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【第九話】まさかのお泊まりからの“くノ一作戦”宣言。


『…こんな所見たら、送るだけじゃ不安だ。今夜はうちに来い。』


たった今、高峰さんが言った言葉が、頭の中でエコーする。


(こ、これって高峰さんのおうちに泊まるってこと、だよね…。)


顔から耳までが、じわじわと熱くなっていく。


「あ、ありがとうございます…。」


口から出た言葉は、恥ずかしくて語尾が消え入るようにか細くなってしまう。


 心臓がばくばくと煩くて、息を吸うのがやっとである。


(わ、私…今日、高峰さんと、あんな事やこんな事しちゃうってこと?!)


「き、着替え!!着替えとってくるので!5分程待っていて頂いてもいいですか?!」


「…ああ。」


私はバタバタと、自分の家の中に入っていく。


 着替えを用意していると、美波とこの前買った白いレースのセットアップのお洒落な下着が目に入った。


(…っ。い、一応持っていこうかな。)


 一人で箪笥を漁りながら、悶々とするのだった。


◇◇


 隣を歩く高峰さんは、何事もなかったかのようにスタスタと歩いている。


 …でも私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれているようだ。


「…っあの!!手、繋ぎたいです…、ダメですか?」


私は意を決して言う。


 顔が熱くてなんだか涙目になってしまう。 


 すると、高峰さんは目を見開いたあと、小さく呟いた。

「…ダメじゃない。」


そっと指先が絡み合う。ゴツゴツした指が優しく私の手の甲を撫でる。


「…高峰さんの手、おっきいです…」


横顔を見ると――やっぱり耳が、ほんのり赤い。


(高峰さんも、ちょっとはドキドキしてくれていたらいいのに。)


そんな事を願ってしまうのだった。



「…鍵、開いたぞ。」


気がつくと、スタイリッシュな外観のタワーマンションの前に着いていた。


(エントランスから立派すぎて、場違い感が凄いんですけどっ!)


マンションに入るとコンシェルジュがいて、まるで高級ホテルのようないい匂いがする、


 高峰さんに手を引かれて、エレベーターの中に乗り込んだ。


――繋いだ手が熱い。


 自分の心臓の音が、高峰さんにも聞こえてしまうんじゃないかというくらい煩い。


 高峰さんは無言で、片手で私の荷物を持ってくれている。その優しさにキュンとする。


「――着いた。」


到着した部屋のドアが、静かに開く。


「…わあ、素敵なお部屋ですね。」


 広々としたリビングには黒いスタイリッシュなソファが置いてある。そして…ほんのりコーヒーと、洗濯洗剤の混じった香りがした。


「…上がって。」


耳元で響いた低い声に、また心臓が暴れ出す。


 脱いだジャケットを彼が自然な仕草で受け取り、ハンガーに掛けてくれた。


「コーヒー淹れてくる。そこに座ってろ。」


言われるがままに、お洒落なソファに腰を下ろす。


――でも何だか落ち着かなくて、ソワソワしてしまう。


(あ、本棚にJOURジュールがある。)


その他にも、様々な美容関係の本が置いてあった。


 きっと高峰さんが編集長になるまでの間に、めちゃくちゃ努力されたんだろうな、というのが伝わってくる。


「餅田、お待たせ。何見てるんだ?」


「…本棚です。高峰さん、色んな本をお読みになられてるんだなぁって。」


私の言葉に、高峰さんが目を綻ばせる、


「…まあな。」


コーヒーの良い香りがふわっと漂ってきて、幸せな気分になる。


「熱いから気をつけろよ。」


目の前に差し出されたカップを両手で受け取った瞬間、指先が触れる。


 その一瞬で、心臓がまた跳ねた。


「…ありがとうございます。」


少し沈黙が落ちた後、高峰さんが話しかけてきた。


「なぁ、餅田。今日みたいなことが今後もあるかもしれない。だから――」


急に声色が低くなって、ドキリとする。


「――しばらく、うちにいろ。」


「……え?」


何を言われたのかは分かっているのに、頭がふわっと真っ白になる。


「餅田があんな状態で、一人で家に帰ると思うと不安だ。それに…。」


少しだけ目を逸らして、照れたように息を吐く。


「……餅田がここにいてくれたら、俺も嬉しい。」


「…っ!!」


一気に全身に熱が広がって、コーヒーを持つ手まで妙にぎこちなくなる。


「……顔、赤いな。飲み終わったら、シャワー浴びてこい。」

低く柔らかい声で、淡々と言われる。


 顔を上げると、彼の端正な顔が目の前にありドギマギしてしまう。


「…っぁ、お、お風呂借りてきますっ。」


私は熱くなった顔を誤魔化すように、バスルームへと急ぐのだった。


◇◇


 シャワーを浴び終わり、髪を乾かす。


 そして、家から持ってきた『gelato pique』の部屋着を着てバスルームから出た。


 ピンクのサテン生地の前開きのシャツに、ショートパンツの可愛らしいデザインだ。


 この前下着と一緒に美波と買ったもので、とても気に入っている。


「…お待たせしました。」


高峰さんが顔を上げると、驚いたように固まった。

 

