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されど悪役令嬢は斬り結ぶ  作者: 野太刀あきら
第一章 俺様系王子
4/8

Ep.1

「さて……どこから話すべきかしら」


私は指先でカップの縁をなぞりながら、思案を巡らせる。

心のどこかで遠い記憶を掘り起こすような感覚。


「私がこの世界に来たのは……いいえ、気がついたら、見知らぬベッドの上でリリアナ・フォン・エーデルハルトになっていたのです」


最初の記憶は、絹のシーツの感触と、天蓋越しに見えた朝の光――それだけ。

あまりにも現実離れしていて、最初は夢だと思った。


「その場所はエーデルハルト家の、リリアナの自室。時期は夏の帰省期間、その初日だった」


何が起こっているのか理解できなかった。

ただ、リリアナとしての日常をこなしながら、周囲の会話や地名、登場人物の名を一つひとつ確かめていくうちに――私は気づいてしまった。


「この世界が、アニメで見た『彼方の聖女』の世界だということに」


ゲームが原作のアニメ化作品。

主人公である聖女クリスが恋と奇跡を手にする世界。

そして、悪役令嬢リリアナが断罪される世界。


「悪い夢かと思いました。

まさか、アニメの中の世界に転生するなんて」


そう言いながら、私は小さく笑った。

けれど、その笑みには、もう熱はなかった。


「最初の“周回”では、何もわからなかった。

夏が過ぎ、気づけば私は――卒業式の場に立たされていました」


あの場面。

華やかに飾られた会場、きらびやかな音楽、そして無数の視線。

けれど、あのとき感じたのは幸福ではなく、ただ“終わりの気配”だった。


「王子アレクシスと私が同じ年に卒業するという理由で、

例年よりも華やかな式典が開かれていました。

その場で――私は断罪されたのです」


罪状はクリスティーナへの誹謗中傷。

婚約者を失い、聖女に罵られ、人々に嘲笑される。

まるで筋書き通りに。


「アレクシスは言いましたわ。私との婚約を破棄する――と」


私は、あの瞬間の冷たい風をまだ覚えている。

大広間の扉が開かれ、護衛もなく、ただ“外へ出ろ”と命じられた。


誰も目を合わせようとしなかった。

さっきまで笑顔で取り入っていた貴族たちですら。


「でも、門を出たとき、不思議と清々しい気持ちでしたの。

よくわからない悪役令嬢という悪夢から、ようやく解放されたのだと」


そう、本当にそう感じたのだ。

――あの瞬間までは。


「背後で、風を切る音がしました」


私は指先で、自分の首筋を軽くなぞった。

あの冷たさ、痛み、そして重力が消える感覚。


「次の瞬間、視界が暗転しました。

……死ぬ瞬間って、案外わかるものなんですのね。

私も体験して初めて知りました」


皮肉めいた言葉が口から漏れた。


「婚約破棄なんて建前。最初から、殺すつもりだったのでしょう」


私は静かに言った。

怒りも悲しみも、とうに通り過ぎていた。

ただ、事実を述べるように。


「そして――気づけば、私は再びエーデルハルト家の自室で目を覚ましていたのです」


目を覚ましたとき、すべてが元通りだった。

日付も、朝の光も、侍女の言葉も。

ただひとつ違ったのは――私が、前の周回の記憶をすべて持っていたということ。


「そうして私は、同じ一ヶ月を繰り返す“ループ”に囚われているのだと気づきましたの」


初めは信じられなかった。

夢かと思った。

でも、周回を重ねるごとにそれは確信に変わった。


帰省から始まり、学院に戻り、卒業式の日に断罪され、殺される。

そして再び、あの朝に戻る――。


「貴族学院〈アデル・シューレ〉の夏の帰省期間、わずか一ヶ月。

その終わりに待つ卒業式こそが、私の“破滅”の舞台だったのです」


“また断罪される”と分かっていても、最初は何をしていいのか分からなかった。

一度死んで戻る、なんて現象を理屈で受け止められるはずがない。


何度も、何度も同じ月を生きた。

私は泣き、縋り、祈り、そしてあらゆる手を尽くした。


「二度目の周回では、必死に弁明しましたわ。

涙ながらに訴えましたの。『私は無実です』『クリスティーナを傷つけた覚えなどありません』と」


けれど、誰も耳を貸さなかった。

むしろ、必死に否定すればするほど、人々の目は冷たくなっていったのを覚えている。

「見苦しい」「悪あがき」と罵られ、処刑は早まるだけ。


「その次は、逃げようとしました。

学院には戻らず、どこか遠くへ行けば運命を避けられるかもしれないと。

けれど、すぐに父――エーデルハルト公爵に見つかりました」


「お前は未来の王妃となる身だ。軽率な行動は許されぬ」と。


お父様にとって私は、エーデルハルト家の体面そのもの。

“逃げる”という選択肢など、最初から存在しなかった。

私は部屋に閉じ込められ、監視のもとで式の日を迎えた。


――そしてまた、断罪。

また殺され、また目を覚ます。


「何をしても結果は同じ。断罪され、殺される。

それが、このループにおける“定められた運命”でしたの」


死の瞬間がどれほど繰り返されたのか、もう数えることすらやめていた。

意味がないと知っていたから。


「ある回の断罪の場で、私は意を決して

――恥も外聞もかなぐり捨てて、土下座し、床に額を擦りつけ、

嗚咽まじりに命乞いをしてみました。


『どうかお慈悲を』と、何度も何度も頭を下げて。

けれど、なんの意味もなかった」


「そのとき――床の冷たさに額を押しつけながら、ふと疑問が浮かんだのです」


『どうして、私が謝らねばならないんだろう?』

『何も悪いことをしていない私が』


――真っ当なやり方では、この物語は変えられない。

ならば、筋書きを変えるにはどうすれば良いのか……?

そこで私は決めたのです。


「あのクソッタレのアレクシスを――ぶっ殺してやる、と」


「えええええ!?」


「考えてみれば簡単なことだったのです。

この『断罪イベント』の流れも実行権も、すべてを握っているのは王子アレクシス。

ならば、彼を物理的に排除すれば、すべての問題は解決するのではないか、と」


「いやいやいや! そんな脳筋な……!」


モブロックは頭を抱えている。当然の反応だ。

倫理的にも現実的にも無理がありすぎる。


「もちろん、初めて彼に戦いを挑んだ時は惨めなものでしたわ」


実家からくすねてきた剣を握り、私は卒業式の場で彼に斬りかかった。

――結果は、言うまでもないが。


アレクシスは、この国が誇る剣の天才。

私の攻撃はすべて軽くいなされ、あっけなく地に伏した。


「でも、死を体感する中で、ふと思ったのです。

戦い方を変えれば、もしかしたら勝てるかもしれない、と」


けれど、それは愚かな考えだった。

剣が駄目なら槍を。槍が駄目なら斧を。飛び道具まで試したこともあった。

……今思えば滑稽な話だ。


いくら武器を変えようと、アレクシスの剣は常に私の先を読んでいた。

ただ斬られて終わる。そんな繰り返し……。


――そして、十一度目の朝。


目を覚ました私は、エーデルハルト家の庭園を歩いていた。

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