両親との再会
お店番を終える頃には、西の空がオレンジ色に染まり始めていた。ルナリアは高揚した気分のまま、フローラに礼を言って帰ろうとした。
不意にルナリアが足を止めた。彼女の視線の先。喧騒から少しだけ離れた木陰に、一組の夫婦が立っていた。
その顔には深い皺が刻まれ、その服は上質ではあるが、明らかに何年も着古したものであることが巧にも見て取れた。
(……あの二人は)
それは厳しい領地経営の苦労が滲み出た姿だった。だがその背筋は、まっすぐに伸びている。そしてその温かい眼差しは、ただ一点、ルナリアの晴れやかな笑顔だけに注がれていた。
(ああ、そうか。彼女のご両親か)
「――お父様、お母様……!」
ルナリアの声が震えた。彼女はそのあまりにも懐かしい二人の姿に駆け寄る。巧は彼女の肩の上で、その数年ぶりの再会の瞬間を息を詰めて見守っていた。
(数年ぶり、か。そうだよな。遠い領地から、この学園まで……)
三人は喧騒から少しだけ離れた中庭のベンチへと腰を下ろす。温かい時間が流れた。両親はただ、娘の顔を愛おしそうに見つめているだけだった。父親がそのごつごつとした大きな手で、ルナリアの蜂蜜色の髪を不器用に撫でた。
巧は見ていた。それは貴族の手ではない。土を耕し、領民たちと共に働いてきた、誇り高い領主の手だった。
「……無理はするなよ、ルナリア。お前がこの学園で楽しくやっていてくれれば、父さんはそれだけで十分だ」
「ええ、本当に……。明日の発表会も、あなたらしくいてくれれば、それでいいのよ」
(……そうか。彼女は、こんなにも愛されていたんだな)
その温かい二人の言葉。巧は見た。ルナリアのずっと張り詰めていた肩の力がふっと抜けていくのを。そして彼女のその大きな瞳から、ぽろり、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちていくのを。
彼女はずっと一人で戦ってきたのだ。家の復興も、領民たちの笑顔も、全て自分一人が背負わなければならないと。
元の世界の自分。誰にも頼れず、ただ一人で抱え込んで、それでも誰も助けてくれなくて。
(だけど、彼女には……)
その重い荷物を、ようやく下ろすことができたのだろう。彼女は二人の皺の刻まれた、しかし温かい手をぎゅっと握り返した。
「――見ていてください、お父様、お母様。明日は、私たちの最高の魔法をお見せしますから」
巧の小さな胸が、熱くなる。その娘の言葉に、アシュフィールド夫妻の目から涙が溢れ出した。
「……ん? ルナリア。今、『私たち』と言ったか……?」
父親のその問いかけに、ルナリアははっとしたように顔を赤らめた。
そして彼女は少しだけ照れくさそうに、しかしどこまでも誇らしげに、自分の肩の上に乗っている小さなパートナーを両親に紹介した。
「……はい。この子が私のパートナーの、タクです。彼がいなければ、今の私はいませんでした」
(ルナリア……)
アシュフィールド夫妻は驚いたように目を見開く。そしてその娘の肩の上で、ぺこりとお辞儀をする小さな妖精の姿を見る。彼らは顔を見合わせると、心の底から優しい笑顔を浮かべた。
「……そうか。……そうか」
父親はそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。そして彼は、ただの貴族としてではなく一人の「父親」として、ルナリアの肩の上にいる巧のその小さな体にまっすぐに向き直る。
(え……?)
そして、深く深く頭を下げた。
「……よろしく頼むな、タク殿。……娘を」
(――っ!)
その重く、そして温かい言葉の響き。巧は息が止まりそうになった。声が出ない。体も動かない。ただ、その光景を見つめることしかできなかった。
(俺が……? こんな、ちっぽけな、何もできない……)
だがこの人たちの目には、そんな自分への侮りなど微塵もない。ただ娘を託す相手への、真摯な信頼だけがあった。
(……ああ、分かった)
巧は心の中で静かに、しかし強く誓った。
(この優しい人たちの、たった一つの宝物を。自分のこのちっぽけな力の全てを懸けて、守り抜こう)
元の世界では、誰からも必要とされなかった。誰のためにもなれなかった。でも、ここでは違う。
彼らは気づいたのだ。娘はこの学園で、魔法だけでなくかけがえのない『絆』を見つけたのだと。
そしてその小さな頼もしいパートナーと共に歩んでいく未来の、その確かな第一歩を。
母親が優しく微笑みながら言った。
「タク様。どうか、この子を……私たちの代わりに、そばにいてあげてください」
(……はい)
声にはならない。だが、巧は力強く何度も頷いた。その小さな体の全身で、その誓いを伝えようとした。
(必ず、守ります)
夕日がオレンジ色に四人を照らしていた。
そこには、もう孤独な少女はいなかった。温かい家族と、小さなパートナーに囲まれた、一人の誇り高い魔術師がいるだけだった。
(明日、必ず成功させよう。彼女のために。そして、この人たちのために)
巧の心に、新たな決意が燃え上がっていた。




