【第十七話】揺らぐ信頼、取り戻すために。
――編集部長に連れて行かれてから1時間近く経ったが、蒼さんはまだ戻ってこない。
(蒼さん、大丈夫かな…。)
他の編集部の皆も不安そうにしながらも、目の前の仕事を必死でこなしている。
私は美波と小さな会議室で、ドイツの取材記事のすり合わせをしながらスケジュールなどを話し合っていた。
けれど、集中しきれていないのか、時折美波の顔に陰が差す。
「…私がドイツに取材に行こうなんて言ったからだ…。どうしよう、まどか。圭吾さんにもこんなに迷惑かけて…。」
…よく見ると、顔が青ざめていた。
「美波、顔色悪いよ。ちょっと休憩しようか。」
私は自販機でコーヒーを買うと、美波に渡す。
「…ありがと。」
「ねぇ、美波。私達のドイツ訪問は接待旅行なんかじゃない。
きちんとした取材だった。それを一番よく知ってるのは私達自身じゃん。
そりゃ、海外で少し浮かれていた気持ちがあったことは否定できないけれど。
だからさ。
二人で一緒に、絶対にいい記事を作ろう。
――それで、きちんと世の中に私達の取材には価値があったっていうことを行動で示そうよ。」
その言葉に美波は目を見開いたあと、真剣な顔に変わる。
「…うん。そうだね。
――まどかの言う通りだ。
よし…!!やるよ。」
私達はそれからどんどんアイディアを出し合った。
先程とは打って変わって、いいアイディアが次々と溢れ出てくる。
「よし。じゃあ高峰さんが戻ってきたら、構成案を確認して貰おう。
…絶対に私達は負けない。」
――そう言って2人で決意を固めた瞬間、美波のスマホが鳴った。
着信者を見ると、『速水 圭吾』と出ている。
「――もしもし。」
美波が緊張した面持ちで電話をスピーカーにして出ると、少し焦った様子の速水社長の声が聞こえた。
『美波ちゃん、ごめん。蒼と連絡が取れなくて。週刊誌のことはもう知ってるよね?』
「はい、知ってます。
…高峰さんは今、編集部門の部長に呼び出されて詰められてます。
週刊誌を見て、丁度まどかと、『一緒にいい記事を作って、接待旅行だなんて嘘だって証明しよう』って2人で話してました。」
すると電話口の速水社長の声が少しだけ和らぐ。
『そっか…。ありがとう。
週刊誌に掲載されたSNS投稿の詳細について確認出来たから、一度謝罪も兼ねて説明させて欲しいんだ。
今日何時でもいいから、蒼が戻り次第3人で来てもらってもいいかな?
報道陣がいるかもしれないから、念の為に裏口に山下に行ってもらうから、そこから入って欲しい。』
「わかりました。高峰さんが戻り次第伝えますね。
…圭吾さん、無理しないでくださいね。」
美波の言葉に速水社長が笑う。
『…ああ、ありがとう、美波ちゃん。あとでね。』
電話を切った後、美波が少し泣きそうになっていた。
(な、なんか二人とも、名前で呼び合ってるんですけど…!
って今はそれよりも…。)
「美波、今は泣いてる暇なんてないっ!行こう!!」
私達は蒼さんが戻っているか確かめるべく、慌てて会議室を出て編集部に向かうのだった。
――廊下に出るとタイミングよく、少し疲れた顔で編集部に戻る途中の蒼さんがいた。
「高峰さんっ!」
私が叫ぶと蒼さんが振り返る。
「餅田か。どうした…?」
「今、速水社長から連絡が来ました。SNSの件について詳細が確認取れたから、謝罪も兼ねて説明したいとのことです。」
私の言葉に蒼さんが目を見開く。
「わかった。丁度報告書を書く必要があったから助かる。
――今から行くぞ。」
そう言われて私達は急いで準備をする。
そして、念の為に裏口から会社を出たのだった。
◇◇
ベルシアの裏口に着くと、広告チームの山下さんがすぐに開けてくれた。
「高峰さん、餅田さん、橘さん。この度はこんな事になってしまいまして申し訳ございません。」
山下さんはエレベーターの中で頭を下げた。
「いえ、それよりも一刻も早く両社の名誉を回復出来るように尽力しましょう。」
蒼さんは淡々と告げる。
「はい、その通りです。――こちらの会議室です。」
山下さんに促されて会議室に入ると、速水社長と広告チームの皆さん、そして初めてお会いする人事担当の方が待っていた。
――会議室の中の空気は既に張り詰めている。
速水社長の横に山下さんが座ると、速水社長が立ち上がる。
「『JOUR』の皆さん、この度は我が社の不手際でご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。」
そう言って一礼した。
私達は突然の出来事に目を見開く。
「…圭吾。いや、速水社長。いい、座ってくれ。
それより、週刊誌に載るまでの経緯を話して貰えるだろうか。
それにうちの社員の中にも軽率な発言をした者がいて、申し訳なかった。」
蒼さんの言葉を皮切りに、山下さんがPowerPointの資料で淡々と経緯を説明する。
――どうやら今井さんが上げたインスタの画面はすぐに広告チームの人が気づいて削除したけれど、既に拡散されたあとだったらしい。
一通り説明が終わった後、SNSを上げた張本人である今井さんに、速水社長が声をかける。
「今井、ほら。『JOUR』の皆さんに伝えることがあるよね?」
すると、ずっと下を向いていた今井さんが泣きそうな顔を上げる。
「皆さん、申し訳ありませんでした…。
ただ…楽しくて…みんなに見てもらいたくて。
つい承認欲求でインスタにあげてしまって…。
