第七話
私達は今、王都から三日ばかりの距離にある山に来ていた。この山はベルグ王国を建国した初代国王が、神託を受けたとされているベルグ王国において重要な意味をもつ山だ。なぜそんな山に来ているのかといえば、それはこの山の中腹にある洞窟にギベルソンの隠れ家があるからだ。
山に人が訪れるのは国王が即位したときだけだ。初代国王と神に宣誓する為に国王と臣下が頂上まで登る。それ以外では入山が禁止されている。それは王が神託を受けた神聖な山ということもあるが、魔物が多く被害が絶えなかったことも理由にある。人目につくことも無く、隠れ家を作るのには適していたのだろう。魔物が出ることと、交通の便が悪いということを除けば。
私達といったがここには私とマルタ、そして少数の王国軍のみが来ていた。イリスと師匠はもう一つの隠れ家に向かっている。多くの王国軍を派兵するはずだったのだが、ギベルソンに悟られないようにするため、少数にしてもらった。騎士達にも隠れ家に突入するのは私とマルタだけだと伝えている。隠れ家にいる者たちがどれほどの使い手かはわからないが、マーティンを誘拐した者と同程度の実力があるとすれば、騎士達では歯が立たない。もちろん騎士達からは不満が出たが、王命ということで納得してもらった。騎士達にも多くの被害を出した王子誘拐犯を捕まえたというのも大きかっただろう。
辺りには木が茂り遠くまで視線が通らない。ギベルソンの者に見つからないよう慎重に山を登っている。山には得体の知れない鳴き声が響き気が休まることがない。というのも魔物からは気配を感じ取れないからだ。人間以外であっても動物などであれば気配は感じることが可能な為、魔物は生物ではないのではないかと考えている。もちろん実体はあるので、ある程度近づけば音によって感知はできるがその範囲は私が今感じ取れる気配の範囲よりかなり狭い。そういったこともあり精神をすり減らしている。騎士達も落ち着かない様子だ。
「そろそろ見えてくるはずです」
そんな騎士の一人が私に告げた。慎重に足を進める。いつの間にか魔物の声は止み、騎士達の金属鎧の擦れる音だけが聞こえている。木の影から洞窟が見えた。その周りの草は踏み倒され、何度も人が通ったことを示している。どうやらあの洞窟がギベルソンの隠れ家らしい。騎士達に止まるように指示を出す。まだ気配は感じない。
「着いたようです。ここで騎士の方々には全員待機してもらいます。洞窟に入ろうとする者、中から出てくる者がいれば対処してください。できれば生きたまま捕らえていただきたいですが、無理なら殺してかまいません。ギベルソンだけでなく魔物にも気をつけてください」
騎士達の表情が引き締まるのを確認し、マルタの方を見る。
「マルタ、何人いるかわかりませんが一人は残します。では行きます」
気配を消し洞窟の中に足を踏み入れる。洞窟の中は湿気が多く、ひんやりとしていた。天井からだろうか、水滴の落ちる音が響いている。小さな水滴の音がこれだけ反響しているのだ。声を出せばすぐにばれてしまうだろう。マルタもそれがわかっているのか一言も発しない。洞窟に入ってすぐ、奥に人が集まっているのがわかった。水が滴り、滑りやすい床を慎重に歩いて行く。洞窟の壁には明かりが掲げられ周囲を照らしている。
分かれ道に出た所でマルタと別れることにした。どちらとも続く道の先に気配があったからだ。数が多いほうを選ぶか。マルタに右側に行くことを指示して左側に進もうとする。しかし私の服の裾をマルタが握り止めた。振り向くとマルタは首を横に振っていた。どうやら左側に行きたいらしい。数が少ないほうを私に回すということか。しきりに頷いている。いやしかしマルタと私の剣の腕はほぼ互角である。どちらを選んでも同じようなものではないか。首を横に振る。違うらしい。わかった。右側を選ぶことにしよう。マルタは笑顔で腰に手をあて、私に任せろというように無い胸を張っている。マルタのほうに五人、私のほうに四人か。
マルタと別れ洞窟を進むと、どんどんと通路は狭くなっていく。そうしてゆるやかな曲がり角にぶつかった。その向こうからは、大きく光が漏れている。話声も聞こえてくる。大声を出し騒いでいるようだった。酒でも入っているか。それならやりやすいが。
気付かれている様子はない。気配の広がり具合から、曲がり角の向こう側はある程度広い空間になっているはずだ。マルタも五つの気配に近づいたようだ。どうやら私と同じように様子を窺っている。マルタなら私の突入に合わせてくれるはずだ。行くか。まずは数を減らす。
