届いた想い
ルナリアがステージの袖に戻ると。イグニスは観客をただ静かに見つめていた。
そこへ、彼の父であるヴァレンシュタイン公爵が静かに歩み寄る。
「……イグニス」
ヴァレンシュタイン公爵の低い声に、イグニスはゆっくりと振り返った。
「はい、父上」
「見事な『天雷の槍』だった。よくやった」
その直接的な称賛の言葉にイグニスの目が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれた。
しかし、その表情はすぐに、いつもの冷徹なものへと戻ってしまった。
「……ありがとうございます」
イグニスの声は平坦だった。公爵は、満足げに頷いた。
「だが、これで満足するな。これからも、ヴァレンシュタインの名に恥じぬよう精進しろ」
「……はい」
イグニスは、そう答えた。だが彼の視線は、公爵ではなく先ほどまで、ルナリアが立っていたステージの方へと向けられていた。
そして、彼は静かに口を開いた。
「……父上は、先ほどのアシュフィールドの魔法をどう思われましたか?」
その意外な息子の問いかけに、公爵は怪訝な顔で眉をひそめた。
「下らぬ。魔法は見世物ではない」
そう吐き捨てるように言うと、ルナリアの方へ視線を向けた。
「アシュフィールド家の娘か」
ルナリアは、その圧倒的な威圧感にただ息を呑むことしかできなかった。
「……は、はい」
公爵は値踏みするように、彼女を頭の先からつま先まで一瞥した。そして心の底からつまらなそうに、こう言い放った。
「昔、イグニスを凌ぐ魔力を見せた娘……。所詮はその程度だったということか」
その傲慢な全てを見下したような言葉に、巧ははっと息を呑んだ。
(……そういうことだったのか)
なぜイグニスがあれほどまでに彼女に執着したのか。なぜあれほどまでに彼女の姿に苛立ったのか。
彼は昔、ルナリアに敗れたことがあったのだ。イグニスは、自分と同等かそれ以上であるルナリアの才能を知っていた。
だからこそ、許せなかったのかもしれない。その唯一無二の好敵手が、『落ちこぼれ』と成り果ててしまったことが。
「……まあ、よい。行くぞ、イグニス」
父のその言葉に従い、イグニスはゆっくりとその場を去ろうとした。だが彼はルナリアの横を通り過ぎる、そのほんの一瞬。
小さな声でぽつりと彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「……悪くはなかった」
そして彼は一度も振り返ることなく、闇の中へと消えていった。それは不器用なたった一言だった。
それを確かに聞いたルナリアは、ただ静かに彼が去った方を見つめていた。その固く結ばれていた唇がほんの少しだけ綻んだのを、巧は確かに見た。
ルナリアは胸ポケットの巧にそっと囁く。その声はもう震えてはいなかった。
「……届いたかしら。私たちの想い」
巧は心の中で呟く。
(ああ、きっと届いたさ)
まだ声は届かない。だが二人の心が確かに繋がっていることを、彼は確信していた。




