ぬくもり ※別視点有
荒野から程近い関所の役割を持つ小さな町。人界との界境にあるこの町は、土蟲の巣窟となっている荒野のおかげから、戦争を仕掛けようとする愚かな一部の人間から守られていた。また荒野に近いにもかかわらず町の周囲をぐるりと囲むオアシスのおかげで、水を嫌う地蟲の脅威から今までは逃れられていた。
土蟲とは体長5メートルを越す細長い魔物で、水の無い砂漠や荒野を移動し動くものを捕食している。最大で20メートルを越すものすらおり、丸呑みされた村も少なくない。ただ、生息範囲が狭く、また一度食事をした後は何年も眠り続けるや、あまり生息数もいないことから一部の地域を除き脅威を感じる者は少ない。はずだったのだが、今までにはない大地の鳴動に町の人々は恐怖していた。
「隊長!大変です土蟲が!」
隊長と呼ばれた灰色の髭をたくわえた中年の精悍な男が、まだ年若い隊員の指差す方角を睨んだ。
「まさか」
目測ではあるがゆうに30メートルを越すだろう土蟲が、空へと巨体をくねらせていた。。村にいた誰もが戦慄を覚え、咄嗟に帯刀している者達は柄を握り締めた。あれほどの大物、自身の少数精鋭とはいえ10人の小隊でどうにかなるレベルではないことに隊長は歯噛みする。
「なっ!!!!!!」
グワーーーーーーーーーン!
爆音の後に音が鼓膜を刺激する。音もなくくねる巨体が微塵に千切れるのを見た。紫色の体液が四散していく。
普通一撃で倒せるものではない。あの巨体に加え、見た目通り弾力のある体は魔法の付加されていない剣では傷一つつけることすら敵わないもの。魔法ですら、そこら辺の魔法師では歯が立たない。考えている暇などないと、すぐに隊長は近くにいた二人を呼び寄せる。
「ヴァール、それにカース、現状確認と浄化をしに行け。他のものは他の土蟲が活性化するともわからん。警戒を怠るな」
「はっ」
騎獣に跨ると、今一面が紫になった現場に急ぐ。あれほどの高位の魔物だ。血肉にしようと他種の魔物がおびき寄せられる前に、しいては町を守るために。
「倒したのなら浄化するのは義務だろうが」
吐き捨てるようにカースが言うと、ヴァールは余計な無駄口は叩くなとばかりに飛び出した。
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ここはどこ?
目蓋が重い。何かに覆われているのか温かい。
髪を優しく撫でられている?
誰?
私を必要としてくれるの?
あの誰かに食べられてしまったんじゃないの?
「もう少し休め。心配はいらない我がずっとそばにいる故」
耳に心地よく響く低音。両親が死んでから与えられなかった温もりに頬が濡れる。
「泣くな。目が覚めるまで傍にいる」
嬉しくて、目を開きたくて。でも、頭に靄がかかったようにあたたかい闇に落ちていく。
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あの出会いの場から離れた村の宿屋。
ラルは少女を自身のマントに包み受付を済ますと、いぶかしんだ表情をさっと消し去った宿の者を放置し、そのまま部屋に向かった。
大きめではあるがベットと机と椅子しかない簡素な部屋。近辺ではわりと状態の良い方のベットに浄化の魔法を放ち、綺麗になったことを確認すると、そっと壊れ物を扱うような手で寝かせる。悲しげな顔をした少女の頬をそっと撫で、少女と自身も浄化する。
風呂に入っても良かったのだが、個別にあるわけではない。寝たままの少女を誰かに任せるのも厭わしく、無限に近い魔力の微々たるものを使う方を選んだ。
「これからは我が一緒だ」
椅子をベットの近くに移動させる。悲しげなままの少女に美しく輝く髪を撫でる。
少しでも少女の悲しみが癒されるように、自身と共にあることを選んでくれるように。
少女が身じろぎする。ラルがもう少し寝ているように促すと、涙を流しながらも表情が綻んだ。
胸が詰まった。感情が荒れ狂うのを押さえ、じっと少女を見つめる。
「我のつがい」
頬をあたたかいものが伝う。それを拭うでもなく、ラルは少女が目覚めるまでただ見つめ続けた。