ハッシュタグに《#JOURの皆さんと》って入れたのがダメだったみたいで…。」
そう言って頭を下げた。
「今井。
…きっと、誰でも『誰かに認められたい』っていう思いは少なからず持って生きていると思う。
でも、個人のSNSでのたった一つの行動が、会社全体を揺るがす。」
速水社長は彼女を冷たい口調で諭した。
「…はい。」
今井さんはそう言って下を向いた。
すると、人事担当の方が淡々と告げる。
「今井さん。貴女は当面、倉庫担当に異動して頂きます。
そこでこの会社の中でどれだけ多くの人が一生懸命働いていて、どのように会社が回っていっているのか。きちんと学んで頂きます。」
今井さんはショックを受けたように固まった後、『はい…』と涙声で受け入れた。
そして、人事の方に肩を叩かれた後、一緒に会議室を退出していった。
その様子を見届けた後、速水社長は複雑そうに『ふぅーっ』と息を吐いた後、切り出した。
「――さて。それで今後についてなんだけど。
我が社にとってはブランドイメージが傷付き兼ねない緊急事態だ。
そこで、弁護士と一緒に当社に関する誤った報道について記者会見を開く事にする。
『JOUR』側では誌面や公式サイトで訂正、謝罪などをして頂けるだろうか?」
速水社長の言葉に蒼さんが頷く。
「ああ。勿論だ。言われなくてもそのつもりでいた。」
「よかった。あとは、『接待』ではなくて、きちんとした取材だったということを証明する必要がある。
『JOUR』の皆さん。そして広告チームの皆。どうか、いい原稿を掲載できるよう…宜しくお願いします。」
言いながら、速水社長は真っ直ぐに私と美波の方を見た。
私達は頷き合う。
「はい!絶対に世間が納得するような、いい記事を書き上げます!」
その言葉に速水社長が口角を上げる。
「ありがとう。
皆で力を合わせて信頼を取り戻そう。」
――こうして私達は世間の信頼回復に向けて、動き出したのだった。
◇◇
会社に戻ると蒼さんは報告書を持って、すぐに編集部長の元へ行ってしまった。
私は夜遅くまで美波と原稿を試行錯誤しながら形にしていき、ついに納得が出来る初稿を作り上げることが出来たのだった。
「ねえ、まどか。今日大丈夫だったら、一杯だけでいいから一緒に飲みに行かない?」
美波の言葉に私は頷く。
「私も話したいと思ってた。行こっか。」
そう言ってオフィスを後にした。
――夜の街は人通りが多く、あちこちから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
なんとなく疲れていたので遠くに行く気力はなく、私達は近くの個室のある九州居酒屋に入る。
暖簾を潜ると店員さんが
「いらっしゃーい!」と元気に挨拶してくれた。
私も美波も焼酎をソーダ割で注文する。今日は芋焼酎、三岳である。
私達は馬刺しと辛子蓮根、そしてきびなごのお刺身を注文する。
「お疲れ様ー。…今日は色々あったね。」
そう言って私は焼酎をちびりと飲む。
「本当…。もうめちゃくちゃ疲れたよ。体力と気力、ほとんど持って行かれたわー。」
美波はそう言ってお刺身を食べた。
私は今日の出来事を思い出しながらポツリと呟く。
「…なんだかさ。今井さん。やった事は浅はかだしダメなんだけどさ。ちょっと気の毒だったね。」
すると、美波が頷く。
「思った。SNSの罠だよねぇ。どんどん『良いね!』がつくほど気持ちよくなっちゃって何も考えられなくなっちゃうやつ。
怖いよねぇ。ただちょっと本当に自慢したかっただけなんだろうね。」
「うん。指一本で簡単に全世界に発信されちゃうからね…。」
私はそう言いながら天井を見上げる。
ドイツで楽しそうにはしゃぐ今井さんが脳裏を過ぎった。
「新しい場所で、元気でやって欲しいね。」
「…うん。そうだね。」
結局私達は、なんだかんだ1時間程居酒屋に滞在してからそれぞれの家路についたのだった。
――その日、蒼さんが家に戻ってきたのは24時を回った頃だった。
「ただいま。まどか。」
「っ、蒼さん、おかえりなさい。」
疲れ切った顔の彼を私はただギュッと抱き締める。
「あー…癒される。家にまどかがいてくれて良かった。」
そう言って目を閉じる彼に、胸がいっぱいになった。
(蒼さんの力になれるように、私も頑張ろう。)
私は心の中でそう誓うのだった。
◇◇
次の日、出社すると沢木さんが人事部に呼ばれていた。
――どうやら私達以外にも給湯室での神崎さんと沢木さんの会話を聞いていた人がいて、内部で告発されたらしい。
「あの記事のA子ってやっぱり沢木さんだったらしいよ。」
「あー…。そうだと思った。」
「めちゃくちゃ餅田さん達に嫉妬してたもんね。」
「あの人のせいで廃刊になったらマジでありえないんだけど。」
そう言って他の社員達がヒソヒソと噂をしている。
(…沢木さんは好きじゃないけど、なんだかこういう雰囲気は嫌だな…。)
そう思いながらパソコンを開いていると。
「あんた達、朝香のことはいいからさっさと仕事しなさい。私達に出来るのは目の前の仕事を誠実にこなすことだけなんだから。」
そう言って篠原さんが噂をしている人達を叱りつけると、慌てて皆が自分の席に戻った。
その様子をジッと見ていると、篠原さんと目が合う。
彼女はふふっと笑った後私に告げた。
「頑張れ、餅田ちゃん。貴女と橘ちゃんの記事にかかってるんだからね。」
そう言われて私は改めて背筋が伸びる思いがした。
「はいっ。」
――私は気合を入れて仕事に取り掛かるのだった。




