彩姫
巫女姫さま、もりやさん、すぐる兄さま。
ときどきあそびにきてくれる、おともだち
大切なヒトたち
あなたと会うあの瞬間まで、それだけが幼いわたしの世界だった
友達二人との帰り道。
今日は久しぶりに何も予定が無い日なので、二人を家に招待していた。
元々話し上手でない上、他人がいると緊張して無愛想になってしまう私も、『我が家』でなら普通にお話しできる。
何を話そうか。ああ、明後日は久々の『お務め』の無い日曜日だし、三人で一緒に出かけられないかな。
長い石段も苦にならず、足取りも軽く上っていく。
あれこれと考えていたら、後ろから二人の「彩姫ぇ、ま、待って・・・。」という、息も絶え絶えの声が聞こえた。
慌てて振り返ると、二人を離してずいぶんと進んでしまっていた。
考え込んでしまうと周りが見えなくなるのは、私の悪い癖だ。
反省しつつ、あとどれ位かと見上げると、お寺を連想させる、大きな門が見えた。
そして、その下にいる集団も見つけてしまい、ぎくりとした。
顔が強張っていくのを止めることができない。
ふわふわと浮かれていた心が、重く沈んでいく。
気付かないで、という願いもむなしく、中心にいた少女がこちらを見た。
こちらに来なさい、と命じられれば、逆らうことは出来ない。逆らえばどうなるのか、幼いころに体に叩き込まれたから。
ふらふらとした足取りで近寄ると、彼女を取り巻いていた人達が動いた。
取り囲まれて、身がすくむ。
それでも、なんとか声を絞り出した。
「お帰りなさいませ、美姫姉様。」
美姫姉様はフン、と鼻を鳴らす。
それでもその華やかさは損なわれない。
上の、咲姫姉様の清楚な美しさとは違う種類の美しさだ。
「次期姫巫女候補様は相変わらずのようね。」
本家の姫は皆姫巫女候補のはずだけど、何も言わずに目を伏せる。
相変わらず、の意味が解からず、黙っていると、いつものように美姫姉様は怒りだした。
「まったく、なぜ巫女姫様はあなたなんかを特別扱いするのかしら。術もまともに使えず、下僕に任せてばかり。いつも式にする価値も無い、低級なモノと遊んでいるばかりだし。修行の時もアレに守られてばかりで滅することすらできない役立たずのくせに。」
延々と続く言葉をいつものようにやり過ごす。
それでも心の痛みは増えていくばかりで。
小さな頃はどうしたら止めてくれるのかわからなくて、泣いてばかりいた。
今は、表情なんて凍りついてしまっている。
「その上、厄介なものばかり引き寄せて。少しは申し訳ないと思えばまだ可愛げがあるものを、いつも平然とした顔で。御神を名乗るのもおこがましい、分家風情が。恥を知りなさい。」
周囲の人たちが、その言葉に口々に同意を示す。
いつもはこの言葉を吐き捨てるようにして、美姫姉様の話は終わる。
けれど、今日は違った。
「なんとか言いなさい!!この疫病神が!!」
その言葉とともに投げつけられたのは、式。
とっさに避けようとして、後ろの階段を昇っているはずの友人二人の存在を思い出す。
私がよけたら、二人にあたってしまう。そうなれば、まだ階段にいる二人は軽い怪我では済まないだろう。
いいや、もとはと言えば私のせいなのだ。とばっちりで二人に怪我をしてほしくはない。
衝撃に備えてぎゅっと目を閉じる。
覚悟していた衝撃は、無かった。
代わりに感じたのは、後ろから優しく抱きしめてくる腕。
持ち主は、見なくてもわかる。
「ロイ・・・・?」
おそるおそる目を開くと、青ざめた美姫姉様と目があった。
そっとロイの様子を窺う。
お日さまと同じ、綺麗な金の髪はいつも通り、さらさらと風になびいている。。
だけど、その碧の瞳。
いつもと同じ、傲慢なまでの自信を湛えている瞳は、いつもと違う冷たさを宿している。
「俺のいない間に彩に危害を加えようとするとは、舐められたものだ。」
それとも、俺と闘るか――――――――――――――――――?
