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【第八話】気づいた恋心と、不意打ちの夜


◇◇高峰蒼視点


 ――昨夜、あいつがあんな顔をするから。


『……キス、してくれないんですか?』


あの声が、まだ耳に残っている。


 正直――キス、したかった。


 でも控室だったし、まだ気持ちも伝えていない。

 あの場で欲に任せたら、きっと後悔する。


 だから額で止めた。


 ……俺にしては、よく我慢した方だと思う。


(……近いうちに、言う。絶対に。)


 でも、もしあいつが今夜も同じ顔で「キスして」なんて言ったら――


 俺はもう、抑えられる自信がない。



◇◇餅田まどか視点


(ふぅー!!疲れたっ。ちょっとコーヒーでも買ってこようっと。)


私が仕事が一区切りついた所で、社内のコンビニでコーヒーを買って戻ろうとしていたら――


 通路の角で、聞き慣れた声がした。


「……まどか。」


振り返ると、そこには元カレの黒田俊が立っていた。


(…げ。)


――そう言えばあの日以来、直接話すのは初めてかもしれない。


「……久しぶり。今ちょっと時間ある?」


壁際に立つ私の前に、彼が一歩近づく。


 その距離感に、私は条件反射で逃げ腰になる。


「…悪いけど、これから会議だから。」


「なぁ、あの時は俺が悪かった。もう…茉里とは別れるから。やっぱり、お前じゃなきゃダメだ。


 俺達、ヨリを戻そう。」


低く落とした声に、ほんの一瞬だけ呆気に取られる。


「え、…嫌なんですけど。


 なんで私が貴方と寄りを戻さなきゃならないの。


 貴方が望月さんとどうなろうと、私にはもう関係のない話だから。」


(よし、頑張った、私!)と思いながら小走りで通り過ぎようとした瞬間――


俊がぐっと、私の腕を掴んだ。


「待てよ、話だけでも――」


「嫌だってば!」


きっぱりと言い切ると、俊の顔に焦りが浮かんだ。


(…なんか怖いっ。)


私は彼の力が一瞬緩んだ隙に手を振り払うと、一目散に逃げ出すのだった。

 

◇◇


 今日の午後は再来月号の企画会議だ。


『ブレインストーミング』と言って、テーマに沿って編集部員達が思いついた言葉をどんどん口にしていく。


 その中でトレンドに合ったものや、人気のあるものを深掘りしてブラッシュアップする事で、その号に掲載する企画を決めていくのだ。


「去年人気のあった企画を参考に、今回も記事をブラッシュアップしていけたらと思います。」


篠原さんがスクリーンに、パワーポイントで作成した資料を映す。


 すると、去年の特集や広告記事、それに対するアンケートや反響、サイトと連動した数字を分析した結果が事細かに現れた。


「…やっぱりこの時期はケア系の記事は反響がいいな。よし、じゃあ今回のお題はこれだ。秋の乾燥対策。」


高峰さんがそう言った瞬間、皆口々に


「化粧水。」

「セラミド!」

「ミスト。」

「白キクラゲ」

「トリートメント」


息をつく暇がないくらい物凄い勢いで、皆が単語を口に出していく。油断したらすぐに置いていかれそうだ。


 出てきた単語を素早くホワイトボードに篠原さんが書きこんでいく。


 ――結局秋の乾燥対策を軸に、スキンケア部門、ヘアケア部門に分けて特集記事を組むことになった。


「…じゃあヘアケア部門の特集記事の担当は…。餅田!宜しく頼む。」


高峰さんにそう言われて、目を見開く。


 隣に座っていた美波が、嬉しそうに瞳を輝かせてこちらを見てくる。


「…っ頑張ります!!」


すると、高峰さんがふっと表情を和らげる。


「――ああ。期待している。」


その表情に一瞬、会議室がシーンとなった後、皆がザワザワと騒ぎ出す。


「嘘っ!高峰さんが笑った!」

「あの鬼編集長がっ!」

「餅田ちゃんずるいー。」


(…う、なんか恥ずかしいっ。)