「……変じゃないですか?」


手元が心もとなくて、裾をちょっと引っ張ってしまう。


 恥ずかしくて視線がちょっと泳ぐ。


「……変なわけないだろ。」


高峰さんが視線を逸らして、少し掠れた声で言う。


「……可愛すぎて、目のやり場に困る。」


「――っ!!」


思わず耳まで真っ赤になってしまう。心臓がドクンドクンと高鳴った。


「…俺も、シャワー浴びてくる。」


そう言って、逃げるようにバスルームへ入って行ってしまった。


私はぺたん、とその場にしゃがみ込む。


「……今の、反則じゃないですか…。」


シャワーの音が遠くから聞こえてくる間、妄想だけ膨らんで一人でいる間も悶々としてしまう。


 やがて、高峰さんが髪をタオルで拭きながら出てくる。


 いつものスーツと違って、身体の線が見える部屋着にドキドキしてしまう。



「…さて。そろそろ寝るか。


 ――俺はソファで寝る。餅田はベッドを使え。」


高峰さんがソファに寝ようとしたので、思わず彼のシャツの裾をキュッと掴んでしまう。


「餅田?」


そう言って、彼が訝しげな顔をして見てくる。


「……そ、ソファだと疲れが取れないと思いますし…。ベッドで一緒に寝ませんか…?」


すると、彼が少し眉を上げて固まる。


「……本気で言ってるのか?」


私は勇気を出して、コクンとうなずく。顔が熱くて堪らない。


 少しの沈黙のあと、高峰さんは視線を逸らす。


「……じゃあ、寝息が聞こえたら起こすなよ。」


そう言って、顔を壁側に向けて高峰さんはベッドに横になる。


「し、失礼します。」


そう言って、私も同じ布団の中に入る。


 気持ちを落ち着かせる為に、深呼吸をする。


(――高峰さんの匂いがする…。)


そう思った瞬間、顔が沸騰しそうなくらい熱くなる。


(ど、どうしようっ。眠れる自信ないっ!)


そう思いながら一人でドキドキしていると。


 ――スー、スー、と隣から寝息が聞こえてきた。


 覗き込むと、目を閉じている高峰さんの端正な顔立ちに、長いまつ毛が影を作っている。


(……やっぱり、かっこいい…。)


ジッと見つめていると、少しだけ、欲が出た。


(寝てるから……ちょっとくらい、いいよね?)


そっと身を寄せて、顔を近づける。


 そして彼の唇に、かすめるくらいのキスをした。


 ――ちゅっ。


「……何してんだ。」


すると、高峰さんが掠れた低い声で呟いた。


「…ひぃっ!!」


飛び起きて逃げようとする私の腕を、高峰さんが引き寄せる。


「……俺が餅田が隣にいて、寝られるとでも思った?」


熱を孕んだ目でそう言われて、耳まで真っ赤になってしまう。


「も、もも申し訳っ……」


「――逃げんな。」



 その日はぎゅうっと抱き寄せられて、私は心臓をバクバクさせたまま、眠れぬ夜を過ごすのだった。


◇◇


 目が覚めると、カーテン越しにやわらかな朝の光が差し込んでいた。


 隣を見ると――高峰さんはもう起きていて、ソファで新聞を読んでいる。


(…え、なんか、めっちゃ普通なんですけど…。)


昨夜のことを思い出して、顔がじわっと熱くなる。


 こっそりキスをしたあと呼び止められて…。


 ――熱を孕んだ目で私を見つめる高峰さんが、脳裏に過ぎる。


(……きゃーーーーーー!!!!)

朝から頭が沸騰しそうになる。


「餅田、おはよう。」


いつも通りの低い声が、やけに距離を感じさせる。


「……おはようございます。」


私もできるだけ平静を装って返す。


 すると、高峰さんが立ち上がってこちらに向かってくる。


「今朝ごはん、用意するから待ってろ。」


私の頭にポンっと手を置いてから、キッチンに入っていった。


(し、心臓に悪いよー!!)


