魔法の使い方
会場の興奮がまだ冷めやらぬ中、司会者が次の演者の名を告げる。
「……えー、続きましては、同じく《薔薇クラス》、ルナリア・アシュフィールドさんによります、光の魔法です」
その声は明らかに、先ほどの興奮からトーンダウンしていた。
ルナリアとその肩の上いる巧が、静かにステージの中央へと進み出る。会場から注がれるのは拍手ではない。イグニスのあの圧倒的な魔法を見た後では、もはや何を見ても色褪せて見える。そんな白けた空気が蔓延している。
(……空気が重い)
巧は会場の空気に押しつぶされそうになった。人の視線がこんなにも重いものだとは。
だが、ルナリアはもはやそんな視線に怯えたりはしてはいなかった。彼女はその空気の全てをその小さな体で受け止め、そして静かに目を閉じた。
そして誰に言うでもなく、巧にだけ聞こえるように落ち着いた声で呟いた。
「行きましょうか、タク」
その声にもはや、誰かに評価されることへの恐れはなかった。そこにあったのは、昨日彼女が見つけた、たった一つの確かな想い。
イグニスのような圧倒的な力はなくてもいい。誰かに凄いと認められなくてもいい。
ただ目の前にいる誰かを笑顔にしたい。
昨日、あの小さな女の子が見せてくれた満開の笑顔。あんな温かい光景を、この自分たちのささやかな力でもう一度作り出したい。
彼女は詠唱を始める。その純粋で強い想いが込められた、優しく澄み渡った声だった。
巧もまた意識を集中させる。二人の心が完全に一つになる。
彼女の指先から、一つの柔らかな光の粒子が夜空へと放たれた。それは小さく、そして頼りない。
イグニスのあの圧倒的な雷光と比べれば、まるで蝋燭の灯火のようだった。会場からくすくすと嘲笑が漏れる。
「なんだ、あれは」
だがその嘲笑はすぐに止んだ。
そのささやかな光が一つ、また一つと増えていき、やがて夜空を埋め尽くす壮大な光の芸術へと変わっていく。
その一つ一つの粒子を、巧がリアルタイムで完璧に制御し、編み上げていくのだ。
夜空に無数の光の蝶が舞い始める。そしてその蝶たちの軌跡から、きらきらと輝く光の粒子が、まるで魔法の鱗粉のように降り注いでいく。
その光は決して強い光ではない。ただ見る者の心を温かく、そして穏やかに包み込むような光だった。
破壊の力とは無縁の、ただルナリアの優しさに満ちた光だった。
会場は静まり返る。誰もがどう反応していいのか分からないようだった。
イグニスのあの圧倒的な「力」とはあまりにもかけ離れた、ささやかな光。それをどう評価すればいいのか。
ただ言葉を失って、その幻想的で美しい光景に魅入られるだけだった。その沈黙を打ち破ったのは、たった一つの声だった。
「きれい……」
それは客席のどこかから聞こえてきた、小さな子供の声だった。
その純粋なたった一言。それがまるで波紋のように、会場の隅々まで伝播していく。
「ああ、本当にきれいだわ……」
「なんて優しい光なんだ……」
一人、また一人と小さな声が聞こえ始める。
人々は忘れていた。魔法がただ力を示すためだけの道具ではないことを。魔法はその使い方次第で様々なことができるのだという、そのあまりにも当たり前の事実を。
やがて最後の一匹の蝶が、夜空に溶けるように消えていく。観客からは、感嘆のため息が漏れはじめる。
他の生徒が、素晴らしい攻撃魔法を披露した時のような大きな拍手はなかった。イグニスの魔法を見た時の、畏敬のどよめきもなかった。
ただ静かで温かい静寂だけが会場を包んでいた。
ルナリアのその大きな瞳から、ぽろりと一筋の涙が零れ落ちた。彼女は観客を見渡すと、誇らしげに頭を下げた。