ロイの殺気に反応して、獅子の姿をした姉様の式神が顕現する。だけど、ロイとの力の差は歴然としていて。
怯える様子を可哀相に思い、制止の意味を込めて、なだめる様にロイの腕を叩く。
ん?とロイがこちらを見る。
ロイの視線が逸れたのをきっかけに、周りにいた人たちが美姫姉様を支えて母屋へ向かっていく。
それを無言で見送っていたけれど、去り際に誰かが囁いた言葉が、胸を抉った。
すなわち
忌み姫――――――――――――――と。
古から、対魔を生業としてきた者達。
その頂点である「三家」のひとつ、「御神」は、魔を従え、使役することを魔への対抗手段としてきた。
そんな一族の中でも、分家も分家。末端に生まれた私。
だけど、生まれつき人外の存在を惹きつけやすかったため、まだ物心もつかない時に本家に引き取られた。
どうやら私は、生まれながらに本家でも類を見ないほどの霊力を備えていたらしく(これは今も公にされていない)、惹きつけるだけならまだしも喰われてしまったら大変なことになる、ということで、一族でも滅多に入ることを許可されない《聖域》の隅にある離れに住むことを許されていた。
ただ、そんなふうに「特別扱い」な私をよく思わない者も多い訳で。
子供のころは頻繁に、他の子供たちにいじめられていた。
今ではそんなことは滅多に無いけれど、時々こうやってぶつけられる蔭口にはやっぱり慣れない。
昔のことを思い出していたら、ロイにぎゅうっと抱き締められた。
気にしていないと伝えるために、ポンポンと腕を叩く。
・・・・・・・・・・いつも思うけれど、これだけで私の言いたいことが分かるロイってすごいと思う。
それだけ私のことを理解しているのだろうけれど。
くすぐったいような気持ちをごまかすように、ロイの抱擁から逃れようと身をよじった。
腕の力が緩められた、とホッとした瞬間、ひょいっと抱えあげられた。
そのままスタスタと離れに向かう。
「ロイ、待って。まだ美香ちゃんと東湖ちゃんが。」
「初めてじゃないんだ。後から来るだろう。」
だけど、と言いかけて、やめる。今のロイに何を言っても逆効果だ。
そのままおとなしくしていると、辺りの空気が澄んでいくのが分かる。
そしてそれは、結界を越えるとより顕著だった。
人であり、慣れている私でも一瞬息を止めてしまうほどの変化を、魔であるロイは気にした様子もない。
その容姿もそうだが、今でも私は時々彼が魔だとは思えない。
初めて会ったときなど、天使だと思ったのだ。
綺麗で強い、ロイ。
また自分の考えに沈んでいたらしい。
ガラリと引き戸を開ける音で我に返った。
「お帰りなさいませ、彩様、ロイ様。」
出迎えてくれた守屋さんに、あれ、と思う。
「ただいま、守屋さん。今日は遅いはずだよね、どうしたの?」
守屋さんはこの離れの家政婦さん。小さなころからお世話になっている。今でも若々しい彼女は、実は、東湖ちゃんのお母さんだ。
それもあって、友達を招く日は守屋さんは気を使って離れにいないことが多い。
そんな彼女がいるということは・・・・
「姫巫女様がお呼びです。」
やっぱり・・・・。
残念だけど、おしゃべりはまた今度だ。
がっかりだけど、姫巫女様を待たせることは出来ないので急いで着替える。
もちろん、自分の部屋で、だ。
手伝ってくれる守屋さんに、この後来る東湖ちゃんと美香ちゃんに言伝を頼む。
うう、本当に二人には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
守屋さんは、「今までもあったことだし、きっと気にしてませんよ。」って言ってたけれど。
せめてものお詫びに、遊びに来ていたモノ達の内の二人に、彼女たちを石段の下まで送ってもらうことにした。
巫女装束のようでいて微妙に異なる紅と白の服装に着替えると、部屋の外で待っていたロイと一緒に聖域の奥へ急ぐ。
姫巫女様がいらっしゃる《宮》に着くとすぐに、いつもの部屋に通された。
「急に呼び出してすみませんね、彩姫。」
用意されていた席に座ると、いきなり姫巫女様が話を切り出した。
どうやらずいぶん切羽詰まった依頼らしい。
この国では、神秘は秘すべし、という方針だ。けれど、だからと言って退魔の依頼は国からだけではない。
むしろ、民間人が人づてに尋ねて、と言う方が多いだろう。(ちなみに、次に多いのが警察からの捜査協力の要請。)
私は成人の儀もまだなので、本当は依頼を受けてはいけないのだが、時たまこうして姫巫女様から非公式に依頼を任されることがあるのだ。
それだけ私のことを信頼してくださっているのだと思うと、嬉しくなる。
「最近この辺りで頻発している通り魔事件は知っていますね。
一度分家の中でも比較的力の強い者達を送ったのですが、結果は芳しくないどころか、返り討ちにされてしまったのです。」
「そこで、私の出番と言う訳ですね。」
「ええ、まだ成人さえしていない貴女に頼むのは心苦しいのですが・・・・。」
「任せてください。それより、出現場所について、心当たりはあるのですか?」
「ええ、今日なら、T町の二丁目に6時だそうです。」
