【第十四話】火種を残した恋と、新たな旅立ち◇◇高峰 蒼視点
◇◇高峰 蒼視点
家の玄関が閉まって二人きりになった瞬間、まどかをドア側に追い詰めて、荒々しくキスをする。
「ちょっ、蒼さん、っん、」
唇が離れた瞬間、低い声で問い詰める。
「……説明してもらえる?」
すると、まどかが少し怯えたような顔をした。
(…っ、こんな顔をさせたいわけじゃないのに。)
先程の西山の言葉が、脳裏を過ぎる。
『さっき、会社の近くで取引先の社長に、抱きしめられてましたよね?!あれ、彼氏っすか?!』
…正直、嫉妬で気が狂いそうだった。
あの時、なんとか心の中で『落ち着け、仕事中だ。』と心の中で自分に言い聞かせながらも、その事が頭からずっと離れなかった。
「あ、あの。打ち合わせ終わりに、速水社長に相談したい事があるって呼ばれまして…。」
言いながら、まどかが眉を下げる。
「…それでノコノコついて行ったのか?」
思わず俺は唸るような声で言ってしまう。
「ご、ごめんなさいっ。仕事の話だと思ったので!まさかあんな事を言われるなんて私…。」
俺はまどかの言葉を遮るように、低い声で問い詰める。
「…告白でもされた…?」
その言葉に、まどかは気まずそうに目を逸らす。
(…これは図星だな。)
「…何て答えたの?」
するとまどかは、ポツポツと話し出す。
「…最初は冗談かと思ったんです。すぐにお断りしようかと思ったのですが。その、遮られてしまいました…。」
その言葉に少し感情的になってしまう。
「――少しは自覚しろよ。」
すると、まどかは目を見開く。
「…何を、ですか?」
俺はグイッと彼女を引き寄せる。
「…だからっ、まどかは凄く可愛いんだからっ!俺がいつもどれくらいヤキモキしているか考えたことある?!」
その言葉に彼女は驚いたようにジワジワと顔を赤くする。
「え、えと。蒼さん…?それ、怒られているのか、褒められているのか、わかんないです…。」
その顔に、不覚にも胸がぎゅうっと締め付けられる。
「――っだから!!…そういう顔、俺以外に見せるなって言ってんの!」
吐き捨てるように言ったのに、気付けばまどかの頬に指先を優しく這わせてしまう。
(くそ、どうして俺は…。怒っているのに、結局甘やかす事しかできないんだ。)
すると、まどかは何故か照れたような顔で俺を見つめてくる。
「…蒼さんに、ヤキモチ焼いてもらえるなんて光栄です。」
「――なっ、」
思わず顔が沸騰しそうになる。
「…でも、私なんかが本当に蒼さんを独り占めしていいのかなって…ちょっとだけ不安になる時もあります。」
小さな声でそう呟いた彼女の瞳を見て、胸がかき乱される。
「……バカ。そんな事言うなよっ。」
気付けば抱きしめる腕に力を込めていた。
「…でも。蒼さんがそんなに必死に怒ってくれるなら。たまには誰かに好かれるのも、悪くないかもです。」
そう言って笑ったまどかが、余りにも可愛くて。
俺は胸の奥に積み上げていた理性の砦が、一瞬で瓦解していくのを感じた。
そんな俺の気持ちなど知りもしないまどかは、照れくさそうに続ける。
「――だって、蒼さんが好きだから。」
潤んだ瞳で見つめられて、思わず俺は彼女を強く抱き寄せる。
(くそ……こんなの、勝てるわけないだろ。)
「…俺が君を守るから。」
頬に触れた肌が温かくて、心のざわめきまで溶けていく。
「…はい。ありがとうございます。」
安心しきった顔のまどかに、俺は苦笑する。
「……俺、まどかには甘いんだな。」
すると、彼女が照れくさそうに笑った。
――その笑顔を見たら、もうどうでもよくなった。
嫉妬も、不安も、全部。
「…好きだ。どうしようもないくらい。」
結局俺は、愛しい気持ちには勝てなくて。
彼女の唇を、そっと、甘く塞いだ。
――夜は、優しく深く更けていった。
◇◇
――隣で穏やかな顔で眠るまどかを見ながら、ふと、昔のことを思い出す。
大学の頃、同じマーケティングのゼミに所属していた速水圭吾と俺は、タイプは違うのに何故か妙に気が合った。
ストイックで物事を淡々とこなすが、母親に似ておせっかいな性格の俺と、人懐っこくて少し派手な圭吾。
真面目な場面では俺がフォローし、遊びの場では圭吾が場を仕切る。気付けば、互いに足りない部分を補い合うような関係だった。
