成長 ※別視点有
まっ平らだったはずの胸を揉む。
確かめるように揉む、ひたすら揉む。
こちらの世界に来る前と同じくらいの、手のひらに収まるくらいの胸。
鏡を見つめながら頬に触れる。
唇は紅く色づき、幼さから抜けそうとしている少女。
こんな急激な成長があって良いのだろうか。
「なにこれ」
口から何度も何度も同じ言葉が紡がれる。
徐々に大きくなる声に不安を感じたのかラルが扉をドンドンと叩いているが、そのことに気づかずに再び胸を揉みだす天音。
完全な混乱状態にかかっている。
「天音! 」
扉を蹴破る勢いで飛び込むラルは、天音と視線が絡むと同時に固まった。
幼女であった時に着せた下着が隠れるか隠れないかのベビードールが、臍をかろうじて隠すくらいになりすらりと伸びた足が見える。白く華奢な手によって形を変えているふくらみが妖艶にラルの下半身を刺激する。
そのことに気づかせないように、平静を装いながら近づくが気配すら感づいていない天音はその行動を続行させたまま鏡を凝視している。
「なにこれ、なんで?成長早過ぎない? 」
「落ち着け、落ち着け天音」
自分に言い聞かせながらラルは刺激しないように近づく。
後もう少しで手が届くか届かないかというところで、突然天音が振り向いた。焦点の若干定まらないまま、ラルに尋ねるのはこの世界の成長についてだ。
魔族としての一般常識しか知らないラルは、それに当てはめて天音に伝える。
その間、天音は手を休めない。
「故に、その成長速度もありえぬことではない。とにもかくにも落ち着くのだ」
力の制御を学んでいない状態で、再び暴走してしまえば次こそ失ってしまうかも知れないという真っ当な理由も含めて天音を刺激しないように伝え続ける。
目に光が戻ってくる。
耐えるように顔を歪めると、ラルに向かって両手を広げて抱きあげてくれることを願う。
そこしか安心できる場所などないとでも言うかのように。
それに下半身を悟られないように答えると、お姫様抱っこの形をとり天音の成長を共に見る。
髪は肩口ほどだったはずがおそらくかかとにつくほど伸びている。
およそ十代前半くらいだろうか。
前の平凡などこにでも埋もれてしまうような容姿ではなく、誰が見ても美少女といわれる容姿はまるで誘うかのように妖艶だ。中身が自分でなければ、妖精かなにかが化けたのだろうと信じてしまうくらいに。シミ一つない肌。幼女の時ですら可愛いというよりは美しいものだった。それが、神々しいと思うほどになっている。
天音は正直な感想として気持ち悪いと思った。
そう、人間からかけ離れ過ぎている。
美しいと思ったリーシュシュですらかすんでしまうほど、美しすぎるのだ。
「ラル…怖い」
「なにを恐れる?我が共にあろう」
ラルの言葉が、自分だけを見ていた視野を広げさせた。
ラルと共にあっておかしくない容姿。
前の容姿であれば、きっと感じただろう違和感を感じなくても良い姿。
「ラル。気持ち悪くない? 」
「天音は天音であろう?愛しい以外に思うことがあろうか。例え顔の半分が焼けただれようと、我は天音のみを愛しいと思う故、それ以外はわからぬ」
抱きあげられた当初、胸の前で合わされていた手は自然とラルの首に巻きつき力を込める。すんすんとラルの落ち着く体臭を嗅ぎながら、気持ちが凪いでいった。ラルを置き去りにして。
「あまね…落ち着いたか? 」
理性が切れそうになりながら片腕でしっかりと支え、成長したとはいえ小柄なままの天音の銀糸を優しく梳く。
甘えるような声で名前を呼ばれ続けると言う苦行をしばらくこなすと、服を作ってくるとラルはベットの上で尻尾をふる碧の横に座らせると振り返りもせずに部屋から出て行った。はっと自分の服装を見返し、羞恥に頬を染めながら横できゃんきゃんと鳴く柔らかな毛に顔を埋めるのだった。
※※※※※※※※※
「あっこっちだ~ふふっ」
鼻歌が出る。
久しぶりに楽しい。
そうだ、これが楽しいという感情だった。
風を切る。
空を駆ける。
大地に足をつけなくなってから、いや足をつけてはならなくなってからどれくらい経ったのだろう。
感情が削ぎ落されていく焦燥感も遠くなって久しい。
笑顔を貼りつけて、空に縛られて。
「楽しい~楽しい」
「フォル、自重して。ここから先に南緑の主がいる」
「なぁに?フィーロはいつからそんなに偉くなったのぉ?僕を贄にしたくせに」
「思考が戻っているなら良い」
フォルと呼ばれた少年はフィーロと呼ばれた自身と瓜二つの少女に力をぶつける。本当に軽く傷つかない程度に、大地に叩き落とす。それが残された優しさなのだと気づかぬままに。
その余波に紫色の髪がさらりと揺れた。
「良かったね~?久しぶりの大地楽しい? 」
浮いたままの状態で土煙りに汚れた前髪を鷲塚むと、視線を合わせた。
同じ親から同じ日に生まれた瓜二つの双子の妹。
少女特有の柔らかさを欠如させた、欠如せざるを得なかった妹。
贄には自らなったはずなのにそれすら忘れてしまった兄。
大切だったはずなのに、その感情もかなり擦り切れてしまっている。
「僕に命令するな」
それだけ言うと投げ捨てる。
大地に叩きつけられるよりは強く背中を打ちつけられた。
けれどもフォルの視線はもう楽しいと思えてならない方向のみ。
フィーロは土ぼこりをはたくと、フォルを追いかけるために風を纏った。
「命令ではないよ、フォル」
もう限界なのだと知っていながら実行できない。このままでは拙いことになるというのに肉親の情が邪魔をする。フィーロの腹にに穿たれた楔が成せと締め付け、血が流れる。
「私にさせないで」
お願いだからとの言葉はもう言うことができない。
そのままもう遥か彼方に見えるフォルを追いかけるのだった。




