土蟲との戦い ※別視点
死屍累々。
まさにその一言がぴったりな有様だった。
巨大な土蟲の死骸を到着したまでは良かったものの、それに誘われてきた小さい幼生の土蟲があらわれために浄化の結界を張りながら、すでに集まってしまっていた魔物と戦い続けていた。その疲れにより目眩がしていた。この土蟲が爆音とともに一撃で何者かに倒されてから、どのくらいの時間が経っただろう。
通常ならば、こんなに出現するはずのない群れ。
土蟲の独特の体液の臭いが、仲間の血潮と混じりあい異臭を放つ。
魔物と戦うことに慣れているとはいえ、散らばった様々な残骸に、またさらに群がる魔物を叩き潰す。
もう時間が麻痺してしまうほど周辺はどうしようもない状況であった。地蟲の臭いに、魔力の残滓に寄り集まった他の魔物が、一口でも齧ったが最後、狂化するのだ。それは小さな土蟲でも変わらず、一口、二口と食べるほどに悪化する。
普段ならば好戦的ではない種も、まるで空腹に喘ぐように食む存在へと変化してしまう。それは魔物だけにはとどまることがなく、魔力の限りなく低いものも影響を受けてしまう。
戦いながらのためか全てを駆逐できるわけもなく狂化してしまった魔物の群れが、次々と襲いくる。それを倒しながら浄化を行う二人の騎士は目に汗が入り込んでも拭うことすら出来ずに毒づいた。
これほどの大きさともなれば一口で町が飲みこまれてもおかしくなかったとはいえ、こう思わずにはいられない。一撃で倒せるほどに力があるのなら浄化をしろと。そうしてくれていればここまでにはならなかった。
「本当なら休みだってのに!!」
右手で浄化を行うための結界を張りながらカースが左手で魔剣を駆使した炎弾を放つ。
ヴァールは保持していたすでに残り少ない魔石を狂化した魔物に攻撃を繰り出しながら、結界を張る。そこに無駄口を吐く余力すらなく、いつもならカースの頭を小突くくらいはするというのに、その元気すらなかった。すでに魔力が尽きかけている二人以外にいたはずの隊員達は、二人よりも後に合流したというのにすでにいない。救援を求めるほどの余力すらなかった。ここで膝を一度でもつけば立ち上がることができないに違いなく気力でのみ立っている。
「隊長はまだかよ!!」
浄化しても浄化しても無くならない増え続ける土蟲の死骸。
それ以外にも増える魔物の死骸に仲間だった躯のその区別すら怪しくなってきている。
「なんなんだ!!くそが! 死にたくねぇよ」
「んじゃ、そこで大人しくしててね」
戦いに夢中になるあまり、近づいてきたことにすら気づけなかった。否、その存在を感じ取りもしも通常の警戒が出来ていたとしても気づけなかっただろうことに気がつけた。土蟲の体液のような鮮やかな毒々しい紫色の髪を持つ、幼い顔をした青年になりかけている少年。この場には似つかわしくない防御力のないであろう薄絹の膝丈ズボンに、シャツを羽織っただけの少年は手のひらに集めた魔力の塊を頭上へと向けて放った。
「はいは~い。そしたら浄化しちゃうから、そこから動かないでね?もしも約束を守れなくて死んでも知らないからね~」
カースとヴァールは命じられるままに言葉に従い、目の前に魔物がいるというのに足を止めた。この声の主が誰かわかったためでもあった。
「良い子だね~」
良い子は好きだから消さないであげるね、という物騒な言葉は聞かなかったことにして待機の姿勢をとる。顔の前で生臭い息を吐きながら、牙をむき出しにしている自身の倍の大きさはある魔物を見つめる。肩につくかつかないかの紫色の髪が風にそよりと揺れた。
と、白い炎が舞う。
それは地蟲も魔物も一緒くたに浄化する力だった。
まるで自分たちの魔法が児戯のようだと、脳裏にちらりとヴァールが思うと、その言葉を聞いていたかのように白い炎を放った男が舐めるように見てきた。背筋に嫌な汗が落ちる。
「そんなに脅えなくても~」
近づこうとする少年とヴァールとの間に待ちに待っていたはずの隊長がすかさず入り込む。生き残ってくれていた部下を守るためとはいえ、この態度で殺されたとしても文句が言えない程に高位の存在に。
「お戯れはお許しを」
膝をつき、ひたりと見つめる隊長に興をそがれたのか鼻歌を歌っている。生臭い臭いも血も、全てが消滅していくほどの力を行使しながら全くの苦を感じていないようだった。カースは無心になれ無心になれと胸中を埋め、視線をひたすらもう何色かわからなくなってしまった靴先だけを見つめていた。
「遅くなってごめんね~?土蟲を倒したやつがまだいたら、もう少し頑張ったんだけどさ~。もう気配なかったから、ついお昼寝しちゃった」
隊長が拳を握るのが見えたが、ヴァールはなにも言わない。
「あれ~?怒っちゃった?冗談だよぅ。遠いとこにいたんだよ~遠すぎてさ~気づくの遅れちゃったんだ~あはは」
どちらが本当なのかわからないように笑う。
隊長がカースとヴァールに命令を放ってから、すぐに放った伝令の魔法が届くのに一日以上かかるという場所はどこなのかと隊長の腹の中を炎が廻った。規模が規模なだけに迅速に対応していたというのに。
「顔に出さなくてもわかっちゃうよぅ」
ケタケタ笑いながら、一刃の風が隊長の耳を削いだ。まるで善悪のわからない幼子が小さな虫を殺してしまうように無邪気に。
「これで許してあげる~」
血が噴き出すそこを見向きもしないまま少年は消えた。
疲労と男の圧迫感が消えたことに動けない二人とは対照的に、悔しそうに片耳が落ちたまま隊長は拳を荒れた大地に突き立てた。失われた部下に、自身の非力さに。
その後、隊長は職を辞し消えたのだった。




