【第十五話】プールサイドの秘密と、眠れぬ夜 ◇◇橘 美波視点
◇◇橘 美波視点
「ほら。高峰さん、まどかー!こっち見てー!」
パシャリ。
はにかんだ可愛い顔のまどかと、少し照れてる高峰さんのベストショットが撮れた。
「…はい、今の最高!これ、保存版!」
私の言葉に二人が笑顔になる。
(いやー、ドイツ!!空港までめっちゃお洒落だわー。お土産屋さんに木で出来た人形とか売ってるし。)
私は今まどかと高峰さん、そして先月引き継いだばかりのベルシアの皆さんと一緒に、ドイツに取材旅行に来ている。
半分無理だろうなと思って提案したのだが、あっさり通って自分でもビックリである。
(いやー、言ってみるもんだわ。)
そんなことを思いながら一人ほくそ笑んでいると、今日宿泊するホテルに着いた。
荷物を置いてからカメラと簡易的なレフ板、何種類か布や小物を持って、ベルシアの皆さんに同行する。
「餅田。カメラ、重いから俺が持つから。」
「え、でも、高峰さんにそんなこと…。」
遠慮するまどかから高峰さんが荷物を奪う。
「いいから。」
そう言って軽々とカメラを持つとスタスタと歩いていく彼を、まどかは熱を籠った視線で見つめている。
「はい、ご馳走様ー。」
私が茶化すと、まどかはさらに顔を赤くした。
「っぷ。まどか可愛い。」
そんな事を言いながらまどかの鼻をつついていると、視線を感じた。
(んん?)
何気なく後ろを振り向くと、速水社長が切なそうな顔でまどかをジッと見つめていた。
(…へ?!…まさか…。)
これでも自分は人をよく見ている方だと自負している。
――そして私の予想が外れた事は、ほぼない。
「あちゃー…。」
思わず声を漏らす。でも、それ以上は口には出せなかった。
(…まどか、可愛いもんなー。速水さん、かわいそ…。)
私は見てはいけないものを見てしまった気がして、内心複雑な気分になるのだった。
ハーブガーデンに着くと、広いガーデンの美しい緑の風景に圧倒される。
「うわぁ、素敵!!」
そう言ってまどかは目をキラキラさせている。
私も平静を装いつつ、爽やかなハーブの香り、青い空、そして現地スタッフの人の丁寧でおちゃめな説明に感動してしまう。
ベルシアの広告チームの人達は、一生懸命メモをとっている。その様子やハーブガーデンの風景を一眼レフで撮影する。
「見て下さいっ。めっちゃいい写真が撮れました!」
まどかが高峰さんに写真を見せると、
「…本当だ。いいじゃん。」
と言って、高峰さんが目を綻ばせて自然に寄り添う。
(…無意識なんだろうけど、ちょっと二人とも距離が近いんだよなぁ。)
私は一瞬、速水さんの表情に影が差したのを見て、内心溜息を吐くのだった。
―― ハーブガーデン見学が終わったあと、工場やブランドのラボを見学した。
「おっと。」
靴を履き替える時に少し躓いた私を、速水さんが支えてくれた。他のメンバーは先に行ってしまい、何となく二人になる。
「…ありがとうございます。」
「んーん、全然。気をつけてね。」
そう言って笑いかけてくる彼を、思わずジッと見てしまう。
(…この人カッコいいしスマートだから、モテると思うんだけどな。実際レセプションパーティーの時も、めちゃくちゃ黄色い声が飛んでたし。)
そんな私に速水さんがキョトンとする。
「何?」
「いえ、何でもありません。」
そう言うと、彼は首を傾げるのだった。
そして、奥でまどかは写真を撮ってはしゃいでおり、高峰さんはさり気なくフォローをしている。
――速水さんの顔が、それを見てまた曇った。
「…大丈夫ですか?」
思わず私は眉を下げる。
「ん?何が?」
そう言って彼は無理矢理笑顔を作った後、『ふぅーっ』と溜息を吐いた。
「…僕、そんなにわかりやすかったかな?」
「いえ、気付いているのは私だけかなぁと…。」
私は余計な事を言ってしまったかなと眉を下げる。
「…そっか。橘さん、気を遣わせちゃってごめんね。ねぇ、あの二人ってさ。付き合ってるの?」
そう言われて私は目を見開く。
「えっと…、」
「――正直に答えて。」
そう言われて、私は息を吐く。
「…はい。社内で知っているのは恐らく私だけですが。付き合ってます。」
すると、速水さんは少し苦しそうに笑った。
「…ははっ。そっか。それは悪い事しちゃったな。」
「え。何かあったんですか?」
私は思わず、目を見開く。
「この前、餅田さんに好きだって伝えたんだ。ちょっと困ってたのに『待ってる』って言って…遮っちゃったんだよね。」
(何ぃいいいー?!聞いてないんですけどっ!
