【第十八話】会見の真実と、編集部の絆。
――三日後。
今日は14時からベルシアの会見である。
高峰さんは朝早くから会見に立ち会う為に、ベルシア本社へと向かった。
「まどか、もう少しだね。」
「うん。」
時計の針は13時48分を指している。
オフィスはまだ通常通りザワザワとしている。電話を取っている人やPCを叩いてる人、コピー機の音も聞こえてくる。
「――あ、始まったぞ!」
誰かが声を上げた瞬間、空気がスッ…と張りつめる。
皆が一斉に手を止めて、わらわらとモニターの方へ集まってきた。
『本日はベルシア社の記者会見にお集まり下さいまして、誠にありがとうございます。
本日は社長の速水より、お話をさせて頂きます。』
アナウンスが流れると、緊張した表情の速水社長が一礼する。
『皆さん、本日はお忙しい中お集まり下さいまして誠にありがとうございます。
先日、週刊誌に弊社及び美容雑誌、JOURの研修及び海外取材について『接待旅行』であると報じられた件につきまして、会見させて頂きたいと思います。
まずはお手元の資料をご覧下さい。』
モニターには海外研修の内容や取材内容等の詳細が映し出されていた。
また、今までのベルシアの広告や特集ページについての広告表記の有無などが事細かに解説されていく。
――それを私達は編集部のモニターで見ながら、固唾を飲んで見守っている。
『以上につきまして、報道内容は事実と異なる内容である、という事を改めてお伝えしたいと思います。』
すると、記者達が矢継ぎ早に質問する。
それに対して速水社長が理路整然と答えていく。
しかし、ある記者の質問で空気が一変した。
『――しかし、今までの広告掲載やベルシア社の研修スケジュールはこれが事実だったとしても、今回のドイツ取材に関しては実際に御社が費用を負担していた訳ですよね?
接待ではない、と一概には言い切れないのではないでしょうか。』
その言葉に速水社長が目を見開く。
すると、なんと側で控えていた高峰さんが立ち上がったのだ。
一斉にカメラが高峰さんの方に向き、カシャカシャとフラッシュの音がする。
『JOUR編集長の高峰です。
その質問には、私がお答えしましょう。
我々の取材は正真正銘の現場取材であり、接待ではありません。』
冷静に、そして堂々と答える。
『――答えは、来月号をご覧いただければ、全ての真実が明らかになるはずです。
私たちが取材したという証拠は、全て記事として掲載します。必ず、伝わるはずです。』
毅然とした姿がテレビに映り、編集部のみんなが思わず息をのむ。
(…蒼さん。私のことを、信じてくれてるんだ。)
思わず胸に温かいものが込み上げてくる。
――でも今は周りも一緒にモニターを見ているから泣けない。
上を向いて涙を飲み込んで、必死で平静を装った。
すると、隣にいた篠原さんが小声で
「大丈夫。きっと餅田ちゃんの原稿だったら伝わるから。」と囁いた。
そのせいで危うく涙腺が決壊しそうになる。
――会見を見終わった後、フロアにはしばらく沈黙が落ちた。
すると、なんと私の事をあんなに嫌っていたはずの神崎さんがこう言ったのだ。
「…もちこちゃん。橘さん。仕方ないから貴女達の作った原稿、私も見てあげるわ。」
すると、他の人たちも次々と声を掛けてくれる。
「そうそう、一生懸命取材したんだろ?」
「記事で証明してやろうぜ。」
「私も手伝います!」
徐々に編集部が一体感を帯びていく。
――胸がいっぱいになる。隣で美波も泣きそうになっていた。
私はぐっと涙をこらえながら、笑顔で答える。
「ありがとうございます。」
(…私、絶対にいい記事を書く。みんなの期待に応えるんだ。)
◇◇
それから私達は、ベルシアの取材原稿をさらにブラッシュアップするべく奮闘した。
ベルシアの広告チームの方の他に、JOUR編集部の仲間達に、これでもかというほど原稿について相談した。
皆は忙しい中、快く色んなアドバイスをくれた。
知らなかった知識も沢山教えて貰うことが出来て、めちゃくちゃ勉強になった。
普段とっつきずらい先輩も、頼られると意外に嬉しいようで、話しかけているうちに笑顔を見せてくれるようになった。
嫌われていても、何度も話しかけているうちに、
「しょうがないな。あんた、本当にしつこいよね。」
と言いながら、丁寧に教えてくれるようになったのだ。
…いつも以上に手間はかかったけれど、その分今までに見た事がないほど良いものが出来た。
あれからプライベートでは、蒼さんも私も忙しくて家で寝るだけの生活だったけれど。
毎日『おはよう。』と挨拶をして、『おやすみ』と言ってくっついて眠って。
一緒にいられるだけで、なんだか頑張れる気がした。
――そして。
今日は金曜日。
今月号の原稿の入稿日だ。あとはベルシアの原稿を入稿すれば完了である。
私と美波が頷き合い、前に進む。
「高峰さん。皆さんにアドバイスを頂いて作った、編集部の皆で作った原稿です。
――見て頂けますか?」
私の言葉に蒼さんは目を見開いた後、真剣な顔で原稿を受けとる。
ぱらぱらと原稿をめくったあと、高峰さんは何か込み上げるものを押し殺すように、息を飲みこんだ。
そして、皆の前でこう告げた。
「――素晴らしい出来だ。」
その瞬間、編集部の皆が歓声を上げる。
「…まどか。」
「美波…。」
私達は泣きそうになりながら、抱き合う。
「よかったわね!橘ちゃん、餅田さんっ。」
「もちこちゃん、橘さん、感謝してよね。」
「先輩、半端ないっす!!」
皆が三者三様に褒めてくれた。
――私と美波は達成感で胸がいっぱいになるのだった。
そしてその日。
私は生まれて初めて、仕事中に涙を流したのだった。
◇◇
全ての入稿が終わり、私はうーんと、背伸びする。
(あー、今月はめちゃくちゃ大変だったなぁ。早めに家に帰ろう。)
仕事が終わって家に帰ろうとしていると、蒼さんからスマホに連絡が来た。
『今日は一緒に帰ろう。』
それを見て心が浮き足立つ。
『はいっ。』という文字の入ったもちうさちゃんスタンプと一緒に、
『近くのコンビニで待ってますね。』
と返した。
ちらっと、高峰さんの方を見ると、私の方を見て頷いてくれて、ジワジワと顔が赤くなる。
(きゃー!!
