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片翼の乙女  作者: 針と糸
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はじまり

クルヨ クルヨ


クルヨ アノコガ

 ムカエニ

   タスケニ

イッテハヤク!!!!


精霊どもが耳の辺りを羽虫のように飛び回る。周囲の者には見えないのだろう、が男にははっきりと見えた。手のひらサイズの羽の生えた者たち、子どもから青年くらいの姿を模した彼らが数十人以上男の周囲を飛び交っていた。


『何がくるのだ』


他には聞こえない魔術を込めた言葉で囁くと、精霊は我先にと叫んだ。


イトシゴ!!!!


『いとしご?なんだそれは』


ダイジ!ハヤク

モウクル!


同じ言葉を言い続けるため、会話が不能だと悟った男は、精霊が指し示す方向へと向かう。精霊は男に着いていく素振りすら見せずに見守った。



アノコガスクウ

  カナシイ

イトシイ

    タマシイ

アニコ   シアワセニ



 男が去った後、見守る精霊は口ぐちに囁いた。辛そうに、けれどとても幸せそうに。



*************




とても温かい水の中。天地の堺はなく、ただ浮いている。とても眠くて目を開けられなかった。どこかに連れて行かれているのはわかった。けれど、どこに連れて行かれているのかはわからなかった。

大人しく包まれたままでいる。それはとても気持ち良くて、幸せで、嬉しかった。まるで、今まで起こった辛くて苦しくて悲しいことが全て消えうせたかのように。

まどろむ。

お母さんのお腹の中ってこんな感じだったのかな?そんなことを思い、心があたたかくなる。しばらく思い出せなかった両親の笑顔が、すぐそばにあるような気がした。


♪~

 ♪~~


音楽?音?優しい、けれど胸が[D:25620]き毟られるような音。それが徐々に大きくなっていく。おいでおいでと誘われるような音達は、水の中を反響して溜まっていく。それに耐えきれないように水の膜が震えてやぶれた。


 (ああ、もう着いたのね)


 自然とそう思った。

 大地にふわりと下ろされる感覚。水の中にいたはずなのに湿った感触がないことに驚きながら、ゆっくりと目を開いた。

水の名残さえない周囲を見渡し絶句する。木が一本もない荒れ野。人家どころか、人の気配すらない。見渡す限り、ただただ荒れた大地が続いている。


「ここはどこ?」


声を自分に確認するように出した。違和感を感じて、声をもう一度出そうとしながら自身の手を見つめた。体をまさぐる。


「なんで?」


声が、まるで子供のように舌っ足らずで高い。手が小さい。肩も、大きくはないけれどそれなりに育っていたはずの胸も、ない。服すらも着ていたものとは違うものになっていた。比較するものもないが、かなり背も縮んでいる気がする

「思い出せ、なんでこうなった?」


とりあえず何もない大地に座り込む。今日一日あったことを必死に思い出した。


「朝起きて……会社行って……お金取られたから、お昼ご飯買えなくて水飲んで……会社終わって……帰り道に美由紀に会って……殴られて吹っ飛んで……記憶がない」


 あははと苦い笑いしか浮かばない。なんでこうなったと思う半面、もしかしたら死んでしまったのかも知れないと冷静になる。


「しかし何もないな……死んだら天国とか地獄とか、お父さんお母さんに会えるとかじゃないの? 怖い? ううん、それすらもない。私には何もない」


 家族もいない。両親の残した財産も何もかも叔父夫婦とその娘の美由紀に食いつぶされた。家もない。間借りという名の搾取により部屋も無い。荷物も古びた服や形見のぬいぐるみがボストンバックに入る程度しかなかった。


「ふふっ何も無かったな」


 呟く、冷めた吐息が世界を震わせているとも知らずに。心がないわけではなかった。まだ、痛みを訴える相手を知らなかった。

 俯くと自身で切っていたザンバラではなく、キラキラと月光のように輝く一筋が流れる。掻き揚げるとそれはやわらかく囁いた。着ている服も3枚1千円で買った着古したものではなくなっていた。不思議と疑問には感じなかった。これが当然であると知っていた。

 囁き声が聞こえた気がして地面を見つめ、自分に確認するように言う。


「誰かいる?」


 蠢く、あるのは食欲のみのそれが空腹を訴えている。弱い地震のように大地が揺れた。


「私を食べたいの?」


《肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定肯定》


「そう、私はあなたに食べられるために来たのかな?」


 その言葉には何も答えられず。足元が盛り上がっていく。大地が揺れて、崩れていく。不安も恐怖もない。占めるのは寂しさだけ。


「おなかいっぱいになると良いね」


 そして微笑む。おなかが空くのはとても辛いから。食べるのに事欠いた日々を思い出し、苦いものが口に広がる。

 そして眼を閉じ、その時を待った。








***********




 幼い少女が荒野に立ち尽くしていた。硬く目を閉じていた。とっさに男は土蟲の気配を感じ無詠唱のまま魔法を構築し放つ。同時に少女を結界に保護し、急いだ。何かが心に響いた。いままで感じたことのない欲求、長い生の中一度も感じたことのない渇望。


「見つけた」


 口元がゆがむ。何故かなんて知らない。男は沸き立つ思いをとめることなど出来ない、することなど出来ない。スピードを上げる、空気の層が幾重にもまとわりつく。

 少女のすぐ後からのそりと巨体が姿を現した。ぶよぶよとしてはいるが、その硬い表面には土をかくための30センチほどのナイフのような突起が無数に有り、頭頂部には幼子のような顔がところ狭しにくっついていた。中心には丁度大人10人は丸呑みできるだろう穴が穿たれ、表面にはあるのよりは幾分か小ぶりなさらに鋭い突起がうごめいている。

 餓えた幼子達の眼球はギョロリと動き、少女だけを注視した。


 きゃらきゃらと子供の笑い声のような鳴き声を紡いだ土蟲は、極上の獲物の虜となったまま気づくことのなかった。



 風が動く。



 みじろぎした……っと思った瞬間攻撃が当たる。

 悲鳴すらもなく、轟音が周囲を震わせた。

 土蟲は当たった衝撃を理解出来ぬまま、その巨大な細長い体躯は肉片となり辺りに飛び散る。反応すらも許さない絶対的な力の行使に数多くの命を屠ってきた命が消える。

 その瞬きほどの間も少女は反応しない。そして言葉もなく、男は少女に近づくとそっと壊れものを扱うように抱きしめた。

 びくんっと辛うじてわかる程度の抵抗に胸が痛む。大丈夫だと安心させるように背中をさすりながら、少女にグロテスクな荒野を見せぬために、小さく囁く眠りの魔法はもたらす。


「見つけた。我だけの」


 力の抜けた少女を胸に抱きこむと、男は心から歓喜した。

 男の疲れきった顔は、愉悦に歪む。初めて、これほどまでに感情が揺さぶられた。柔らかく小さな体を傷つけないように、両の腕に抱え直すと、少女を休ませるために歩き始めた。

 踏む韻律は柔らかく。少女の眠りに、微かな揺らぎも起こさないように紡ぐ。紡ぎ終わると、ふわりと少女を抱えた男が浮かび消える。




 これは男と少女の物語。失うもののない壊れかけた少女と、すべてを持っていても空虚しかない男の物語。

 少女は知る。

 男は知る。

 全ては世界を廻すために。

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