飛び出す。そこにはテーブルを囲み酒を飲んでいる男達の姿があった。正面に座っていた男と目が合う。急に飛び出してきた私に驚いたようだった。一番近い男はこちらに背を向け座っている。まずはこいつだ。私に気がついた男がやっと声を出す。もう遅い。振り返ろうとしている背を向けていた男の首を刎ねる。その男の首から大量の血が噴き出しテーブルを濡らす。初めて実践で使ったが、少し長いはずのディオーアの剣は私にまったく違和感を与えない。
テーブルに座った男達は突然の出来事にまだ対応できていない。いや一人もうすでに腰の短剣に手を掛けている奴がいる。その目に驚きは見えない。こいつの前にもう一人は減らしておくか。首の無い死体を蹴り倒し最短距離でテーブルに登る。初めに目が合った男がテーブルに立て掛けている剣に手に延ばしている。上段から振り降ろした剣で手を切り飛ばす。手首を返し剣を寝かせ同じように首を刎ねる。
惨状を目にした一人は完全に腰を抜かしへたり込んでいる。今はこいつを相手にする必要は無い。
もう一人は短剣を構え油断なくこちらを見ていた。自ら仕掛けてくる様子はない。ならばこちらから攻める。剣を脇に構え男との間合いを詰める。わざと男の間合いに入りその勢いを剣に乗せ横様に振るう。それは男の短剣によって受け止められた。これくらいは防ぐか。防いだ後も短剣の間合いだというのに攻撃してはこない。決定的な隙でもない限り攻撃してこなさそうだ。
後ろから私に迫る気配に気が付いた。気配に頼るまでもなかった。なぜならそいつは奇声を発しながら近づいてきたからだ。腰を抜かしていた男が恐怖からただただ突っ込んできただけだ。少し距離を離し目の前の男にそのまま剣を振るう。男は後ろに飛びのき剣を避けた。だろうな。この距離では先ほどのように短剣で受けることは難しい。その剣の勢いを殺さず体を回転させ後ろから近づいて来ていた男の腹部を切り裂く。剣を無理に振るったせいで膝を突き私は体勢を崩す。
男はそんな私の背に短剣を突き出してくる。身を斜めに屈めその短剣を避ける。前のめりに突っ込んできた男の力も利用し鳩尾に肘を打ち込む。私に覆いかぶさるようにして崩れ落ちた。
誘いに乗ってくれたおかげで随分と早く終わった。気配を探ると、マルタのほうも終わったようで気配が二つになり、こちらの方へと近づいてきていた。どうやらマルタも一人は殺さずに捕虜にしたらしい。別々に尋問し、話していることが真実かどうか付き合わせたほうがいい。この男も連れて行くか。
男の腕の腱を斬り、猿ぐつわをする。足の腱を斬らなかったのは運ぶのが面倒だったからだ。この山の中を男一人抱えて降りるのはいささか骨が折れる。男はまだ気絶していた。騎士達に引き渡すまでは気絶してくれていたほうがいい。
「お兄ちゃん。ここはずれじゃない。弱い人しかいなかったよ」
部屋にマルタが入ってきた。
「そうですね。一人なかなか強い方がいましたが、それほどでもありませんでした。とりあえず部屋の捜索などもありますので、騎士の皆さんを呼びに行ってきます。マルタはここで捕虜二人を見張っていてください。すぐに戻ります」
「た、助けてくれえええええ」
洞窟に大きな叫び声が響きわたった。マルタと顔を見合わせる。
「入り口のほうじゃないですか」
慌てて入り口に走り出す。途中で向こうから走ってきた騎士数人と出合った。
「何事です」
「はあ……はあ……ま、魔物だ……でかい魔物が……と、突然襲ってきた……俺達以外は全員喰われた」
騎士達が束になっても勝てない巨大な魔物か。
「わかりました。皆さんはこのまま奥へと進んでください。部屋に捕虜がいますので、彼らを見張りながら休んでください。私達が様子を見てきます」
騎士達は口々に止めたが、このまま洞窟で暮らすわけにはいかないのだ。いつかは見に行かなければいけない。来た道をマルタと戻り様子を窺う。
洞窟の入り口には確かに巨大な魔物がいた。それは大きく尖った角の生えた鎌切のような姿をしていた。色は黒く、その大きな鎌で騎士の遺骸を挟み、貪り喰っていた。ぐちゃぐちゃと咀嚼する音が響いている。気分のいいものではない。こちらに気がついているのかいないのか、私達のことなど気にも掛けず食べることに没頭している。
「マルタ一旦戻ります。戻ってギベルソンの者達にあの魔物について質問してみましょう。なにかわかるかもしれません」




