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【第六話】HDMIケーブルと靴べらと、恋の予感。


 夏休みが明けて変身して以来、『JOURジュール』の皆さんは、私をきちんとこの雑誌を一緒に作る仲間だとみなしてくれたようだ。


 大変だったけど、夏休み中頑張って良かった。体重は配属されてから10キロ以上落ちたし、髪型も化粧も服装も歩き方も変えた。


 ――見た目を変えるだけで世界がこんなに違って見えるなんて、知らなかった。


(神崎さんの当たりはむしろキツくなったけどね…。)


 先月は地獄のように大変だったけれど、そのおかげで一ヶ月で引継ぎが終わっていたのは幸いだったかもしれない。


 クライアントさんの反応も上場である。ようやくパートナーとして認識してくれた気がして、なんだか嬉しい。


 早く『UMAMIウマミ』の時と同じように、紹介記事だけじゃなくて企画記事も作ってみたい。


(まだまだ経験不足の部分も多いけど頑張ろう。)


私はそれを当面の目標にして、気合を入れ直すのだった。


 ――高峰さんはあれ以降、何事もなかったかのように接してくる。


 変わった事と言えば、やけに目が合うようになったことくらいだ。


(…私が見てるから、たまたま目が合うだけかも。)


 でもその視線の奥の色が、夏休み前とは違う気がする――そんな気のせいのような、でも、確信のようなものがあった。


 資料室でキスをした日のことが、頭に過ぎる。

 

『…まどか。』


(高峰さん、私のこと、下の名前で呼んでた…。)


思い出すと、恥ずかしくて頭が沸騰しそうになる。


(いけないいけないっ!仕事に集中しなくちゃ!)


私は誤魔化すように、パソコンのキーボードを叩くのだった。



 ――今日は木曜日だ。高峰さんに同行して頂く日である。


 午前中に、訪問先のクライアントに提出する資料の最終チェックをしておく。


 アポイントは夕方なので午後は原稿を作成して、会社を出る前にトイレで化粧と髪を直しておく。


 美波のアドバイスを受けて、ネイルもしてみた。


 ジェルネイルではなく、自爪に優しいというスカルプネイルにした。


 初めてだから短めのナチュラルピンク。けれど、艶めく指先は、それだけで気持ちを華やがせてくれた。


(…自分には縁がないと思ってたけど、これはハマる人の気持ちがわかるなぁ。)


 私は身だしなみにおかしな所がないことを確認すると、トイレを後にするのだった。



 ――午後16時。


 外でクライアントと会っているという高峰さんと、先方の最寄り駅前で落ち合う約束をしている。

 

 高峰さんとの待ち合わせ時間に30分以上早く着いた私は、少し小雨が降り始めたのでカフェで資料を見ながら時間を潰していた。


(雨…、止むといいな。)


そんな事を思っていると、スマホが鳴って高峰さんから『着いた』というメッセージが入ってきた。


 コンコンっと音がして、ふと視線を上げた窓の外――黒い傘の下、見慣れた背の高いシルエットが立っていた。


(…いけない、高峰さんが濡れちゃうっ。)


私は急いでパソコンをカバンに入れて、お会計を済ませるのだった。


◇◇


「今日お会いする化粧品会社の速水社長、ホームページに高峰さんと同い年で、同じ大学をご卒業されたって書かれていました。


 …もしかして、お知り合いですか?」


私の質問に高峰さんが、少し微妙な顔で頷く。


「…まあな。」


(…もしかして、あんまり仲良くなかったのかな?)


そんな事を話しているうちに、先方の社屋に着いた。10階建はありそうな立派なビルである。


「うわぁ、立派なオフィスですねえ。」


「化粧品はもちろん、サロン事業の他に美容雑貨も手がけているからな。化粧品に関しては篠原が担当している。


 ――行くぞ。」


そう言われて受付で名前を書くと、来客用のパスカードを渡される。


 10階に着くと、秘書だと思われる女性に応接室に通された。


「うわぁ、オシャレなオフィスですねえ。


 高峰さん、見てください!このソファ、ジョージ•ネルソンの作品ですよ!」


「…好きなのか?」


「はいっ!この人のデザインの掛け時計も可愛くて。


 部屋に飾ってます。」


部屋はカラフルでポップな感じである。


 窓際の打合せブースにはスノコが敷かれ、その上に木製パネルと緑の絨毯が敷かれていて畳風になっている。


 絨毯の上にはちゃぶ台と、大きなモニターが置かれていた。


「ふーん…。」


可愛いインテリアに私がテンション高めに話していると、コンコンとドアがノックされた。


「失礼します。」


その言葉と共に、ドアがゆっくり開いた。


 コーヒーを載せたトレイを持った秘書の女性に続いて、入ってきたのは──。


 背の高い、浅くウェーブのかかった髪をツーブロックにした、整った顔のお洒落な男性だった。


 少しカジュアルなノーカラージャケットに襟元から見えるのは爽やかな白いシャツである。


 シンプルな装いながら、首元のシルバーのネックレスがとてもお洒落で、全体的に洗練されているのに、どこか“遊び”を感じさせる雰囲気だ。


(わぁ、背ぇ高っ…。髪型もスーツも、全部お洒落…。)