「承知いたしました。」
スッと席を立つ。既に「スイッチ」は入っている。後は、自分に出来ることをするだけ。
あまり時間が無いので、移動はロイに頼むことにした。
「気をつけて。」
姫巫女様の声に後押しされ、私たちは向かった。
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ハァッ、ハァッ、ハァッ
息が切れる、のどが痛い。
目の前が涙で曇るのを、グイッと拭う。
体中が悲鳴を上げているのが分かる。
それでも立ち止まることは出来ない。
そうしたいけれど、そうすればきっと、アレに捕まる。
捕まったらどうなるのか、なんて考えたくもない。
ひたすら滅茶苦茶に走っていたせいで、自分が今どこにいるのかなんて気付いていなかった。
だからだろうか。
角を曲がった瞬間、後ろにいるとばかり思っていたアレが、正面にいた。
黒い霧をまとっていてよく見えないソレの、そこだけはしっかりとみえる、大きな一つ目がニイっと歪んだ。
とっさに後ずさろうとして、転んでしまう。
「ヒ・・・・・・・・・。」
もう駄目だ、と思った瞬間。
救い主は現れた。
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「ふう、間一髪。」
ロイによって姫巫女様に教えられた場所に行くと、女の子が襲われていた。
それを見て、一瞬で判断する。
「ロイ!!」
名を呼ぶと、私の意をくんで彼は抱えていた私を落とした。
そのまま私は女の子と魔の間に着地する。
ロイのほうは魔に牽制の一撃を加えて、私のいる場所から引き離す。
だてに何度も修羅場を経験していない。
今更、打ち合わせなんてしなくてもこれ位の事はやってのける事ができるのだ。
「絵に描いたような魑魅魍魎だな。」
「これだけオーソドックスなモノはいっそ珍しいね。」
軽口をたたきながら、相手を観察する。
今のままではそれなりに苦戦する、と言った所か。
「ロイ、擬態を解きなさい。さっさと片付けるわよ。」
「ロイじゃないだろ。」
「もう、わかったわよ!」
そして私は彼の名を呼ぶ。私にだけ許された名を。
「彩姫の刃、彩刃よ。真の姿を見せなさい!!」
「了解、御主人様。」
金の髪は白く
碧の瞳は紅く
変化する
そこにいるのは、闇の王だった
王に、ただの妖が敵うはずもなく、手の一振りであっけなくソレは消えた
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夢かと思った。
目の前に人が降ってきて。
そうかと思えば金髪の男性が変化して。
白い髪になったと思ったら、なんだかよくわからないソレは、消え去っていた。
ポカンとしていると、巫女服のようなものを着た小柄な女性が傍にしゃがみ込んでいた。
月を背にしているせいで顔はよく見えなかったけれど、優しく微笑んでいるのは何となく感じ取れた。
「よく頑張ったわね。」
そう声をかけると、その人は汗で額に張り付いていた前髪を、そっと払ってくれた。
それから、私の額に手を当てる。
「今夜の記憶は消しておくから。安心して眠りなさい。」
その言葉通り、瞼が重くなってくる。
眠る寸前力を振り絞って、一言だけ呟いた。
伝わったかどうかは解らないけれど、最後の瞬間、彼女が嬉しそうに笑った気がした。
本当に
助けてくれて、ありがとう――――――――――――――――
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「ありがとう、だって。」
ぽつり、と呟く。
「スイッチ」が切れた今、私はまた元の無表情になっているだろう。
それでもロイ、いや、彩刃は私のな喜びを読み取って「良かったな。」と頭をなでてくれる。
そんな些細なことが、私を幸せにしてくれる。
じっと傍らに立つ彼の顔を見上げる。
強い力を持つ、魔の王。
それでも、彼が私に危害を加えることはないと知っている。
だけど、時々不安になるのだ。
霊力以外、取り柄のない私。
「彩刃は、どうして私に従ってくれるの?」
何度目かの、問い。
彩刃の答えは、いつも同じ。
「お前がもっと育ったら教えてやるよ。」
あと、2、3年かな、と笑う彼の瞳に、なんだかむずむずする。
視線を逸らす私の耳に、続く言葉は届かなかった。
「あの日契約したその時から、お前は俺のものなんだ。」
―――――――我が、花嫁よ――――――――――――――――――――――
初めての人はこんにちわ、桜色藤です。
すみません、なんだかまとまりなく終わりました。
短編・一人称に初挑戦してみたんですが、難しいです。
鈍感少女と俺様吸血鬼(ロリコン?)の退魔ファンタジー、のはずだったんですが・・・・
設定が全然生かされてませんね
突発的に浮かんだネタなのに、無駄に色々設定とかエピソードとか作ったので、機会があれば、長編でもう1度挑戦してみたいです。
興味があれば、連載中の《銀月の魔女は闇と歩く》も、覗いてみてください
読んでくださった方、ありがとうございました。