第十二話
休戦の交渉はベルグとオラルセンの国境上で行なわれることとなった。その席への同席を求めたところ、王からは快諾を受けた。交渉の場には周辺国からルンエルド公国が立ち会うことになっていた。ルンエルド公国は小さい。オラルセンの脅威をひしひしと感じていたのだろう。ベルグ王国以上に休戦には積極的だという。
休戦交渉が始まり一ヶ月程経過したが、交渉は未だ纏まってはいなかった。ベルグ、オラルセン双方とも早期休戦という点では合意している。条件で折り合いがついていないらしい。
収穫期が近い。どちらの国も兵士の多くは農村から動員している。周辺国で専業兵のみによって軍を維持しているのはゲルミシス帝国だけである。ベルグ王国内においても専業兵を増やしてはいるが、まだ全てを置き換えるには至っていなかった。オラルセン王国についても同様である。そのこともあり、条件についてはそれほど心配してはいない。どちらとも収穫期までには休戦協定を締結したいはずだからだ。
交渉の場には私とイリス、マルタの三人で来ていた。師匠には王都に残ってもらっている。何かが起きたとき、すぐに連絡を取ることができるからだ。精霊族というのは便利なものだ。精霊族がいれば戦時に置いても情報伝達で格段に有利に進めることができるだろう。自らの領域から出る精霊族が少ないのも、そういった事に利用されるのを防ぐためかもしれない。
最初の内はレックスの言葉を警戒し、三人共交渉に立ち会っていたのだが何事もなく過ぎていった。その為現在は一人一人交代で立ち会うことにした。今はイリスだけが立ち会っている。
交渉の席であろうとも剣の鍛錬を欠かすわけにはいかない。剣を振っているとレックスが近づいてきた。オラルセン側の護衛としてレックスも交渉の場には付いてきていたのだ。レックスは私に話しかけるでもなく、ただ私の鍛錬をじっと見つめている。レックスに見られていようとも、私がするべきことは変わらない。ただ剣を振るだけだ。
剣を振り終えたとき、レックスはまだそこにいた。
「何か御用ですか」
「いや、お前の剣の振りが師匠にそっくりでな。なつかしくなっただけだ。イリスもよくそこまで師匠の剣を忠実に教え込んだもんだ。あいつは師匠のことが大好きだったからな。お前を師匠の代わりにでもしようとしてるんじゃないか。お前はお前だ。気をつけろよ」
本人だから、代わりではないのだがな。
「ご忠告感謝いたしますが、そのようなことは決してありません。私はただ自分の剣を追い求めているだけです」
「そうか。ならいいんだが、毎日剣を振ったところで強くはなれないぞ。一年の素振りより一人の斬殺だよ」
極端だな。
「そうは思いませんが。私はなにも強くなりたいわけではありません。強さとは相対的なものだと考えます。相手がいなければ量れるものではないでしょう。私は剣の頂に登る為に他者の犠牲を必要とはしていません」
私の言葉にレックスは笑顔を見せた。いつものような不快な笑みではない。
「そんなところまで師匠そっくりだな。別にお前のその思いを否定するわけじゃないが、結局のところ剣は強さだと俺は思うね。剣ってのは斬る為に生まれた」
「そのように生まれたからといって、そのように育たなければならないわけでもないでしょう。レックス様のお考えも剣のひとつのあり方だと思います。ただ私の剣の先にあるものとは違うだけです」
「試してみるか。お前も俺も剣の頂を目指す者として、どちらが正しいか。結局それを決めるのはこれだろ」
そう言ってレックスは腰に提げた剣を示してみせる。
「だから、そういったことではないのですが……」
レックスは剣を抜きすでにやる気だ。
「鍛錬の続きだよ。何もお前を斬り殺してやろうなんて思ってはいないさ」
剣を抜く。私が死んでからレックスがどれほど腕を上げたのか、それを見るにはいい機会だ。
「では、よろしくお願いします」
レックスも私もラグス流の基本である脇構えだ。レックスは間合いを一瞬で詰めると私の腹部を狙い剣を突き出してくる。レックスの突きを剣の腹部で受ける。殺す気はないと言っていたが、その剣には殺気が込められ狂気に満ち満ちていた。普通なら死んでいるぞ。
