生クリームと間接キス
その日の昼休み。
フローラは、サンドイッチを頬張るのも忘れて、興奮気味にまくし立てた。
「ルナ、聞いたわよ!光の魔法、成功したんだって!?やったじゃない!」
「……まぐれよ。たまたま、うまくいっただけ」
ルナリアはまだ自信なさげにそう答えつつも、その表情は以前よりずっと明るかった。頬が、ほんのりと上気している。
「まぐれでもなんでも、成功は成功よ! やっぱり、タクちゃんが幸運を運んできてくれたのよ! ね、タクちゃん!」
フローラが、いつものようにポケットから巧をひったくろうとする。だが、その手を、ルナリアがぱしりと優しく、しかしはっきりと制した。
「こら、フロル」
今までとは違う、凛とした声だった。
「……別にこの子のおかげとか、そういうわけじゃないと思うけど」
ルナリアは、一度そう前置きをして、少しだけ視線を逸らした。
「でもその……あんまり、乱暴にしないでちょうだい。私の唯一の使い魔なんだから」
だが、その少しだけ照れたような、それでいてどこか誇らしげな響きの中に、彼女のタクに対する感情の変化が、確かに滲み出ていた。
それは、もはや「屈辱の象徴」ではなく、仲間として明確に認めた証だった。
その言葉に、フローラは目を丸くし、そして巧もまたポケットの中で息を呑んだ。
「『私の、唯一の使い魔』ですって! ルナったら、前と言ってることが全然違うじゃない!」
「ち、違うわよ! 事実を言っただけ! 校則にも、使い魔は丁重に扱えって……!」
慌てて弁解するルナリアの顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤に染まっていた。
教室での小さな奇跡は凍り付いていた少女の心を、そして二人の関係をゆっくりと、しかし確実に溶かし始めていた。
◇
光の魔法を成功させたことで、ルナリアの中には確かな自信の灯火がともっていた。
以前のように、ただ絶望に打ちひしがれることはなくなり、彼女の表情は日に日に明るさを増していった。
授業中に当てられても、もう以前のように怯えることはない。フローラとの昼休みの会話も、心なしか弾んでいるように見えた。
その日の夕食後。ルナリアはフローラが差し入れとして置いていった、甘い香りのするケーキをテーブルに広げた。
彼女は上品な手つきでフォークを持つと、白いクリームとイチゴの乗ったスポンジを一口サイズに切り分け、幸せそうな表情でぱくりと自分の口へと運んだ。
一方の巧は、ベッドサイドテーブルの上で、いつも通りバスケットボールほどもある巨大な木の実と格闘していた。
(いい匂いがするな)
もそもそと木の実をかじりながらも、巧の視線はルナリアが食べている、ふわふわとした白い塊――生クリームへと自然と吸い寄せられてしまう。
あの甘い香りは、疲弊しきっていた元の世界の記憶の底にある何か幸福な感情を呼び覚ますようだった。
そんな巧の羨望に満ちた視線に、ルナリアがふと気づいた。
「何よ。欲しいの?」
彼女は少し意地悪な、からかうような笑みを浮かべた。
(しまった)
巧は慌てて首を横に振る。だがその視線は、どうしてもケーキから外すことができない。
そのあまりにも分かりやすい反応にルナリアは、ふふっと小さく吹き出した。
「仕方ないわね。一口だけよ」
彼女は呆れたような、しかしどこか楽しげな声で言う。そして、今まさに自分が使っていたフォークの先に、ほんの少しだけ生クリームをすくった。
巧にとって巨大な農具のように見えるそのフォークが、ゆっくりとこちらへ運ばれてくる。
そして木の実のてっぺんに、ちょんと純白の小さな雪山ができた。目の前に置かれた白い山から濃厚な甘い香りと、そしてふわりと彼女自身の香りがした。
巧は、はっと息を呑んだ。
(……待てよ。このフォーク、さっきまで彼女が口に入れていたものだよな……?)
彼の脳裏に、先ほど彼女が幸せそうにケーキを頬張っていた光景が、スローモーションで再生される。
(ということは、これって間接キスなのでは……!?)
恋愛経験の乏しい二十八歳の脳がショートした。顔が、カッと熱くなるのが分かる。
だが、ルナリアは向こう側で「どうしたの?食べないの?」とでも言うように、不思議そうな顔でこちらをじっと見つめている。
ここで食べなければ、逆に不自然だ。彼女の親切を無にすることになる。
(ええい、ままよ!)
巧は意を決して目の前の白い山を、恐る恐るぺろりと舐めてみた。瞬間、脳天を甘い衝撃が突き抜けた。
(う、美味い!)
この小さな体では、その甘さと香りが何十倍にも増幅されて感じられた。
あまりの美味しさと、間接キスという状況の混乱で、巧はその場で悶絶するしかなかった。
そんな巧の姿を、ルナリアは少し離れた場所から見ていた。
「……大げさなんだから」
呆れたように呟きつつも、その口元には満足そうな優しい笑みが浮かんでいた。