…まぁ、まどかはそう言う事をペラペラと周りに言う子ではないか。)
「…そうだったんですね。」
「…うん。」
苦しそうな顔をする速水さんを見ていると、何故か胸が締め付けられる。
(あれ?なんで私まで、胸が締め付けられているんだろ…)
そして、私は速水さんを元気付けようとして、とんでもないことを言ってしまった。
「うーん、たまたまもう彼氏がいたから、まどかは困っていたかもしれないですけど。
速水さんに告白されたら大抵の女子は嬉しいと思いますけどね。
――ちなみに私だったら大歓迎です。」
自分で言ってしまった後に、固まってしまう。
(…何言ってんの私!)
すると、彼は目を見開いた後、くっくっと笑った。
「…いや、橘さん。君、面白いね。…ありがと。落ち込んでたけど、なんか元気出た。」
そう言って笑う彼から、何故か目を離せない自分がいた。
「ごめーん、美波ー!!逆光だからちょっとレフ板持ってもらってもいいー?」
まどかの声にハッとする。
「はーい。」
ペコリと頭を下げた私に、速水さんは目を綻ばせたのだった。
◇◇
「それでは商売繁盛を願って!!カンパーイ!」
――夜はライトアップされたプールサイドで、ホテルシェフが用意してくれたBBQディナーである。
ちなみにドイツは原則公共の場所でのバーベキューは禁止なので、今回は施設が用意してくれた電気グリルを使っている。
ベルシアの広告チームの山下さんが乾杯の音頭を取ると、皆がリラックスした表情で飲み始めた。
「美味しいっ。やっぱり本場のビールは美味しいですねぇ。」
そう言って、まどかは感動している。
ちなみにバーベキュー皿には、ドイツらしくお肉の他にソーセージやベーコンも並んでいる。
「いやー、しかしドイツのオーガニック美容は本当に進んでいますね。
何気なく入ったドラッグストアの商品にすら『BIO』マークが沢山入っていて。なんだか感動しちゃいました。」
「そうですね。日本も美容先進国ですが、どうしてもこんなに大規模な施設はなかなか作れないですしね。」
山下さんと高峰さんがビジネスの話をしながら盛り上がっている。
私とまどかは、大分旅行中に打ち解けたベルシアの皆さんと焼き野菜を取り分けたり、本場のソーセージに舌鼓を打っていた。
1時間程で大分席が散らばり、私は化粧直しをしようと席を立つ。
「あ、美波。私も一緒に行くー。」
少しほろ酔いのまどかも来たので、一緒にパウダールームに向かう。
「私ドイツって初めて来たんだけど、来れてよかったー!