「お前ならこれくらいは受けるよな」
剣を引きレックスは再び突いてくる。今度は受ける事はせず、体を横にずらし避ける。突きの挙動が変化し剣が横に振られる。身を伏せ私の上を通った剣を斬り上げる。ここだ。腕が上がり無防備なレックスの脇を狙い剣を振るう。それは戻ってきていたレックスの剣によって防がれた。
レックスの激しい剣を受け、ときには避け隙を狙い剣を振るう。それは次第にレックスの剣を避けられなくなり、受けることが多くなっていた。そんな私の剣を抜けて、レックスの剣が微かに当たった。レックスはそこで唐突に剣を引き、鞘に収めた。
「ここまでだな。これ以上やると殺すしかなくなる」
私も剣を鞘に収める。
「お前の剣の先、考えておけよ」
「私の考えは変わりません」
「そうかよ。イリスとマルタに伝えておけ。交渉が纏まる明日に……起こる」
それだけ言うと私への興味をなくしたように背を向け歩き出す。
「あなたは何を知っているのですか」
その背に問うた私の質問に返答はなかった。
「お師匠様」
「お兄ちゃんっ」
イリスとマルタが駆け寄ってきた。周りを見渡せばいつの間にか多くの人々が私を遠巻きに見つめていた。
「おい、レックスと互角にやり合ってたぞ」
オラルセン側の騎士からはそのような言葉が聞こえたが、あれは決して互角などではなかった。あのまま行けば私が斬られていたのは間違いない。
「大丈夫でしたか」
イリスとマルタが心配そうに見つめている。
「擦っただけだ。心配するな」
レックスの剣が当たった腕を見ると、うっすらと血が滲んでいる。私の剣はまだレックスには届かない。レックスの剣は確かに人を斬ることで冴えわたっているようだ。同じようにしようとは思わないが。
「イリス、マルタ。明日が勝負のようです」
次の日はレックスの言葉を警戒し、交渉の場には三人で立ち会うことにした。交渉はこの一ヶ月ゆっくりとではあるが進んでいたようで、やはり収穫期を前にお互いが折れた形のようだ。署名も済み紅茶を飲みながらゆっくりとしていたところで、付近の見回りをしていた兵達の気配が消えた。レックスを見ると笑っている。すぐに騒ぎが大きくなり、交渉の場に兵士が飛び込んできた。
「なにごとだ」
オラルセンの交渉役が大きな声をあげる。
「何者かによる襲撃を受けています。すぐにここからお逃げください。表に馬車を用意しております」
その兵士の言葉に慌てて文書を持ち外へ出ようとする交渉役を私達で押しとどめる。レックスは兵士に近づくと当たり前のようにその胸に剣を突きたてる。
「な、なにを……」
口から血を溢れさせながらレックスに疑問を投げかける兵士。
「そのもれ出ている殺気だよ。気配はうまく消したようだが、殺気までは完全に消せなかったようだな。暗殺者としてはお前は三流だよ」
レックスは兵士の胸から剣を引き抜いた。胸からは血が大きくあふれ出す。剣を一振りし、濡れた血を振り落とす。
「そもそもただの兵士が気配を消せるかよ」
死体にそれだけ言うとこちらを向いた。
「もう俺達以外に生き残っているやつは敵さんだけらしい」
レックスの言う通り、建物の外には一切気配が感じられない。残っているのは先ほどの兵士と同じように気配を消した暗殺者だけだろう。
「俺は適当に外のをやるがお前達はどうする」
その目は私達を向いている。
「私とイリスも行きましょう。マルタはこの方々の護衛をお願いします」
幸いこの建物は出入り口が一つあるだけだ。気配を消せる相手とはいえ、扉を見張るだけでいい。マルタ一人で充分だろう。
建物をでると確かに馬車が二台付けられている。
「他の皆さんはどこですか。すぐにでも出発しませんと……」
「ああ、そういうのもういいから。お前のお仲間はもう殺したぞ」
レックスが御者のふりをした暗殺者の言葉を遮る。それを聞き馬車から降りるとすぐに剣を構えた。それと同時に馬車から続々と男達が降りてくる。
「これは面倒ですね……」




