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片翼の乙女  作者: 針と糸
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色気よりまだ食い気

 森の緑が青々しい。


 村から入った当初よりも息が吸いやすいことに驚いた。


 何よりも体が軽く、幼児の体であった時よりも元の視線に近いせいかはたまた、ラルの抱っこから解放され自分の足で歩くことを許された為か、天音は気持ちの高揚を抑えられずにいた。


 キラキラと日の光にあたった髪が周囲に光を与え、足元の碧と一緒に鼻歌を歌いながら行く当ての知らない道を歩いていく。


 ラルに抱きあげられている状態ではわからなかった花々が、まるで天音を歓迎するように咲き誇っていく。

 赤・青・黄・橙・白・桃・紫と色とりどりに、急激に育っていくのだ。


「魔界のお花は育つのが早いのね」


 のほほんとそう何かの歌に合わせて歌う天音に、無言のままラルはこれが通常の状態ではないことを告げたりはしない。楽しそうな天音に水をさすのは…というよりも、教えなければならない程重要なことではないと認識したに過ぎなかったのだが。こうして天音は偏ったままの知識を矯正されぬまま進んでいく。


 森が力を取り戻したかのように、天音を中心にして温かな光を纏っていく。このままいけば古にあったという楽園と呼ばれる状態になるに違いないだろう。この森が古の昔『深緑の花園』と呼ばれていた時のように。


 また、魔力の循環が上手くいっている天音に対して向かってくる魔獣もおらず、ここが森の最深部であり、通常こんなふうにのんびりとしていられるはずもないのだが。そのことについてもラルは告げない。


「楽しいね、碧! ラル! 」


 ニコニコと笑顔を振りまきながらステップを踏む天音と楽しそうに天音の周りをくるくると回りながら進む碧。


「天音の喜びが我の喜び故」


 ステップを踏む天音の頭頂部にそっと触れるか触れないかの口づけを落としてから、抱きあげる。


「だがすまない、このままでは日が暮れてしまう故な」


 言い含めるように目線が合うようにしながら微笑みかける。幼女の頃よりも艶やかになった天音の頬が赤く染まるのを確認すると歩を進めた。


「きゃん!」


 忘れるな!とでも言うように鳴く碧を腰を落として天音に抱かせてやる。


「大丈夫よ、忘れたりしないから」


 天音が鼻をちょんちょんとつつくと、碧が返事をするように鳴いた。

 そんなほのぼのとした情景が、ラルの荒んだ過去を癒していく。心が温かい感情を蓄えていくように、冷たい澱みが少しだけ浄化されていくかのように。


 そして抱きあげられたまま進んでいくのだが、再び天音はラルの通常ありえないスピードに気を失った。ラルは、まだ天音に対する加減をつかめずにいたのだった。









 気がついた時には次の場所。今度は攫われたりはしていなく、普通の宿といった感じの場所である。そのことにまず胸をなでおろした。

 いい加減目が覚めた状態で町に入りたいと拳を握って決意する天音であったが、そこはラルに自重をお願いしなくてはいけないことだとは気づいていない。

 さらさらとしたシーツはまた新品のようで、天音が触れていない場所意外との落差が激しい。その寝ていたベットから体を起こすと、起床に気づいていた碧がおはようとでも言うように枕元に置いてあった籠ベットから這い出る。続いてぺろりと手を舐めた。


「おはよう、碧。あれ? ラルは? 」


 間近にいるはずの美形がいないことに天音は動揺していた。どんなに嫌がっても同じベットで寝ることを強行するラルがいないのだ。不安が喉元にせりあがってくる。


「きゃん! 」


 安心しろとでもいうように胸を張った碧が前足を上げて、天音の腕をそのぷにぷにの肉球でマッサージでもするようにしてきた。その愛らしさに悶絶しそうになるが、もっと味わっていたくて碧に微笑みかける。大丈夫、ラルは裏切ったりしない。いなくなったりもしない。大丈夫。

 そう言い聞かせていると不思議と心が落ち着いてきた。

 それを見計らったかのように碧が丁度ベットとは離れた扉に向かって鳴いた。


「碧、そう鳴いていては天音を起こしてしまうではないか」


「もう起きているから大丈夫」


「きゃん! 」


 さあ褒めろと胸をはる子犬をおざなりに撫でると、手にしていた果物のジュースを冷やし天音に渡す。


「目を覚ました時にそばにおれずにすまぬ」


「ううん、碧がいてくれたから大丈夫。飲み物ありがとう」


 そう告げると天音は一気に飲み干した。思っていたよりも喉が渇いていたらしいと一人ごちるとそのささやきにも満たない小さな言葉を聞きとったラルが、ベットに座りながら唇の端についたのみこぼしを舐めとる。


「一日寝込めば、喉も渇こうほどに」


 女性を口説く狼のように、色気を凝縮させて囁く。目覚めた天音を堪能するためにラルの勢いは止まらない。


「い~や~!!! 」


 顔が真っ赤に火照るのを感じながら碧を巻き込み布団を被る。

 迷惑そうに鳴く碧とは対照的に布団の上から唇が降ってくるのを感じて、天音は鼓動がさらに早くなっていった。


「からかわないで! 」


「からかってなどおらぬよ…ただ…」


「ただ? 」


「本気で口説いているだけよ」


「余計に悪い! 」


 止めてともがくほどに止まらない口づけは、天音のお腹が空腹を訴えるまで続くのだった。


「もう! こんなんばっかり! 」


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