ハーブ園のあの広大な景色や街並みを見た時、なんだかおとぎの国に来たかのように思えちゃった!」
そう言って、まどかは目をキラキラさせている。
「そうだね。実際元々ドイツの民話が、おとぎ話になってるパターンも多いしね。」
話している間にパウダールームに着いた。
化粧直しが終わった後、ついでにトイレに行きたくなったので『待っててもらうのも悪いから先に戻ってて。』とまどかに声をかけた。
用を済ませて一人でぷらぷらプールサイドを歩いていると。
「…餅田さん。今、ちょっといい?」
人目につかない木の陰で、少し緊張した様子でまどかに声をかける速水さんを見つけてしまった。
(うわっ。凄いタイミングに遭遇してしまった…。)
私は思わず、建物の影に身を隠す。
「…この前のことなんだけど。困らせちゃってごめんね。」
速水さんがまどかに切り出すと、まどかが慌てた様子でぶんぶんと手を振った。
「いえ、そんなっ。私もきちんとお返事していなくて申し訳ありません…。」
彼は息を吸い込むと、一気にまどかに伝えた。
「…蒼と付き合ってたんだね。知らなかったとはいえ、申し訳なかった。」
速水さんの真剣な表情に何故か、胸の奥が少しチクリとする。
(…あれ?なんで私、今胸が痛くなったんだろう…。)
すると、まどかが真っ直ぐな瞳で彼のことを見る。
「…速水社長は、素敵な人だと思います。
でも、私は高峰さんのことが好きなので。気持ちには答えられません。」
すると、速水さんが苦笑する。
「…うん。…あー。フラれちゃった。
――どうして僕の好きな人は、みんな蒼を好きになるのかな…。」
「す、すみませ…」
「――謝んないで。」
申し訳無さそうに言うまどかの言葉を彼が遮る。
「…僕を振ったからには絶対に幸せになるんだよ?――ほら、そんな顔しないの。笑って。」
そう言って速水さんが無理矢理笑う。
「…っ速水社長。」
「――これからも今まで通り仕事のパートナーとして宜しくね。僕、君のこと、信頼してるから。」
「…はい。ありがとうございます。」
まどかは話しながら、泣きそうな顔をしている。
「言いたかったのはそれだけ。ほら、みんなまだ飲んでるよ。楽しんどいで。」
言いながら、彼はまどかのことを送り出した。
まどかはペコリとお辞儀をすると、バーベキュースペースに戻っていく。そんな彼女の事を、高峰さんが心配そうに見ていた。
私はその場をボーッと動けずにいたが、やがてハッとして戻ろうとする。
ガサッ
ところがスカートが木の植え込みにひっかかって、音を立ててしまった。
「――っ?!」
驚いたように振り返った速水さんと、目が合った。
「…もしかして、橘さん。今の、見てた?」
私が申し訳なさそうに頷くと、彼が苦笑する。
「あー、マジか。僕、本当にださいな…。」
その言葉に気づいたら、口走っていた。
「っ全然ダサくなんてないですっ。
むしろ…あんな風に相手を尊重しながら伝えられるなんて、カッコイイと思います。」
すると、彼が目を見開いた後、綻ばせた。
「…そんなこと言ってくれるの、君くらいだよ。」
――しばらく並んで、プールのライトが静かに水面に揺れるのを一緒に見ていた。
少しの沈黙のあと彼が笑った。
「…ありがとう、橘さん。」
――そう言われた瞬間。
自分でも驚くくらい自然に唇を寄せていた。
一瞬触れるだけの、軽いキス。
「――っ!」
我に返った私は、慌てて身を引く。
「ご、ごめんなさい!私、今のは――」
けれど速水さんは慌てずに、少し驚いた顔のまま微笑んだ。
「……ありがと。慰めてくれたんだよね?
正直、落ち込んでたから…。嬉しかった。」
その声に、胸がじんわり熱くなる。
否定されるんじゃなくて、彼が自然に私のことを受け止めてくれた――。
その事実に、私の心臓は跳ね上がった。
「…失礼しますっ!」
顔を真っ赤にしたまま私は、逃げるようにバーベキューの灯りの方へ歩き出した。
後ろで小さく聞こえた速水さんの笑い声に、余計に耳まで熱くなってしまうのだった。
◇◇
部屋に戻ってベッドに倒れ込むなり、私は枕に顔を埋めて叫んだ。
(な、何あれ!なんで私キスしちゃったの!?)
頭の中で、プールの青い光の下で微笑んだ速水さんの顔が、何度も何度もリピートされる。
『……ありがと。慰めてくれたんだよね?
正直、落ち込んでたから…。嬉しかった。』
その声を思い出すたびに胸がじんわり熱くなって、シーツをぎゅっと握りしめる。
「――っ、違う、別に酔ってただけで、深い意味なんてないんだからっ、」
そう自分に言い聞かせても、心臓はばくばくと鳴り止まない。
(…やばい。これ、絶対寝れないやつじゃん…。)
私は一人、枕に顔を埋めながら悶えるのだった…。




