表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/28

光の蝶

 両親と別れ、寮へと戻る道すがら。夜の闇が学園を静かに包み込んでいた。祭りの喧騒が嘘のように遠くに聞こえる。


 ルナリアはまだ感動の余韻に浸っているのか、何も言わなかった。ただ、肩の上に乗せられた小さなパートナーの重みを確かめるように、ゆっくりと歩いている。

 巧もまた、父親からその手に託された「娘をよろしく」というあの重く、そして温かい言葉の響きを、心の中で何度も何度も反芻していた。


 やがて、彼女がぽつりと呟いた。


「……ありがとう、タク。あなたがいてくれて、よかった」


 その素直な言葉に、巧の小さな胸がじんわりと温かくなる。彼は彼女の蜂蜜色の髪に、そっと自分の体を寄り添わせた。


 部屋に戻り、ランプに柔らかな光が灯る。

 机の上には、フローラがくれたあの小さな燕尾服が、まるで主役の登場を今か今かと待ちわびているかのように、静かに置かれていた。それを見て、明日のあの華やかな舞台が、急に現実のものとして二人の前に迫ってくる。

 ルナリアが不安げに口を開いた。


「『私たちにしかできない魔法』。でも、いったい何をすればいいのかしら……」


 昼間のあのわたあめ屋の前で見つけた、確かな答え。だが、いざそれを晴れの舞台で披露するとなると、話は別だった。

 あのささやかな『光の蝶』は、泣いている一人の女の子を笑顔にするには十分すぎた。だが、あの巨大なステージの上で、果たしてどれほどの意味を持つのだろうか。


 彼女の声の響きの中に、まだわずかに残る不安を巧は感じ取った。

 彼女はふと、何かを思いついたように顔を上げた。そして巧を、机の上の羊皮紙とインク壺の前に連れていく。

 ペンを手に取ると、どこまでも優しいタッチで、一枚の絵を描き始めた。


 それは一匹の光の蝶。そしてその蝶の周りに、たくさんの、たくさんの小さな光の粒子が、きらきらと舞っている絵だった。まるで蝶が魔法の鱗粉を振りまいているかのようだった。


「……ねえ、タク。こんなこと、できないかしら?」


 彼女の豊かで優しいイメージ。それを見た巧の、研究者としての魂が燃え上がった。

 彼は力強く頷くと、彼女が描いたその拙い絵の余白に、完璧な術式の図を描き加えていく。

 それは彼女の優しいイメージを、現実の現象へと変換するための、緻密で美しい設計図だった。


「すごい……。でも、これって……」


 ルナリアはその複雑に見える術式の図を食い入るように見つめた。そして驚きの声を上げた。


「全部、『光の魔法』の応用なのね……!」


 その通りだった。

 巧が描いたのは、新しい高度な術式ではない。ただひたすらに、あの最も基本的な『光の魔法』の術式を、無数に組み合わせ、そして連結させただけの術式だった。


「すごいわ、タク。あなた、本当にすごい……!」


 彼女はその不可解だが、どこか絶対的な法則性を感じさせる術式を、ただ息を呑んで見つめていた。そして巧の完璧な設計図を信じて、もう一度詠唱を始めた。


 この小さな部屋の中で、静かに最初の「実験」を始める。

 巧が羊皮紙の設計図を基に、複数の『核』を部屋の空間に同時に配置していく。一つ、また一つと。彼の精密な作業に、ルナリアは息を呑んだ。

 そして彼女は、その無数の小さな道標に向かって、自らの巨大な魔力を、まるで毛細血管に血を通わせるかのように、慎重に、そして優しく注ぎ込んでいく。


 それは彼女にとって初めての体験だった。その巨大な湖の水面を一切波立たせることなく、そこから無数の絹糸を紡ぎ出すかのような、繊細な魔力制御。それはまるで、彼女の心を表しているようだった。


 部屋の中に、ぽつり、ぽつりと小さな光が灯り始める。

 それはやがて無数の光の蝶となり、部屋の中をゆっくりと、そして荘厳に舞い始めた。そしてその蝶たちの軌跡から、きらきらと輝く光の粒子が、まるで魔法の鱗粉のように降り注いでいく。

 壁に、天井に、ベッドの上に。

 その幻想的な光が反射し、部屋の全てがまるで万華鏡の中のように、きらきらと輝いている。


「すごい……。これが、私たちの魔法……」


 ルナリアは涙ぐみながら、そう呟いた。巧もまた、その美しい光景に言葉を失っていた。


 これで大丈夫だ。明日はきっとうまくいく。

 二人は顔を見合わせる。そして静かに、しかし力強く頷き合った。

 部屋の中を静かに舞い続ける、無数の光の蝶。その幻想的な光が、二人の輝かしい未来を祝福しているかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