罪蛇
路地裏で蹲っていた。
人がようやっと一人通り抜けることができる狭い壁と壁の間で背を預けながら、薄汚い子供が能面のような顔で光を見ていた。
どこ見てんだよ!と憤り蹴りをいれてくる男に反応すらせず、ぼんやりとそちらを見ていた。蹴られるたびに痛みはあるが、すでに慣れ親しんだものであった。
はじめから望まれずに産まれた命。罪の加護がなければ生きて行くことなど出来なかった命。魔族という子供を大切にする中でおいても、誰も手を差し伸べてはくれない汚れた魂を持ってきた子供。それが暗がりから通りを落ちくぼんだガラス玉で見ていた。
産まれた時より神より与えられた、罪びとの証として手の甲から蔦のように腕へとのびる黒い黒い刺青。なぜこんなところに子供がと手を差し伸べた大人達が、見た途端に嫌悪もあらわにする目印。体表が青黒い鱗に覆われいるがために一見しただけでは分からず、何度も希望を抱いては潰されてきた印。
大丈夫と微笑みを浮かべて手を差し伸べ、次には嫌悪を浮かべて振り払われる。奴隷にしようとして捕まえて商品すればどんな災厄を得るかわからないと気がつくと、骨が折れ、血反吐を撒き散らしてなお踏まれ続ける。犯され、潰され、切られ、抉られる。幾度も幾度も痛めつけられ、死んだ方がどんなに楽だろうという目にあっても死ぬことは叶わない。子供を所有してはならない。それが故に同じ苦しみを受け続けることはなく、けれど同じような存在に痛めつけられ続ける。
生まれる前の贖いきれない罪を知らしめる存在。
生まれ変わった魂に罪はないはずだというのに、それは子供の身を苛んだ。
子供は呪わずにはいられない。
子供は憎まずにはいられない。
子供は……心を殺さずには生きられない。
死にたくとも加護により再生される。
寒さに何度も再生された。
飢餓に何度も再生された。
壊れても何度も再生された。
自身と同じくらいの子供。
優しい笑顔を与えられ、抱きあげられ、愛を紡いで貰える存在。
塵屑が!と男が足に力を込める。がくがくと揺さぶられるように右左と踏みにじられるが、頭はぶれずに同じ方向を見続けている。
「ウラヤ…マ…シ…」
お前が羨ましいって思うほど強欲なことなんてねぇんだよ!とどこにあったのか生ごみをぶつけられる。腐った臭いが鼻を刺激するが、それでもなお顔を男に向けることはない。
長い時を経るごとに知った言葉はさらに子供の心を苛んだ。
産まれるべきではない存在に、罵声以外の言葉をかけてくれるものなどいないのだから。
汚れてごわごわになり、もう何色だったかすらわからない薄汚れた鬣は地面を蛇のように這いまわりその表情を隠した。ぼろ切れを罪の証に巻きつけてもなお、それだとわかるように黒く蠢いている。成長もできずに、変化を無くした子供。
ガラス玉は濁った色を含みながら、いつものように人を見続ける。
人のいない場所へと行こうとも、気づくと路地裏へと戻されることが贖い。他を見続けること、幸福そうな日々を見続けることが罰。
男がとうとう触れることすらも厭わしいと感じていたはずなのにも関わらず、そのねばつくものが付着した鬣を力任せに引っ張り上げた。
「アアアァ…」
痛みにではなかった。そう、心を動かされなくなって久しいというのに、心が動かされた。
この存在が自身を救うのだと理解してしまった。
「ミツ…ケ…タ」
見つけただぁ?反応があったことに気分が良くなったのか、弱者を痛めつけることに快感を抱く男はさらにこちらに注視しない子供の鬣を力任せに振るった。その勢いに負けて抜け落ちぶちぶちという音が男の鼓膜を喜ばせる。
子供の表情を浮かべたことのない顔が自然と弧を描いた。
立ち上がらなくなって久しい足が力を取り戻した。
腕が持ち上がり、見つけた稀有な存在に向けられる。
こちらに気づいてもいない存在に手を差し伸べる。
「ミツケタ…」
足に力を入れ、よろめきすらせずに立ち上がる。指先から暗く蠢く液体が垂れていく。それは生き物のようにその存在へと影を縫いながら追いかけていく。男は異変にとっさに反応することが出来なかった。
歪みは男の肌の下を這いまわり、激痛が股間を濡れさせていく。
「欲しい」
子供は澱んだものを吸収し、成長を続ける。欲が圧倒的な弱者であった子供を成長させていく。力が欲しいとただ何の感慨も浮かばすにいた時は成長出来なかったというのに、それがいま叶う。喰いつくしていくように、男の肉という肉が、骨が、失われていく。激痛は心を壊す前に男の心臓を止めようとしていた。
伸ばした影は欲した存在を追いかける。その場所を見つけるために。
「欲しい欲しい欲しい」
ぷちゅりと音を立てて、男の存在が消えた。
ぷっくりとした口元から覗く牙をその長い舌で舐めとる。儚く汚れていた鱗は艶を取り戻し、硬く光輝いていく。ガラス玉は光を取り戻し、獲物を物色し始めた。ぼろ布に隠されていた下半身からは力を秘めた尻尾が覗き、ばしんと大地を叩く。
罪の刺青は絶え間なく淀みをこぼし、地を汚していく。