会議が終わって立ち上がった時、すれ違いざまに高峰さんが私にだけ聞こえるように低く囁いた。


「…君なら、できる。」


一瞬で心臓が跳ねて、耳まで熱くなる。


「っはい!」


私はそれを誤魔化すように、短く返事をするのだった。


 それを美波がニヤニヤと見ている。


「何ー?今何話してたの?」


「べ、別にっ!ただ励ましてくれただけっ。」


私の言葉に美波はニコッと微笑む。


「今日の夜、飲みに行こ。場所は斜め向かいのビルのダイニングバーね。」


◇◇


 今日は奇跡的に美波も私も定時で上がれたので、早い時間にお店に行く。こんなに早い時間でも、店内は結構賑わっていた。


「お疲れ様ー!!!」


そう言って二人で乾杯する。


「こんな時間に飲みにこれるなんて夢みたいっ。」

「だねー!奇跡っ!」


とりあえず飲み物は、二人でフルーツの沢山入ったサングリアをデキャンタで頼んだ。


 お通しにパプリカとマッシュルームのピクルスが出てきた。


「食べ物は何にするー?」


美波の言葉に私はメニューと睨めっこする。


「じゃあバーニャカウダと、ミックスナッツとグリルチキン。エビとアボカドのチーズ焼きとかどうかな?」


私は今も、高峰さんの教えを守ってダイエット中である。


 美味しそう且つ、良質なタンパク質やビタミンが取れそうなものをチョイスした。


「さっすがまどか。わかってるじゃん。全部美味しそう!」


美波が嬉しそうに顔を綻ばせる。


「えへへ、美波、エビ好きだもんね。すみませーん、注文お願いしまーす。」


私が店員さんに食べ物を注文すると、美波は感慨深そうに頷いた。


「いやー、それにしてもまどか、『JOURジュール』に来てからマジで可愛くなったねー。また痩せたんじゃない?」

 

「うん!やっと美容体重になったんだ。


 褒めてくれて、めちゃくちゃ嬉しい。


 あとは、キープできるように頑張ろうと思って。とりあえずジム通いは続けて、夜に炭水化物はずっと禁止にする。


 ジムのトレーナーさんも色々アドバイスをくれるから参考になるし。」


(――それに、毎朝高峰さんと会えるし。)


ついついニヤけそうになってしまう。


「あー、今なんか考えてたでしょっ!やらしいー。

 ね、まどか、高峰さんと何か進展なかったの?!」


美波がいきなり爆弾をぶち込んできたので、思わず咽せそうになる。


「…ごほっ、え、進展ってどんな…。」


「ていうか、絶対両想いだと思うんだけどなー。告られたりしてないの?」


そう言われて、高峰さんに壁ドンされたことや、資料室でキスされたこと、ドライヤーで髪を乾かして貰ったことが脳裏に浮かぶ。


 ――そして昨日は。


『…今日は、よく頑張った。』


「…っ!!」

思わず顔が沸騰しそうになる。すると美波が、


「あー、その顔は絶対なんかあったでしょ。


 ――ねえ、まどかはちゃんと高峰さんのこと好きなんだよね?」


そう言われて、私は驚いて目を見開く。


(……そっか。考えた事もなかったけど。


 ――私、高峰さんの事が好きなんだ。)


「…っ、そうかも。」


自覚すると急に恥ずかしくなって、顔がジワジワと熱くなる。


 そんな私に美波が驚いた顔をしている。


「…え、まさか今自覚したとかじゃないよね…?

 あれだけお互いに見つめ合ってるのに?!」


「っえ…」


美波の言葉に、ますます顔が熱を持つ。


(そ、そんなに私ってわかりやすかった?!)