 思わず目を見張った瞬間、その人が高峰さんを見て口角を上げた。


「…久しぶり、あおい。」


親しげに名前を呼んでいるのに、その響きには懐かしさよりも、探りを入れるような色が混じっていた。


「圭吾、久しぶり。」


高峰さんが短く返す。その口調は淡々としていて、笑顔は見せない。


(な、何この空気!!)


私がどうして良いかわからず戸惑っていると。


「ふぅーん、その子がうちの新しい担当か。」


速水社長がこちらを見たので、慌てて頭を下げる。


「餅田まどかです!宜しくお願いしますっ。」


名刺を渡すと、ニッコリと微笑みながら名刺をくれた。


 頂いた名刺には、


『ベルシア・ジャパン  社長 速水はやみ圭吾けいご』と書いてある。


(…あ、良かった。なんだ、優しそうかも。)


「餅田、まどか、さんね。


 宜しくね、餅田さん。いやー、しかし君可愛いね。入社して何年目くらいなの?」


「四年目です。『JOURジュール』に異動してきたのは最近なんですけど、いち早く御社のお力になれるように頑張りますっ。」


「ふぅーん、じゃ、早速なんだけど、うちの会社の広告モデルやらない?


 君だとイメージにピッタリなんだよね。」


そう言って笑いかけてくる。


(…え、そういうのっていいのかな?うちの会社って副業してもよかったっけ…。)


どう答えるべきか戸惑っていると──。


「……圭吾、そういう話は後にしてくれ。」

高峰さんが淡々と口を挟む。


 声に棘はないのに、それ以上は話を広げさせない圧があった。


「分かってるって。半分冗談だったんだけどな。」


速水社長は笑いながらも、ほんの一瞬だけ口元の笑みを薄くした。


(……やっぱり、この二人、ただの同級生じゃない気がする!)


「じゃあ早速。


 『JOURジュール』に掲載するうちのヘアケア用品をサロンの方でトライアル利用出来るようにしたいんだけど。

 何が良い打ち出しがないか、相談したいんだよね。


 今広告チームの子達も10人くらい来るからさ。『JOURジュール』ではどんな集客方法があるか説明して貰えないかな?」


その言葉に私は頷く。


「わかりました。」

すると、高峰さんが心配そうに眉を下げる。


「餅田、資料の部数足りるか?」


「大丈夫です!こういう時のためにHDMIケーブルと変換アダプタを持ち歩いてますからっ!」


私がケーブルを出すと、速水社長が目を丸くする。


「えっ、それいつも持ち歩いてんの?」


「はい、そうですよ?必需品ですからっ。


 とりあえず、あちらのモニターでタブレットを使って資料をお見せします。後ほどPDFでお送りする感じでもいいですか?」


すると、速水社長がぶはっと吹き出す。


「めっちゃ用意いいね。ごめんね?いきなり人数が増えて。」


「いえいえっ、大丈夫です。」


そんな私達のやりとりを、高峰さんが複雑そうな顔をして見ている。


 打ち合わせは終始和やかに終わり、先方のチームとこちらで、それぞれ打ち出しを考えてから擦り合わせをする方向になった。



 ――会議終わりに先方の一人が靴を履くのに苦戦していたので、カバンからキーホルダー型の靴べらを出して貸してあげた。


「…君、靴べらまで持ってんの?」

速水社長が目を丸くしている。


「はい、必需品ですからっ!」


私が元気よく答えると、速水社長は何かにツボったのか、くっくっ、と笑い始めた。


「餅田さん、マジ面白いね。餅えもんって呼んでいい?」


「えー…。それなら、もちみちゃんの方がいいです。」


なんとなく少し仲良くなれたので、そんな事を話していると、高峰さんが少し不機嫌な声をかけてくる。


「おい、餅田。行くぞ。圭吾、あんまり揶揄わないでやってくれ。」


すると、速水社長が目を細める。


「…ふーん、随分と過保護だね。


 もしかして、この子みたいな子がタイプなの?

