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ブレイクスルー

 研究者としての挫折に、巧は打ちひしがれていた。宝石箱のベッドの中で、小さく膝を抱える。


(……結局、俺一人では何もできないのか)


 彼女を助けたい。その想いは、日に日に強くなるばかりだというのに現実はあまりにも非情だった。

 自分の無力さが、歯がゆい。研究に没頭するあまり、ほとんど眠っていなかった巧の意識はいつしか深い闇の中へと沈んでいった。


 ◇


 そして、運命の実技試験の朝が来た。朝の光が、重い瞼をこじ開けた。

 巧は自分がいつものベッドサイドテーブルではなく、机の上で開かれた教科書に突伏すようにして眠ってしまっていたことに気づいた。

 昨夜も、結局解決策を見つけられないまま、力尽きてしまったのだ。


(まずい、寝過ごした……! よりにもよって、試験の当日に!)


 慌てて身を起こそうとするが、体に全く力が入らない。まるで、全身が鉛になったかのように重い。指一本動かすことすら、億劫だった。


(これは……魔力切れ、か)


 夜通し慣れない魔法の研究と練習を重ねた結果、G級妖精の微弱な魔力は完全に底をついてしまっていた。

 まずい、と巧は焦る。ルナリアが起きてくる前に、ベッドに戻らなければ。だが彼の意思とは裏腹に、小さな体はピクリとも動かなかった。

 やがて、ベッドの軋む音が聞こえ、ルナリアが起き上がった気配がした。


「……タク?」


 いつもいるはずの場所に自分の使い魔がいないことに気づき、彼女の少しだけ焦ったような声が響く。

 足音が、机の方へと近づいてくる。


「こんなところで、何をしてるの」


 頭上から、呆れたような声が降ってきた。

 彼女がそっと近づくと、巧の周りの空間が、ほんの僅かにキラキラと光る粒子で満たされているのが見えた。それは、魔力が霧散した後の微かな名残だった。

 彼が、ここで何か魔法のようなものを使おうとして、失敗を繰り返したであろうことは想像に難くない。

 そして、彼の小さな体はピクリとも動かない。まるで、電池が切れた人形のように。

 ルナリアは、大きな大きなため息をついた。呆れ顔だが、その中に柔らかさが混じっていた。


「あなた、まさか夜中に勝手に抜け出して遊んでたの?」

(……遊んでた、か)


 巧は彼女の口から出た、予想外の言葉に反論する気力もなかった。


「それで、魔力が空っぽになるまではしゃいでたなんて……。本当に手のかかる子なんだから」


 その声色は、まるで言うことを聞かない子猫を叱るかのようだった。

 どうやら彼女は、自分が必死に彼女のための研究をしていたとは夢にも思わなかったようだ。ただ覚えたての光の魔法が嬉しくて無邪気に遊び回り、自分の限界も分からずに疲れ果ててしまったと、そう解釈しているらしかった。


(まあ、そう思うか。G級の妖精が、夜中に魔法の研究なんてしているとは、夢にも思わないだろうな)


 少しだけ、腑に落ちない気持ちはあった。だが、巧は、すぐに頭を切り替えた。今は、そんなことを気にしている場合ではない。


「……バカなんだから」


 ルナリアは、そう呟くと、そっと巧を指先でつまみ上げた。目の前に、彼女の指が迫る。そして、自分の人差し指を彼の小さな体にそっと触れさせる。


「使い魔が魔力切れなんて、主人の恥になるでしょ。……ほんの少しだけよ」


 彼女がそう呟くと、その指先から温かく清浄な魔力が、巧の体の中へとゆっくりと流れ込んでくる。

 それは、まるで乾ききった大地に慈雨が染み渡るかのようだった。

 空っぽだった魔力の器が、みるみるうちに満たされていく。体の自由が、少しずつ戻ってきた。

 そして、その瞬間。巧は驚愕の事実に気づいた。


(なんだ、これは……!?)


 彼女の魔力は、自分の体内で何の拒絶反応も起こさない。それどころか、まるで元からそこにあったかのように、完璧に馴染んでいく。

 普通、他人の魔力が体内に入れば、僅かながらでも抵抗があるはずだ。だが、それがない。魔力の親和性が、異常に高いのだ。

 巧の脳裏に、電撃のような閃きが走った。それは、挫折した研究の全く新しいブレークスルーだった。


 巧は、その温かい魔力の流れを感じながら、挫折した研究の全く新しいブレークスルーを発見した。


(この高い親和性を利用する!)


 彼の研究者としての脳が、猛烈な速度で回転を始める。


(俺の魔力を、ほんの僅かだけ、彼女の奔流に乗せる。そして、その俺の魔力を『センサー』として使えばいい)


 まるで、川に一本の糸を垂らすように。流れの速さも、向きも全てが手に取るように分かるはずだ。


(それなら彼女の魔法の状態を、『内側から』知覚できる!)


 それは、あまりにも大胆でそして美しい解決策だった。巧の小さな体が、興奮にわなわなと震える。

 その時、彼はルナリアが既に学校へ行くための身支度を終えていることに気づいた。


(まずい。もう、時間がない)


 練習する時間はない。ぶっつけ本番でやるしかない。

 巧の体調は、まだ万全ではなかった。だが、彼の心はこれまでにないほどの高揚感に満ちていた。

 ルナリアは、そんな巧の様子にはもちろん気づいていない。彼女はただ心配そうに、何度も巧の顔を覗き込んでいた。


「タク。本当に大丈夫なの?」


 巧は、力強く頷いてみせた。


「そう。なら、いいけど」


 彼女は、巧をそっと胸ポケットへと収めた。そのいつもより少しだけ優しい手つきが、彼の心を締め付けた。


「今日、お願いね」


 ポケットの暗闇の中で、彼女の祈るような声が響いた。

 巧は、声にならない声で答えた。

 彼のたった今思いついたばかりの、まだ誰にも証明されていないあまりにも無謀な仮説。

 その全てが、今試されようとしていた。

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