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片翼の乙女  作者: 針と糸
13/23

名づけ

 小さな獣は、天音から見るとまるで茶色の豆しばのようだった。背中に小さな白い翼を持つ以外はいたって普通の可愛い円らな瞳で見上げてくる子犬。

 ずっと昔に拾ったけれど、従妹に見つかり隠していた空き地の空き箱の中で無残な姿にされてしまった頬を舐めてくれた優しい子犬に。必死に作ったとはいえ、自分の幸せの集大成の姿に自然と頬が緩む。

 天音にとって動物を飼うという選択肢はないものだったため、いま飼っても良いかと聞けるだけ幸福だった。天音自身が、ずっと搾取され飼われているも同然の生活だったからには他ならない。

 それを胸に抱いて返事を待つためにラルを見る。

 お願い、お願いと心の中で願う。


「天音が望むままに」


 ラルは考える余地すらないとでも言うように、甘く是と答えてくれた。ラルとしては、自分以外が天音の近くに存在することすら許せるものではない。けれど、この獣が天音の隠蔽されていない姿を見ても我を失わずにいることや、その明らかな異質さに様子をみることにしたのだ。そしてなにより精霊たちが囁いている声が、否やを唱えることを許さなかったのだ。



 モドッテキタ

 カエッテキタ

 イトシゴアリガトウ


 オカエリ

 オカエリ


 イッショニイテアゲテ

 アゲテ



 精霊に喜ばれる存在。

 そんなものはそうそういない。一部に好かれるものは一握りあれど、それ以上にあらゆる属性の精霊から祝福を与えられるものはめったにいないのだ。


「やった!名前どうしようか~」


 獣は頭を撫でられながら、精霊たちに返事をするようにキャンと鳴いた。


「見えているのだな」


 ラルは獣にのみ聞こえるように言葉を発すると、獣はその円らな瞳をラルへと向ける。翡翠色のそれは、澄みきっているにも関わらず底が知れなかった。

 それに気づかない天音は、名前を思いついたのか口を開いた。


「ん~イヌモドキ??」


 それは嫌だというように獣が横に首をぶんぶんと振っている。


「嫌なの?じゃあイヌ?」


 さらに横に振る。


「ネコ?」


 また横に振る。それが幾度となく繰り返され、決まらない。

 天音の名付けのセンスは限りなく低かった。

 最後には悲しそうにキューンと鳴いている。ラルにとっては異界の言葉なためはっきりとはわからないが、精霊が言うにはどうやら種族名やらしか言ってはいないようだ。精霊たちは判るのか、腹を抱えて笑っていたり可哀そうなものを見るように天音と獣を見ているものがいる。獣がこちらを助けを求めるように上目づかいで見上げてきた。名付けに関して何も言うつもりはなかったのだが、精霊たちのひと押しもあり天音に助言をする。


「瞳の色ではどうか」


「瞳? 」


「さよう、美しい色をしている故。それで良いか? 」


 獣はそれに対してふさふさとした尻尾を振り、是と答えるように鳴く。


「色か~色…色…みどり…碧で!! これならどうかな? 」


 気に入った獣はようやく決まった名に満足そうに鳴くと、天音の頬を舐めるために腕をよじ登った。くすっぐったくて笑う天音と碧。名前が決まった途端に精霊にしか見えない契約の印が額に浮かんだが、誰にも気づかれることなく痕跡を無くした。


「可愛いね~碧!大好きよ」


 碧の鼻先にちゅっと触れるか触れないかのキスを落とす。それを見たムッと嫉妬も露わにしたラルが自身もしようと唇を天音に向かって近づけるが、それに気づかれて阻止される。


「ロリコンは駄目! 」


 絶望に染まるラルにどこか勝ち誇ったように碧は吠える。


「おのれ…何故我にはしてくれなんだ」


 天音の髪に顔を埋めながら呻く。

 どきどきと高鳴る胸の音がばれてないか、顔の赤みが見えないように碧に夢中な振りをして天音はわざとらしく大好き!可愛いと言い続けている。それがラルの気持ちをさらに下落させていることに気づかずに。


「おい、胸やけしそうだからそろそろ止めてくれないか」


 笑い転げたまま復活しないジールを足蹴にしたまま忘れ去られていたリーシュシュが、眉間にしわを寄せている。美しい幼女と美しい青年、子供と大人の会話であるはずなのだが胸を悪くさせる。明らかに付き合いたての初なカップルを見ているようだったからだ。普通なら眼福なその光景は、女装中のリーシュシュであれば我慢ができても素のひとり身のリーシュシュには我慢が出来ないものだった。

 すっかり忘れていた天音と、天音以外どうでも良かったラルは揃ってリーシュシュを見る。

 息を整え、真剣な顔になるリーシュシュに何を言われるのか知らずに力む天音。


「すまない、そしてありがとう」


 生が終わるまで続くはずだった牢獄からの解放を。謝られることはわかるがお礼を言われる意味がわからずきょとんとしている天音はラルを見上げた。ラルは何のことかわかり、謝罪よりも感謝に対して頷く、天音の代わりに。

 天音は頭に疑問符を浮かべているが、それ以上は話すつもりもないのだろう。リーシュシュは足元から抜け出していたジールに指示を出すと、二人と一匹に背を向けた。


 理解した碧がリーシュシュにさようならを告げるように一声鳴いた。


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