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されど悪役令嬢は斬り結ぶ  作者: 野太刀あきら
第一章 俺様系王子
5/8

Ep.2

アレクシスは強すぎる。

素人の私が無手勝流で挑んでも勝ち目がない。


技量の差。生まれ持った才。環境。覚悟。

――どれもが私を凌駕していた。


どうすれば……この運命を変えられるのか?

死にはもう慣れてきていた。


けれど、同じ日々、同じ結末を繰り返す無意味さに、精神がいつまで耐えられるのだろうか?

これでは、まるで囚人のようだ。


ふと顔を上げると、庭の奥に人影が見えた。

一本の木の下、長身の男が静かに佇んでいる。


長い銀髪が朝の光を受けて淡く輝き、落ち着いた雰囲気をまとったその姿。

彼は枝の先に咲いた小さな白い花を、まるで何かを思い出すようにじっと見つめていた。


(……こんなところに、人が?)


思わず足を止めていた。

そういえば、この時間に庭園を歩くのは初めてだった。

目覚めた直後の朝の空気は冷たく澄んでいて、私の呼吸音だけがやけに響いていた。


男は枝に手を伸ばしたが、花には触れず、ただ静かにその姿を見つめているだけだった。

まるで、触れれば壊れてしまうとでも思っているように。


「……もし」


少しだけ迷ったものの、私は思い切って声をかけていた。


男の肩がわずかに動き、ゆっくりと振り返る。

軽くひるがえったマントの内側から、腰の剣の柄がのぞいた。


そして――銀の瞳が、まっすぐに私を見据えた。


「……」


その瞬間、彼の表情に一瞬だけ驚きの色が浮かんだように見えた。


(……?)


初対面のはず。けれど、その反応には説明できない違和感があった。

私を“知っている”ような、そんな目――。


しかし、次の瞬間には彼は穏やかな微笑を浮かべ、静かに言いました。


「良い天気ですね、リリアナ様」


低く落ち着いた声。

その声音が庭の静寂をやわらかく揺らし、私の胸を強く打った。


「え、ええ」


自然に返したつもりだったが、声が少し上ずってしまった。

その声からは確かな敬意が感じられたが、過剰なへりくだりはない。


この家でも学院でも、こんな風に話しかけられたことはなかった。

彼は再び枝先の花へと視線を戻し、静かに言葉を紡ぐ。


「この庭に、このような花が咲いているとは知りませんでした。珍しいですね」


何気ない言葉。

けれど、その佇まいには不思議な威圧感と、どこか懐かしさがあった。


(初めて会うはずなのに、この顔……どこかで……)


胸の奥がざわめいた。

そして――記憶の底に沈んでいた映像が、鮮やかに浮かび上がる。


(……セドリック・モルデン?)


私は思わず息を呑んだ。

彼のことを、私は知っていた。


セドリック・モルデン――彼方の聖女のアニメにも登場したキャラクターだ。

優れた戦術家でありながら、剣の腕も一流。

物静かで知的な雰囲気をまといながら、いざ戦場に立てば誰よりも苛烈で、冷徹な判断を下す男。


まさか、この場で彼と出会うなんて。

こんなシーン、アニメには存在しなかったはず。


「……セドリック・モルデン様、でいらっしゃいますわね」


私が問いかけると、彼は薄く笑った。


「私のことをご存知でしたか」


その言葉に、思わず喉が詰まった。

落ち着け――今の私はリリアナだ。


「ええ、もちろんですわ」


なんとか微笑を保ちながら答える。

けれど内心は激しく揺れていた。


(やっぱり……彼が、あのセドリック)


アニメでは一話限りのゲストキャラのような登場だった。

けれど、こうして目の前に立つ彼は、確かに生きている。


本来のリリアナなら彼のことを知っているのかもしれない。

だが今の私は、アニメの記憶を頼りに“演じている”だけの転生者だ。

下手なことを言えば、正体が露見するかもしれない。


頭の中で必死に情報を掘り返す。

彼は王国にとって重要な軍略家でありながら、物語にはほとんど関わらなかったはず。


年上で、落ち着いた雰囲気を持つ数少ない男性、

もしかしたら、原作では攻略キャラの一人だったのかもしれない。


セドリックは、細身に見えても鍛え抜かれた体つきをしていた。

衣服の上からでもわかるほどに、無駄のない動き。


アレクシスと剣を交えた経験を持つ私には、その力量が肌でわかった。

彼の動作一つ一つが、武人としての格の違いを物語っていた。


(これは……きっとチャンスかもしれない)


私は静かに息を整え、一歩踏み出した。


「モルデン様」


彼の視線が私に向く。

その銀の瞳の奥に、冷たい光と、わずかな興味が混じっていた。


「お願いがございます」


「……伺いましょう」


穏やかな声。けれど、その底には戦場を渡ってきた者の重みがあった。

風が吹き抜け、枝の花びらがふたりの間を舞い落ちる。


私は唇を結び、まっすぐに彼を見つめた。


「私に、剣を教えていただけませんか?」


このままではアレクシスを倒すことはできない。

必要なのは、強くなるための道筋を示してくれる師――。


「……リリアナ様が、剣を?」


セドリックの銀の瞳が細められる。


「ええ」


あまりにも唐突で、単刀直入。

けれど私はもう、遠回りをする気はなかった。


ループを繰り返す中で学んだ。

“もし今回失敗しても、次がある”。


ならば最短のルートを試すほうがいい。

効率を考え、再現性を探す。

そうやって少しずつ積み上げるしかない。


セドリックはしばらく沈黙していた。

その沈黙は冷たいものではなく、何かを測るような静けさだった。


「剣を学ぶ理由を聞いても?」


「……どうしても倒したい相手がいるのです」


彼の問いに、私は短く答えた。

その瞬間、彼の瞳がわずかに揺れる。


しばしの沈黙ののち、セドリックは口元に微かな笑みを浮かべた。


「……面白い」


低く響く声が、庭の静寂を破った。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。


私は思わず、拳を握りしめていた。

こうして、私の新しい戦いが始まったのだ――。



そして現在――


「セドリックがいたの!?」


モブロックが大声を上げた。


「ええ」


私は頷くだけにとどめる。


「うそでしょ!? あのセドリック・モルデン?

彼、隠しキャラなんだよ! 攻略条件が複雑で難しくってさ!」


モブロックは興奮気味にまくし立てる。

私はその勢いに押されながらも、特に表情を変えずに彼の話を聞いていた。


「どうしてそんな興味なさそうな顔してるのさ!」


「別に、そんなつもりはありませんわ」


「あるって! セドリックは隠し攻略キャラだけど、

全キャラ人気投票でもトップ10に入ってるんだよ!


知的で落ち着いてて、でもどこか影があるんだ。

クリスとは一回り以上歳が離れてるけど、それがまた良いっていうかさ……!」


「はあ……」


曖昧に返すと、モブロックはさらに勢いを増した。


「渋いおじさまだよ! ロマンスグレーだよ! 普通ときめくでしょ!?」


「いや、別に」


モブロックが頭を抱える。


(ダメだ、この子、女の子として致命的な何かが欠けている……)


「話を戻しますわよ」

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