私はドキドキしながら頷くのだった。


 ――しばらくすると高峰さんが、お洒落な木のトレイにコーヒーとライ麦パン、ヨーグルトとフルーツ、チーズをのせて、持ってきてくれた。


「簡単なもので申し訳ないが…。」


そう言って照れくさそうにしている。


「そ、そんなことないです!凄く美味しそう!頂きますっ。」


いただきます、をして二人で朝食を食べ始める。


 なんだかこうして一緒に食卓を囲んでいると、胸がほっこりする。


「あの!せめてお皿くらいは私が洗いますね。」


立ち上がって私がお皿を洗っていると、彼がスーツのポケットから無造作に鍵を取り出す。


「ほら。」


「……え?」

私は思わず目を見開く。


「合鍵。午前休にしてあるから、荷物取ってこい。暫くここで過ごせるように、必要なもの、全部。」


「えっ…、で、でも…。」


すると、高峰さんが後ろからそっと抱きしめてくる。


「…しばらく、ここが餅田の帰る場所だろ?」


「――っはい…。」


私は顔を真っ赤にして頷くのだった。


◇◇


 私は、自分の家に帰って、部屋をきれいに掃除した後、必要なものを旅行鞄に詰めた。


 幸い、いつでもゴミを出してもいいマンションだったのでゴミも出すことが出来てホッとした。


 そして、合鍵で高峰さんの家に荷物を置いた後、会社に向かった。


(…どうしよう。午前休なのに、昼休み前に着いちゃった。)


エントランス前でどうしようか悩んでいると。


「まどか?!」


声がして振り向くと、アポイントの帰りらしい美波がこちらに向かってくる。


「午前休って聞いたけど大丈夫?!どっか具合悪い?」


そう言われて、ジワジワと顔に熱が溜まる。

「え、ええと…。」


すると、美波が含み笑いをする。


「…ちょっと早いけど、今からランチ行こっか。」


連れてこられたのは、会社近くのオシャレなカフェだった。


木のぬくもりがあるテーブルに腰を下ろすと、美波がニヤリと笑って、ヒソヒソモードで話してきた。


「で? 昨日の夜、高峰さんと会ったんだよね?


 どうなったの?!」


「……え、えっと、その……。」


 視線が泳ぐ私を見て、美波の表情が一気に食いつきモードになる。


「…ちょっと待って。もしかして……ホテルにでも行った!?……それで足腰立たなくなって午前休とか…。」


そう言われて、慌てて否定する。


「っ!!ち、違うよ?!危ない目に遭ったから送ってくれて……それで…、家に泊めてくれただけでっ、」


そこまで言って『しまった。』と思い、恐る恐る顔を上げる。すると、美波が目を丸くしてこちらを見ている。


「ええええー!泊まったの?!あの高峰さんちに?!」


「ちょ、美波、大きい声、出さないでっ!」


私がひそひそ声で焦って止めると、美波が口を抑える。


「いや、ごめん、ちょっとビックリし過ぎて…。え、じゃあその、そういう関係にはなったの?」


「いや、えと。まだ何もなくて…。」


私が眉を下げると、美波は無表情になる。


「じゃあ、昨日何してたの…?」


「……同じベッドで、寝ただけ。」


「はあああああああ!?!?!?!?」


 店内の他のお客さんが振り向くほどの声で叫ばれ、慌てて美波の口を手で塞ぐ。


「もうっ!声っ!声小さく!!」


「ご、ごめん。でも……本当に何もなかったって言うの?」


「……うん。」


そう答えると、美波はため息をつき、腕を組んだ。


「……ダメだよ、まどか。それじゃ、いつまで経っても進展しないじゃん。」


「えええ……でも、私から迫ったりなんて…。」


「大丈夫っ!」


 美波はフォークをぎゅっと握り締めて、キラキラと目を輝かせた。


「名付けて――“くノ一作戦”よっ!!」


「……く、くノ一?」


(な、なんだろう、それ?)


「忍者の女版のことだよ。さりげなく近づいて、不意打ちで男の心を奪う作戦のこと。


 ――でもエロくしすぎたら駄目。


 可愛く小悪魔風にあざとく攻めるのが、ポイントかな。」


「そ、そんなこと私にできるかな……。」


「出来るよっ!やろ?まどかは可愛いんだから。あとはタイミングと、ちょっとした度胸だけだよっ。」


美波に力強く言われて、少しだけ勇気が出る。


「ありがとう…。やってみるっ。」


 私がそう答えると、美波はニヤリと笑って、コーヒーを手に取った。


「ふふ、まずは第一歩。次のチャンスは必ずものにするのよ――忍びの如く!」


 こうして、私の“くの一作戦”が幕を開けたのだった。



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