 …ふふっ、莉沙りさとは、全然違うタイプだね。」


(…りさ?)


私は不意に出てきた知らない女性の名前に、首を傾げる。


「…圭吾、その話はいいだろ。


 今日は皆さん、お時間ありがとうございました。追って餅田から資料をお送りさせて頂きますので宜しくお願いします。」


私はペコリと一礼すると、応接室を後にしたのだった。


◇◇


 外に出ると、土砂降りだった。もう19時を回っている。


「餅田、こっち。」


高峰さんに手を差し出されて、恐る恐る握り返して駅まで走る。


 ――繋いだ手の触れた部分が熱い。


 駅に到着すると、豪雨でなんと運転を見合わせするとアナウンスがされている。


「…運が悪いな。バスも遅延しているみたいだ。」


高峰さんがスマホで運行情報を確認して、小さく舌打ちする。


「…じゃあ、タクシーで帰ります?」


「この時間じゃ空いているかどうか…。

 仕方ない、宿取るぞ。」


そう言われて私は宿泊予約サイトで最寄駅のホテルを検索した。けれど、どこも満室だった。


 漸く空いている宿を発見してホテルに向かうと、なんと2部屋取ったはずが入れ違いで取られてしまい、1室しか用意できないと言われてしまった。


「…どうしましょう。でもこの雨でまた外に出るのも…。とりあえず、一室だけでもいいからお願いしませんか。」


私の言葉に高峰さんは目を見開く。


「…わかった。ちょっと待ってろ。」


そう言って、高峰さんがチェックインの手続きをしてくれた。よく見ると、彼の耳が少し赤い。


(…もしかして、私、とんでもないこと言っちゃったかも。)


私はジワジワと顔に熱が溜まるのを感じるのだった。


 

 ――エレベーターの中では二人とも無言だった。


 ホテルの部屋に入った瞬間、目に入ったのは1つしかないダブルベッド。


「…あのっ、高峰さん、」


慌てて振り返るとジッと私を見つめる彼と視線が交錯する。


 すると、彼の指が私の頬をそっと手でなぞる。


「…っぁ、」


私は驚いて変な声を出してしまった。


「…髪、張り付いてる。」


そう言って私の髪を掬うと、ぷいっと横を向いた。


「ぁ、ありがとう、ございます…。」


心臓が煩い。


 そんな私に高峰さんはふっと笑う。


「…風邪ひくから、先にシャワー浴びろ。着替えた方がいい。」


スーツを脱いだ高峰さんがネクタイを緩める。


 その仕草がなんだか色っぽくて、視線を逸らすのに必死になってしまう。


「…餅田、顔、赤いぞ?」


「そ、そんなことないですっ!…シャワー借りてきますね。」


私は逃げるようにバスルームに入っていく。


(…びっくりした。)


私は一人、湯船の中で赤面するのだった。



 ――バスローブを羽織って髪をタオルで拭きながら出ると、高峰さんはソファでノートパソコンを開いていた。


(わー!上司を差し置いて、思いっきり寛いでしまった…。)


「すみませんっ、遅くなって…!!」

「いい。こっちに来い。」


手招きされ、戸惑いながら近づくと、彼はすぐ傍に置いてあったドライヤーを手に取る。


「濡れたままだと風邪をひく。座れ。」

「あ、はい…」


言われるままベッドの端に腰掛けると、背後に立った高峰さんが、ふわりと私の髪を持ち上げた。


「…っ!!」


 ――近い。


 耳元でドライヤーの低い風音と、彼の呼吸が混じる。


「…あ、」


 温風が首筋を撫でて、くすぐったくて少し気持ちいい。


「っん、高峰さん、気持ちいいですっ、」


――その瞬間、彼の手が止まった。


(…ん?なんで?)


「…高峰さん?」




◇◇高峰 蒼視点


(……っ、やべ)


胸がぎゅっと締め付けられる。


 ドライヤーの風が、やけに甘く柔らかい餅田の髪の香りを運んでくる。


(いやいやいや、落ち着け俺。まだそういう関係じゃ……)


自分で自分に言い聞かせる。


(……って、今何思った?!俺!!)


気づけば、彼女のほっぺをむにゅっとつまんでいた。


「なにふるんでふかー!!」


怒る彼女を見て、少しだけ冷静になる。


「……寝ろっ!」

「へ?」

俺の言葉に餅田は目を丸くする。


「いいからっ!!!」


ドライヤーのスイッチを切って背を向ける。


 心臓が爆音を立てていて、呼吸も乱れているのが自分でもわかる。


(……あっぶねぇ。危うく押し倒すところだった。)


今日は夜にあと一回更新します。

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