最近忙しくて蒼さんと何もなかったもんね。
ドイツ取材中もさすがに部屋も別々だし何も出来なかったし…。
今日は久しぶりに… 。)
「お疲れ様でしたー!」
甘い期待に胸をワクワクさせながら、オフィスを出る。
夏の暑さが落ち着いて、もうカーディガンやジャケットがないと肌寒い季節である。
コンビニに入ってウロウロしていると、5分後くらいに蒼さんが到着した。
「まどか。待たせてごめん。」
そう言って高峰さんが眉を下げる。
「全然ですよー!
それより見てください。あそこのワゴンで、むきたらとチータラが半額になってました。」
私の言葉に蒼さんは目を綻ばせる。
「じゃあ買ってく?」
「はいっ!」
――結局2人とも凄く疲れていたので、家で飲むことにした。
その他に漬物や枝豆や唐揚げ、赤ワインや角ハイの瓶、炭酸水を買って家に直行した。
「カンパーイ!」
家に着くなり乾杯して、二人だけのお疲れ様&反省会をした。
二人とも疲れていたからか、飲み始めると妙にハイテンションで饒舌になってしまう。
「それにしても、今月は本当に大変でしたね。まさかあんなことになるとは思いませんでした。」
私の言葉に蒼さんが頷く。
「まあな。取材旅行だけで大変だったのに、まさか記者会見で喋ることになるとはな…。」
蒼さんがしみじみと言った。
「むぅ…。蒼さんがテレビに出たら、ネットでめっちゃイケメンって騒がれてましたよね。
…ちょっと焼きました。でもあの時の蒼さん、めちゃくちゃカッコよかったです。
…信じてくれて、嬉しかったです。」
すると、蒼さんがイタズラっぽく笑った。
「まどかもモデル風美女ってパパラッチに書かれてただろ。」
「もうー。やめて下さいよ。恥ずかしい…。」
すると、蒼さんがギュッと抱きしめてきた。
「お疲れ様、まどか。大きなプレッシャーの中で、いい原稿を作ってくれて本当にありがとう。」
その言葉に心があたたかくなる。
「…絶対、蒼さんの方が大変でしたよ。」
そんな事を言い合って2人で顔を見合わせて笑う。
「最新号、楽しみだな。」
「…はい。」
次第に顔が近づき、私達の唇が合わさる。
「っん、蒼さん…。」
「まどか。――君がいてくれてよかった。」
触れた唇は、すぐに深く熱を帯びていく。
やがて私達はお互いの体温に身を委ねるように、ソファに倒れ込んだ。
ワイングラスの中身が静かに揺れる。
――その後のことは、朝まで2人だけの秘密だ。
◇◇
――数日後。
『JOUR』の最新号が世間やメディアに注目される中、全国で一斉に発売された。
朝からコンビニや書店で雑誌を手に取る人が溢れた。
「これって記者会見で言ってた、例の美容雑誌だよね?」
「気になるー!!」
興味半分で、普段手に取らない人も読んでくれているようだ。
――そして、なんとSNSで『#JOUR』と『#ベルシア』がトレンド入りした。
「なんだ、普通にいい記事じゃん…。」
「写真がきれい!現地の空気まで伝わる。」
「感動したー!これは接待じゃないね。」
「ベルシア、ドイツのオーガニック化粧品会社と提携するらしい。今度買ってみようかな…。」
ネットには肯定的なコメントが溢れた。
また、今月号の売上が例年に比べて飛躍的にアップした。近年後退している紙媒体の中では異例のことだ。
――まさに『災い転じて福と為す。』である。
「JOUR売れてます!追加注文かけていいですか?」
書店員さんにそう言われて、営業部もウハウハである…と、この前営業部長が蒼さんの背中をバンバン叩いていた。
蒼さんは
「痛いですよっ!部長!」
と顔を引き攣らせながらも、どこか嬉しそうだった。
小さく業界ニュースにも『JOUR』、異例の増刷、と取り上げられた。
「まどか!やったね!」
美波がキラキラした目で喜んでいる。
「うん!!本当に良かった…。」
何人かは『良かったね!』『餅田さん、橘さん、やるじゃん、』と声をかけてくれた。
他の編集部員の人達も、廃刊の心配がなくなりホッとした顔をしている。
そして社内メールでは、サラッと10月1日付の人事異動が発表された。
「JOUR編集部 沢木 朝香 (株)ヒトトナリ企画サービス 管理部門へ出向」
とだけ書かれていた。
また、週刊パパラッチの片隅にはしれっと訂正文が掲載された。
『当誌の記事に一部不正確な記述がありました。』
編集部のメンバーは苦笑しつつ、
「ちっちゃ!!…まあ、でもこれで幕引きだな。」
と言って嬉しそうにしていた。




