和
シリアス皆無です。
崩壊した場所を見ながら、ジールの入れてくれたお茶をすする。植物が早回しで成長していくようにじわりじわりと姿を元に戻していく様は、まさしくホラー映画のようだったが今の天音に認識する余裕はない。そして程良く飲みやすい温度に調節された、まるでほうじ茶のようなその香りが疲れ切った心中を優しく癒していた。
あの、力の暴走よりもなによりも衝撃的だった事実にショートした天音は、足腰に力が入らなくなるほど挙動不審になり、今に至る。現状に混乱するばかりでその前にあった重大なことも忘れてしまっているだけとも言えた。
止血を終え、衣服を整えたラルはお茶を飲みながら遠くを見る天音を一端抱えあげると、座っていた敷物の下に体を滑り込ませた。天音の膝に乗っていた獣が文句を言うように鳴くがラルは華麗にスルーする。
「落ち着いたか? 」
髪を梳きながら、ラルは甘く囁く。
その色気にすら気づかずに天音は遠くを見つめたまま、男であったリーシュシュの女子力に驚嘆し絶望していた。ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかで呟く言葉はどれもが、自分とを比べて虚しくなっていく。やっと自身の元に戻ってきた歓喜が胸を占めているラルにとって、内容は到底看過できるものではなく。思うこと幼子にいうように心底愛しくて堪らないと色気をさらに振り撒きながら言う。
「天音はゆっくりと成長していけば良い。悪戯で女装するような輩と比べずとも良いのだ」
後ろでジールがこらえきれずに噴き出したが、それにすら頓着せずにラルは言い募る。それがさらに天音を泥沼の中へと落としていることも気づかずに。ロリコンめロリコンめと合間にいれるのも忘れてはいない。
「それでフォローしているつもりか? 」
聞き覚えのない声が聞こえて、天音は視線をゆっくりとそちらに向ける。ラルは天音の意識をそちらに取られたことが気に入らずに、手のひらでそれを阻止した。ラルの手をどけようと頑張る天音を見て、さらにジールは耐えられないと笑う。
「ジールのお腹が捩れそうだ。それくらいにしてやってくれ」
「それを・・ぷっくくく・・・あなた様が・・・ぷふう・・・言いますか。くくくリーシュシュ様・・もう駄目あはははは」
今まで長い時を共にいたというのに、笑う姿を初めて見たジールの笑顔が心底気持ち悪くなりリーシュシュはジールに向けて攻撃を放った。と、笑い転げそうになっていた顔がすっと引き締まりかわすと距離をとる。そこだけはきりっとした顔をするが、現状を思い出したのかまた笑いだした。
「煩いよジール」
「本当に、リーシュシュ様は変装された時と性格が変わりますね。本当は人格が沢山あるのではないですか? 」
「お前にだけは言われたくない」
リーシュシュとジールが睨みあう中、その光景を見ることが出来ない天音が耳からの情報で現実逃避をしていた。
「声も違うじゃない。あんなに女らしくてたおやかな感じだったのに。声の出し方から違うとか・・・心は女の人?なんかそれも違いそうだし。女装趣味?あれだけ似合っていれば」
「はいはい、落ち着こうね。女装趣味でもないし、心はしっかり男だよ。恋愛対象も女」
「男?嘘よ嘘。あんな綺麗な男が」
「いるだろう?ここに。ラルも、そんなに嫉妬深いと嫌われるよ」
ラルは苦虫を潰したような顔をして視界を覆っていた手を下した。
目の前に三人の種類の違う美形が勢ぞろい。
天音は口を開けたり閉じたりしながら、指さし確認を始めた。
「ラル」
抱きあげている何度見ても見慣れない色気ダダ漏れの美男。
「ジールさん」
目じりに涙を湛えながら、柔和な笑顔の仮面がいまは無残にも笑み崩れている美男。
「リーヒュっ」
噛んだ。可愛い可愛いと身もだえながら、女性的な優美さと男性らしさを併せ持つ中世的な美男が悪戯っぽく微笑んだ。
「リーさんで良いよ。天音ちゃん」
女装男子の言葉にうなずく。そこに女性だと思っていた時の遠慮などない。
「リーさん」
「はいはい、何かな?天音ちゃん」
「女の敵!!! 」
ぶふぅと地面に這いつくばり、ジールが地面を叩いている。何故そんな思考になったのかわからずひたすら笑い続けている。ここまで愉快な存在に出会ったことがないと不快にならないことに驚きながらも、そこはおくびも出せずに笑い続けている。
「それで良い。そう思い近づくでない。危ない故」
「人を危険人物みたいに言わないで頂戴! 」
「女装趣味・・・・」
「もうそれで良いよ・・・」
打ちひしがれたようなリーシュシュを前に天音は小動物のように小首を傾げた。あの力は何だったのかとか、謝らなくてはならないとかの真剣な思考は気づけば霧散してしまっており、その可愛らしさに手をつい伸ばすが、それを存在が空気と化していた獣に阻害される。小さいながら天音に近づくのを牽制しているようだ。小動物特有の円らな瞳がリーシュシュの心を打ち抜く。女装していようがいまいが、可愛いものが好きなことに関しては変わらないらしい。
それを見て、ようやっと思考の落ち着いてきた天音は自分を落ち着かせるために撫でていた獣にひたっと視線を合わせると、今気づいたと大きな声で言った。そこにラルがこのまま一緒にいてくれるのだろうかとか、そういった考えすら及ばなかった。
「ラル!!この子飼っても良い? 」
どこまでもマイペースな天音であった。




