Ep.3
「……その白淵という女性、怪しいですね」
「うーん、向こう側で、こちらの世界を題材にした物語を描いた人だし……
彼女自身がこの事象を引き起こした張本人なのか、それとも会社ぐるみなのか」
言葉を重ねるほど、胸の奥に不穏な感覚が広がっていく。
「犯人かどうかは分かりませんわ。ですが――」
私は静かに言葉を結んだ。
「その白淵というライターが、何かしらの“鍵”を握っている可能性は高いですわね」
自分の声が、部屋の空気を震わせる。
まるで、その名前がこの世界の“根”に触れてしまったかのような――そんな、得体の知れない感覚だった。
「……結局、真相は霧の中のままですか」
「あまりにも仮定の情報が多すぎるからね、この場では確かめようもないし」
◇
「さて」私は立ち上がり、スカートの裾を払った。
「行きますわよ、モブくん」
「どこへさ?」
「そんなの、決まっています。――“プレインズドーン”とかいう転送装置のある場所ですわ。もしかしたら、その装置を使って元の世界に帰れるかもしれません」
私の言葉に、モブロックの目が輝いた。
「確かに……試してみる価値はあるね!」
私は一度深く息を吸い、静かに告げる。
「実は、この城の地下に“何か”があるというのは、以前から分かっていたのです。結界の発生装置を見つけたとき、その近くに地下へ続く隠し階段も見つけました。……ですが、その先には魔法で封印された扉がありました。解錠のためにパスワードが必要だというところまでは突き止めたのですが、何度ループしても見つけることができなかったのです」
悔しさを滲ませた私の声に、モブロックが頷く。
「そういうことか。……見つけられないはずだよ」
「……どういう意味です?」
「さっきトゥルーエンド条件を言ったよね。隠し攻略キャラ以外の“全攻略キャラ”の好感度を高くするって。その中に――考古学者のキャラがいるんだ」
「考古学者……ルキウスのことですか?」
「そう、ルキウス・ヘイルマン。アニメにも登場したよね。彼が例のパスワードを見つけてくれるんだ。この世界にもいるはずだけど……彼は病弱でね。卒業式には出られず、この時期は南方で療養しているから、君が何度ループしても出会わなかったはずだよ」
私は愕然とした。なるほど、だから――。
いくら繰り返しても真実に辿り着けなかった理由が、今ようやく腑に落ちた。
「……そのパスワード。ゲームをクリアしたあなたなら知っているのでしょう?」
問いかけると、モブロックはニヤリと笑った。
「もちろんさ。“彼方の聖女”は実績フルコンプしたからね」
◇
私とモブロックは、石壁に隠された階段を下りていった。冷たい空気が肌を刺し、下へ下へと続く闇に、足音だけがこだましている。
やがて、重々しい気配を放つ扉が現れた。厚い石と金属で組まれ、まるで千年もの間、誰にも開かせまいと抗ってきたような佇まい。
「……ここですわね」私は呟いた。
モブロックは頷き、扉に刻まれた複雑な紋様を指でなぞる。まるで古代のパズル。私には読み解けない記号が無数に絡み合っていた。
彼は深く息を吸い込み、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「――サリエル=オルグ=フェイン=ルクス=タシア=ドゥム=カイロス」
その瞬間、扉に刻まれた紋様が淡く光を帯びた。
カシャン、カシャン、と内側で歯車が回るような音が響き、錠前がひとつ、またひとつと解かれていく。まるで巨大な立体パズルが自ら答えに導かれていくかのようだった。
最後の錠が外れる音が重々しく鳴り響いたとき、扉全体がわずかに震え、ゆっくりと開き始める。
私とモブロックは、ついに遺跡の最深部へと足を踏み入れた。
静寂が支配する空間。そこはまるで時の流れから切り離されたようで、古びた石の祭壇がただひとつ鎮座していた。
そして――その奥に、それはあった。
プレインズドーン。
壁一面を覆う巨大な鏡のような装置。その前には複雑な操作盤が備え付けられている。
「……これが、プレインズドーン……?」
私は思わず息を呑み、鏡面にそっと手を伸ばした。
表面は冷たく滑らかでありながら、奥底で淡い光が脈動している。まるで呼吸するかのように。
「ゲームで見たときは、ただの大きな鏡みたいな表現だったのに……。こんな巨大な装置だったのか」
モブロックが目を見開き、低く呟いた。
原作ゲームで、この装置は最後の局面で聖女クリスが使用し、異世界へと転送されるために登場した。
ならば、もしこれを使えば――私も元の世界に帰れるかもしれない。
「試してみる価値はありますわね」
私は操作盤に手をかけ、起動の準備を始めた。
そのとき――
カツン。
乾いた足音が遺跡に響き渡る。
「……お城にこんな隠し部屋があったなんてね」
振り返ると、そこにはクリスが立っていた。
光を宿した瞳で、まっすぐに私を見据えて。
プレインズドーンに触れる私の指先に、緊張が走った。
なぜ……彼女がここに。
モブロックが目を見開いた。
「……隠者の外套を使ってたんだね」
その言葉に私ははっとする。――アレクとの決闘のあと、どれほど探しても見つからなかったのは、そういうことだったのか。
隠者の外套の効果で姿を隠していたのだ。
クリスの瞳が闇の中でぎらりと光った。怒りと憎しみに燃え、私たちを射抜くように。
「ええ。おかげでずっとあなたたちの動きを見ていられたわ」
私は思わず眉をひそめる。
「……どうして、ここに?」私は問いかけた。
クリスは一歩前に進み、声を低く響かせる。
「決まっているでしょう」
その眼差しは氷刃のように鋭く、私の胸を突き刺した。
「――あなたが許せないからよ」
その瞬間、背筋を冷たいものが走る。
彼女の怒りは昏人の脅威よりも強く、まるで私そのものが仇敵であるかのように向けられていたのだ。
クリスの瞳は、怒りに燃えていた。
その光は私を焼き尽くそうとする焔のようで、思わず息が詰まる。
「許せないのよ……」彼女は低く吐き捨てる。
「私の幸せを、あなたがぶち壊したから!」
胸をえぐるような言葉に、私は瞬きを忘れた。
「あなたがいなければ、すべて上手くいっていたのに!」
「私が見ることができた未来の中に、こんな結末はなかった!」
モブロックの表情が強張る。
「……未来を見るだって?」
クリスは歯を食いしばり、震える声で続けた。
「私には――幼い頃から少し先の未来を読み取る、“先見の力”があった。これまで、この力で最良の未来を選び取ってきた」
彼女は大きく息を吐き出し、吐息を震わせる。
「でも……学院の夏季休暇に入ってから異変が起こった。あなたと、あなたにまつわることだけは、何も見えなくなったのよ」
私は静かに彼女を見据える。
そうか……だから、あの決闘を止めることも、アレクの敗北も、予期できなかったということか。
「――あんな決闘なんかして、アレクを倒して国を乗っ取って……! もう私の計画はめちゃくちゃよ!」
彼女の声は怒りと絶望に震えていた。