恥ずかしくてアワアワしていると、店員さんが何品かおつまみを持ってきたので慌てて受け取る。


「やー、今のまどかの顔、めっちゃ可愛いかったんだけど!高峰さんに見せたかったわー。」


「も、もう!揶揄わないでよー。


 そういう美波だって、今彼氏とどうなの?」


ちなみに美波には、大学の時から付き合っている年上の彼氏がいたはずである。


「…うーん。もう付き合って5年経つしなぁ。


 ときめきみたいなものはないけど…。まあ、会った時安心はするかな。


 遠距離だからそこまで会ってはいないんだけどねー。」


「そうなんだ…。」


その後も二人で仕事や美容の話をしているうちに、2時間近く経ってしまった。


「そろそろ行く?」

「だねー。」


そう言いながら席を立とうとすると、お店の奥の方で同じ会社の野球部の女子マネージャー達が盛り上がっているのが見えた。


(全然気づかなかった…。)


その中には望月茉里もいた。ちょっと酔っているのか、こちらの席まで声が丸聞こえである。


 ちらっと美波が気遣わしげに見てきたので私は大丈夫、という意図を込めて頷く。


「最近あんな子のこと可愛くなったとか騒いでますけどぉ、うちの野球部の男達、マジ趣味悪すぎじゃないですかー?だってあの子『もちこ』ですよ?


 超デブだったじゃないですか。ラーメン10杯食べてるとかマジ女としてどうなのって感じなんですけど。」


そう言って、望月さんはカクテルを飲みながらクダを巻いている。


(え…。思いっきり私のこと話してるんですけど…。)


 すると同じ『UMAMIウマミ』だった居酒屋担当の野球部のマネージャーの先輩が、少し硬い表情で嗜めている。


「…前から思ってたけどさ、茉里。あんたもちこの悪口やめなよ。この前見たけどさ。痩せてめっちゃ綺麗になったのは本当だし、あの子元々仕事一生懸命だしいい子だよ。


 …なんか妙に張り合ってるけどさ。彼氏奪ったのあんたじゃん。」


すると、もう一人の女子も先輩の言葉に頷く。


「私もそう思う。黒田さんのことも…正直どうかと思ってた。野球は上手いけどさぁ、社内でしかも同期同士の女の子を取っ替え引っ替えってどうなの?」


「そーそー!しかもさ、あの人最初餅田さんに自分から告ったらしいよ!」


「聞いたー!で、ラーメン担当になって太ったら茉里にいったんでしょ?

 しかも太った太ったって部内で自分の彼女のこと笑いものにしてさ。まじでサイテー。」


「あ、でも倉木くんとか、餅田さんと黒田が別れたって聞いて喜んでたよ。『次は俺がいきまーすっ』とか言って。」


それを聞いて隣で美波がサングリアを吹きそうになっている。


(く、倉木くんって誰だっけ?)


