んで着いて行くのだろうなとも。
ラルは行かない。鼻の下を伸ばしてカウンターに座っている男性達とは違うのだと。
「ミリアーそんなよそ者じゃなくて俺と良いことしようぜ~」
なんて言葉が色んな所から出てくる。
歯ぎしりしたような恐ろしい顔を天音に向けると注文を厨房に言いに下がっていった。
「不快か? 」
否と答えるために天音は首を振る。
不快だと思われることは慣れているし、ずっとその中で生きてきた。痛いことをされたわけでも囲まれたわけでも、食事を奪われたわけでもない。ただ、女性は男として魅力のあるラルに興味を持っただけ。そこに不快になる余地などなかった。逆にラルのしてくれているような温かい気持ちになるようなことの方が、慣れずくすぐったいというのに。
「特に何かされたわけじゃないし」
そう言う天音の表情に不快な部分を見つけられず、ほんの少しの嫉妬すらして貰えないことに対して顔に出さずに落胆していると、女性に声をかけていた男の一人がラルの肩に手をかけた。
「おうおう色男さんよぅ。ミルアに声をかけられたからって勘違いすんなよなぁ」
顔を向けさせようと腕に力を込めているようだが、ピクリとも動かず天音を撫で続けるラルにさらに腹が立ったのか矛先を変えてきた。
「おぉ?まだ餓鬼じゃねえか。こんなんとミルアを天秤にかけるたあ、不能か? 」
「不能? 」
「天音、耳が汚れる故」
撫でていた手のひらをおもむろに天音の両耳に当てる。
手のひらから伝わる熱に擦り寄る。
男は何かをラルに言っているがまるで聞こえない。そしてラルはその男の方をゆっくりと向いた。男の顔がどんどんと青白く変色していく。熱くも無いのに汗が噴き出している。
「ラル、駄目よ」
耳を覆われたまま天音はラルの手のひらを自身の手で覆った。ラルがこちらを向くと、男が崩れ落ちたのが見えた。
「ご飯は美味しく食べなきゃ」
ね?と小首を傾げる天音にとろけるような表情を浮かべる。
食事の前に人が苦しむところなんて見たくない。前の自分を見ているような気がするから。
「味が気に入るとよいが」
耳から手を放すと再び頭を撫で始めた。
そうすると厨房の方からさらに良い匂いがしてきて天音の腹が鳴る。
食事が出てくる頃には崩れ落ちた男はいなくなり、喧騒も戻りつつあった。
「男は胃袋から掴めってね。これを食べて私に惚れな」
女性がそういうと美味しそうな料理が目の前に置かれた。
見たことのない煮込み料理や炒め物と平べったく焼かれたパンのようなものとサラダのようなもの。量がかなり多い。周囲を見渡してみても、一人で同じくらい食べている人もいる。シュレッティーエはパンのようなものことらしい。それ以外の名前も教えて貰ったのだが、名前が長すぎて天音には覚えられなかった。
「好きに食べるが良い。どれにする」
天音の指さすままに少しずつ取り分け、天音が口にして表情や言葉から好みではないと把握したものから食べていく。完全に無視された女性はやはりぎろりと天音を睨みつけると、仕事に戻っていった。そこから食事を終えるまで二人に構うものはいない。
デザートに出された白玉のようなものが美味しくてついつい食べ過ぎた天音は、お腹をさする。
食事の間ラルの服の中に隠れていた碧が顔を出した。
「気にいったようで良かった」
碧を下さずに肩の上に乗せ、二人では食べきれないと思っていた量を食べきったラルはテーブルにお金を置くと宿の外へとうながした。女が何かを言ったがそのまま無視して外へと出てしまう。
「美味しかった~食べ過ぎたから色々見て回りたいな」
珍しいものが其処ら中にある。
あれはなに?これはなに?と目に入るもの全てをラルに聞き、楽しそうに笑う。他に対して興味を持たせたくはなく自分だけをみて欲しいと欲が疼く、けれどそれ以上にこの笑顔を守りたいとも思う。
そんな明らかに目を引く二人と一匹を様々な視線が執拗に狙っていた。




