別れ
ラルを待つ間手持無沙汰な天音は、あまりにも丸見えな格好のためベットから出ることを諦め碧をいじり倒していた。恥ずかしさを忘れるためにも、ひたすら可愛がる。
ぐぅぅぅ
そんなふうにしていると、お腹がが鳴った。誰に聞き咎められているわけでもないのに羞恥がわいてきて赤面してしまう。
ぐきゅきゅきゅるぅ
きょとんとした顔をして碧が自分の鳴ったお腹を不思議そうにしたあと、くぅ~んと鳴きだした。食事も犬と同様で大丈夫なのだろうかと天音は碧を抱きあげ食事について思案する。首を傾げると同じ方向に首を傾げてくる碧。
「お腹空いたね」
「きゃん」
「先にご飯食べたいって言えば良かったな。まぁ、それどころじゃなかったけど」
「きゃん」
「ね、ご飯なんでも食べられそう?」
「くぅ~ん」
「食べられないものは教えてね」
「きゃん」
というふうに会話が延々と続く。
お腹が空きすぎて撫でる気力すら無くなってしまった天音は、シーツをひっぺがしくるくるとみの虫になった。
空腹でも元気いっぱいの碧は天音の顔をこれでもかと舐めまわす。
「くすぐったいよ」
笑う天音をさらに笑顔にしたくて、碧は俄然やる気がでたとでもいうように勢いを増して舐めまわす。
涎まみれになってからややしばらく。
笑っているとノックも無しに扉が音を立てて開かれた。
そこには目をキラキラとさせてこの短時間にどうやって作ったの、と疑問符しか浮かばない何着ものしかもサイズがぴったりの下着を含めて、がラルの手の中にあった。
天音をひたと見つめるとその中から選んだ一着を天音の手元へと置く。その際、碧を回収することを忘れない。碧にも否やはなく抱きあげられたまま尻尾をパタパタと振った。顔を舐めまわされたり、顔を洗う間もなく暴走に入っていた天音に浄化をかけた。
「さぁ今日はこれを」
置かれた服は昨日着ていたヒラヒラフリフリではなく、シンプルな青のドレスだった。一人で着られるようにとの配慮だろうか、前ボタンで止められるようになっており首元でリボンを結ぶタイプになっている。
「外で待機している故」
「ありがとう」
そう言い、視線だけ絡ませるとラルは部屋から出て行った。
残されたのは下着からガーターベルトから今の天音にピッタリの一着だけ。
「ラルは測ってないのにどうやって服を…なんでだろう聞いちゃいけない気がする」
ぼそぼそと言いながら扉がしっかりとしまっていることを確認し、ベットから降りると服を着ていく。
そうこの世界に来てからはじめての一人でのお着替えである。その小さなハードルに喜びを噛みしめつつ、袖を通す。つるつるとした光沢がありながら、素材としては弱くないのだろう糸の縫い目すらない空色のドレス。口元がほころんでいくのが止められず、ふっふふと一人で笑いながら全てを身に付けた。
ようやっとあの羞恥心から逃れることができたのだから嬉しくて仕方がない。
「大人扱いしてくれたのかな?それともまさかロリコンだから大きくなった私に、興味がなくなっただけだったりして」
小さな声で呟きながら、ラルのいる扉をじっと見つめる。
それが本当にあっているのではないかと思ってしまう自分が悲しい。
「我はそのように信用ならんのか…抱いても良いのか? 」
着終わったとも声をかけていないのにも関わらず、扉が開かれる。
ラルの目はギラギラとしながら潤んでいる。さも舐めるように上から下までゆっくりと視線が這いまわった。肉食獣に狙われた小鹿のようにぷるぷると震えてしまう。
そしてその視線のあまりの強さに首を必死に横に振る。
「次にそのようなことを言えば、体に教える故」
にやりと笑った顔が明らかにからかいを含んでおり、天音は気づいた。
「からかったのね」
むくれる天音にさぁ食事を食べようと、部屋をでて食堂へ誘導するラルの胸中は複雑だった。からかったことにしただけで、本気で言っていたためである。天音が現れる前の性欲のなさからは驚くほど乖離した肉体についていけていない精神が、欲望を吐き出せと攻め立てていた。
男の情欲を見せれば天音は怯え、無条件に見せてくれる笑顔を見せてくれなくなるかも知れない。そう、さっきの怯えから読み取っていた。
「早く成長するが良い…」
天音に見えないように舌舐めずりするラルは、そのまだ幼く頼りない腰を支え誘導していく。
そこからの行動は早く目まぐるしかった。
食堂に用意されていた二人分にしては多い食事を終えると、リーシュシュ達はすでに旅の支度を終えており息つく暇も無く屋敷を追い出されることとなった。リーシュシュはずっと前に諦めていた人間の大陸を見にいくという。
「一緒に行く? 」
笑顔を浮かべるのは再び女装したリーシュシュ。
なぜまた女装しているのかと言えば、そういう気分だからよと胸を張られた。
そこは丁寧にお断りを入れて、お別れをする。
リーシュシュの館で働いていた人々も思い思いの方向へと去っていく。
かたまってではなく、二人一組になって。そのことに気づきもしない天音はのほほんと碧を撫でてリーシュシュにお別れを言わせた。
「リーさん、これから楽しんで下さいね」
「っ勿論よ」
「気をつけて行け」
「あなたもね」
さよならも、また会いましょうとも言わない。例えなにが来ようがかきまわし、楽しむために、そして何にも縛られることなく生き抜くために。もう記憶を改竄する必要も、巻き戻す必要もないのだから。
ドレスを翻し、リーシュシュは天音と同色の髪を揺らし去っていく。決して振り返りはしない。驚くほど少ない荷物の一つである日傘をさして進みだす。
「泣かなくて良かったですねリーシュシュ様」
「煩いわよ」
そんな会話をしながら、目元をぬぐうとその場を一刻も早く離れたのだった。