すると、望月さんが焦ったように言い出す。


「…は?…べ、別に私は俊なんて好きじゃなかったですし!!私もあっちから来たから、付き合ってあげただけですっ。」


シーン。


一瞬、そのテーブルが静まり返る。


「…ぷっ。でも普通は彼女持ちや既婚者の人がきても、いかないよねぇ。」


「…普通はね。」


私はその光景を何とも言えない気持ちで見る。


 そんな私の肩を美波はポンと叩く。


「まどか、見た?あれ、自滅ってやつだね。


 …気づかれる前に行こっか。」


◇◇


 丁度お店を出て美波と駅に向かっていると、スマホが鳴った。――なんと高峰さんだった。


「…はい、餅田です。」

さっき好きだって気付いたからか、少し緊張してしまう。


『――餅田。』

電話だと、まるで耳元で囁かれているみたいで名前を呼ばれるだけできゅうっと胸が締め付けられる。


『まだ会社にいるか?今篠原とスキンケア用品の件でベルシアに行った帰りなんだが。試供品を大量にお前宛にって渡されて…』


「…今、駅の近くにいます!」


『なら、ついでに渡す。もう着くから。』


「…はい、じゃあ、待ってます。」


電話を切った後『ふぅーっ。』と息を吐く。どうしよう、めちゃくちゃ心臓がうるさい。


「じゃ、私、家が立川だからさ。また明日ねっ。」


そう言って、美波は高峰さんがくる前に帰っていった。


 ――5分程待っていると、高峰さんが来た。


「高峰さんっ、お疲れ様です!あれ?篠原さんは…。」

「ああ、あいつ、ベルシアから家に直帰した。会社まで戻ると遠回りだからって言って。


 ほら、餅田宛にって貰った試供品。」


そう言われて高峰さんの手元を見ると、お洒落な紙袋に大量の化粧品が入っていた。


「わ、こんなに沢山っ!!いいんですかっ?」


「ああ。ヘアケアのサンプルの件な。

 どうやらインフルエンサーの効果でかなり口コミが拡がったらしくて。売れ行きが好調だから、そのお礼らしい。」


その言葉に、胸が詰まる。


「っ、すっごい嬉しいですっ、広告チームの方や、速水社長にもお礼を言わなきゃ…。」


私はぎゅっと紙袋を抱きしめる。


「…餅田、このまま帰るのか?」

「はい、そうですけど…。」

私が顔を上げると、高峰さんは少し耳を赤くして答えた。


「…あー。送っていく。夜遅いと危ないから。」


(え、…高峰さんと帰れるってこと?!)


私は、内心めちゃくちゃドキドキしながら頷く。


「あ、ありがとうございます、宜しくお願いします!!」


◇◇


「今日は疲れただろ。会議も頑張ってたしな。」


私の家の最寄り駅の改札を出ると、高峰さんがふわっと笑う。


 その顔にきゅんと胸が高鳴る。


(どうしよう、さっきから意識しすぎてまともに高峰さんの顔が見れない…。)


「あ、ありがとうございますっ。高峰さんもお疲れ様です。えっと、私のマンション、次の角を曲がったところでして…。」


(どうしよう、コーヒーでもって誘うべき?!あ、でも軽いと思われないかな?というか、下着って今日ちゃんとブラとパンツ、お揃いのやつ着てたっけ…、あ、多分大丈…って、何考えてんの!私!!)


もう内心お祭り状態である。


 チラッと高峰さんを見ると、会社にいる時とは違い、目を綻ばせてこちらを見ている。


 マンションの前に着いて黙り込む私に、彼が心配そうな顔で覗き込んでくる。


「どうした?」


そう言われたので、深呼吸して切り出した。


「あ、あの!!良かったらコーヒーでも…」


――そう言いかけた時だった。


「…まどか!!」


(…は?)


振り返ると、元カレがいた。


(せ、せっかく高峰さんといい感じだったのにぃいいい!!!!何なの?!)


…どうやらマンションの前で待ち伏せしていたらしい。


「ずっと、待ってたんだ、やっぱり俺、お前と…。」


「いや、だから無理って…」


そう言いかけた時だった。


「――おい。お前、餅田に何の用だ。」


高峰さんの低い声に、空気が一瞬凍った。


「…これ以上付き纏うようなら、警察を呼ぶぞ。」


その言葉に、俊は青ざめてバタバタと走り去っていった。


(…高峰さん、かっこいい。)


「…っ、ありがとうございます!!」


私が思わずギュッとしがみ付くと、彼がひゅっと息を吸い込んで、恐る恐る背中に手を回してくれた。


(あ、なんか凄い、いい匂いがする…。)


 ドキドキと高峰さんの心臓の音が聞こえる。


「…こんな所見たら、送るだけじゃ不安だ。今夜はうちに来い。」


――上から降ってきた彼のその言葉に、私はジワジワと顔を赤くするのだった。

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