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片翼の乙女  作者: 針と糸
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不安

 リーシュシュの部屋を出ると、そこには当然のように侍女がおり部屋へと案内をする。部屋への先導をすると空気に溶けるようにして消えたが、ラルは特に動じることもなく結界に綻びがないことを確認し部屋へと入った。

 着ていた所々破れてしまった服を脱ぎ散らかしながら、寝室の扉に手をかけ音を立てないように部屋へと入る。勿論自身に浄化をかけることも忘れない。

 薄暗くなった部屋では二つの寝息だけが響いていた。

 またもしもいなかったならと思っていたのだろう詰めていた息を、安心して吐く。



 安心しきっているのかひっくり返り腹を出して眠る碧をベット脇のテーブルに乗せた籠へとうつす。ふごっとその体躯には見合わないいびきをかき、そのまままるまる。その姿は本当に幼獣のようで笑いが出る。演技なのか、これが本当に天音を守ることが出来るのかと疑問に思った瞬間、一瞬だけ碧の力がこちらを見た。無意識なのか、それともこの外見が擬態で実際は寝てすらもいないのか、判断はつかない。何かをしてくるつもりもないのだろう、そのままスピスピ鼻を鳴らして寝ている。

 天音にかけていた布団をめくり身を滑り込ませる。そしてようやく天音を胸に抱きこむ。身じろぎをし、温かいのだろう胸の中に甘えるように擦り寄ってきた。

 甘い体臭が鼻腔をくすぐる。

 すやすやと眠る吐息が肌を滑り、幸福感が満ちていく。

 大事で大切で愛しくて、絶望を教えてくれた少女。

 その指先に口づけを落とし、リーシュシュに貰った指輪を両方の人差し指に嵌める。

 力が抑え込まれ、ゆっくりと他には感じさせないように大地に溶け込んでいく。


「放さぬ、放せぬ。我だけを見つめよ。我だけを愛せ。他など全ていらぬというのに」


 自分だけが恋焦がれている現状。

 信頼を勝ち得ているだろうが、それ以上のものが欲しくて足掻く。

 いっそ壊してしまえばと頭を過る。けれど、壊れた天音では満たされないことも理解できた。


「天音、取り戻した。我の半身」


 頬に、髪の一掬いに口づけを落とす。

 足りない程に口づけを落とし、痕をつけたい欲望を抑え込む。

 成人した姿であったなら理性など保たずに体の奥底まで自分のものとしたのに。快楽に身もだえ、自身を欲してくれたならと思う。

 そしてひとしきり口づけを落とし頬を撫でていると気づいた。


「少し成長したか? 」


 明らかに成長している。

 数時間の間に起こった劇的な変化。身長が頭一つ分程の大きくなっている。


「そういう種族なのか」


 魔族の中には急激に成長するものも多い。力の強いものは特にその傾向が強い。


「そんなこともあろうな」


 少しだけふくらんだ少女の証に対して鼓動を早まる。

 それに気づかなかったふりをして瞼を閉じた。

 まだ早い、早く成長しないものかと猛る下半身を無視していると、久方ぶりに疲れていたのだろう、速やかに眠気が訪れたのだった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 あたたかな温もりがある。

 これは安心できる。

 これは傷つけない。

 これは一緒にいてくれる。

 まどろみの中、あたたかな温もりに頬ずりする。

 好きという感情が胸一杯になって、嬉しくて、怖い。


 天音は目を閉じたまま温もりを確認する。

 目を開くのが怖かった。

 もしも目を開けた時にラルがいなかったらと思うと、竦んで目が開けなかった。

 やわらかなふとんから陽の香りがする、大丈夫あのフローリングじゃない。

 あたたかい、ここはあの隙間風が酷い場所じゃない。

 このあたたかい存在がラルだとわかっているのに、もしかしたらこれは全て夢で目を開けた途端にあの現実へと連れ戻されてしまうのではないかと。

 いまさら、本当にいまさら怖くて堪らない。

 恐怖なんて感じなくなっていると思っていたのに、あったんだと泣きたくなる。

 怖くて、怖くて、知らずに拳に力が入った。


「天音、おはよう。起きたのだろう? その可愛い瞳を見せてくれぬか」


 甘く囁かれて、ゆっくりと目を開く。

 夢は醒めなかった。

 これが夢であったとしても、このままこの人と一緒にいたい。

 このままでいられないなら死んでしまいたい。


 天音はほっとしてラルに泣きたいような笑顔を浮かべる。なにかを察したラルが頬に、額に口づけを落とすときゅっと抱き締めた。


「不安になったか? 我と同じだな」


 頭を頬ずりされる。

 天音はラルを抱きしめ返すと、上に向かって移動し顔を上げてぎりぎり届く下顎に唇を落とした。


「ありがとう、ラル」


 それだけ告げると、先に起きていたのか碧がキャンと鳴いたためにベットから降りて抱えあげておはようと頭を撫でる。背を向けて赤面しているラルには気づかないまま、顔を洗ってくるねと部屋を出て行った。


「なにこれ!!!」


 と天音が叫ぶまでその場をラルは動くことが出来なかった。


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