――だが、社会人になってからの圭吾は、どこか変わった。
圭吾は仕事で出会ったリサと付き合い始めてから、随分と女性に対して誠実になったように思う。
(あの圭吾がな…。随分落ち着いたもんだ。)
そんな事を思いながら、微笑ましく見守っていたのだが。
――なんの因果か、俺が編集長である『JOUR』の専属モデルを、リサが務めることになったのだ。
ある日、ちょっとした撮影トラブルを俺が解決してから、リサから食事に誘われるようになった。
最初は『まさかな。』と思っていたのだが。
「悪いけど友人の恋人と、二人で食事に行く気にはなれないから。」
と伝えたところ、なんとリサは圭吾と別れて俺に告白をしてきたのだ。
もちろん断った。
だが、正直にリサが圭吾へ伝えた『俺を好きになったから別れたい』という一言が――すべてを壊した。
ちなみにその後、リサはあっさり別の相手と幸せそうにしている。
結局、火種だけ残して去っていった形だ。
…残ったのは、俺と圭吾の『わだかまり』だけ。
(だが、もう過去のことだ。問題は今だ。
…アイツに彼女ができれば、自然にまた仲良くなれるかも、なんて思っていたが。
――まさか次に好きになるのが、まどかだとはな。)
…友人が、今度は俺の大切な人を好きになってしまった。
その事実に胸の奥に重い溜息が落ちた。
◇◇
――一週間後。
俺とまどかと橘、そして篠原は4人でベルシアの本社に来ていた。
今日は篠原が、橘にメイク部門の担当者として引継ぎをする日である。
ついでに、ヘア部門のまどかの初稿の確認やイベントの提案なども行われる予定だ。
先日、圭吾に告白されて以来初めて会うからか、まどかは少し緊張した顔をしていた。
エレベーターの中で、
「――大丈夫だ。いつも通りの餅田でいれば、いいから。」
と言うと、餅田は目を見開いた。そして、
「はいっ。」
と花が咲くように笑った。
すると、篠原がそれを見て目を見開き、橘がニヤニヤしながら
「こんな所でイチャイチャしないでくださーい。」
と言ったのだった…。
先方の応接室に通されると、いつもの広告チームのメンバーと圭吾が対応してくれた。
「…そうですか。ついにうちもメイク部門の担当の方が変わるんですね。
篠原さん、4年間担当してくださって、本当にありがとうございました。」
圭吾は篠原に感慨深そうにお礼を言った。
「いえいえ、大したお力になれたかわからないですけども。速水さん、こちらが新しい担当の橘です。」
篠原の言葉で、慌てて橘が挨拶をする。
「新しくメイク部門の担当をさせて頂く橘美波です。よろしくお願いします。ヘア部門の担当の餅田とは同期です。連携して良い提案が出来るよう、これから頑張ります。」
「…そっか、二人は同期なんだね。これから宜しくね。橘さん。」
そう言って圭吾が顔を綻ばせた。
――引継ぎは順調に進み、打ち合わせは終盤に差し掛かった。
まどかも圭吾がいつも通りだったからか安心したようで、変わらず様々な提案をしていた。
「これからね。うち、オーガニックの商品に力を入れようと思っているんだよ。
だから今度、広告チームと僕で『ドイツのオーガニックコスメ市場調査』に行くんだ。
現地ブランドとの提携や輸入化粧品の扱いを検討中でね。」
圭吾がそう言うと、まどかと橘は目を輝かせる。
「わぁ、ドイツですか。素敵ですねぇ。」
そう言ってうっとりとしているまどかに、広告チームの山下さんが頷く。
「3泊5日でハーブガーデンや工場見学も行くんです。
ドイツはオーガニック化粧品の先進国なので、色々と学ぶのが楽しみです。」
すると橘が何か思案顔をした後、名案を思いついたとばかりに俺の方を見てきた。
「…それって、うちの雑誌でドイツの視察の風景やコスメの勉強をしている所、新商品と一緒に紹介すればすっごく映えそうじゃないですか?
高峰さん!私達も取材にドイツに行きましょうよっ!」
なんと突然そんな事を言い出した。
(…橘、絶対まどかと、ただドイツに旅行に行きたいだけだろっ!)
俺は心の中でツッコミを入れるが、圭吾もなんとノリノリである。
「いいね!特集ページを組んでもらえるなら、うちで喜んで旅費も出すよ。
もっとうちの商品のことを知ってもらいたいし、『JOUR』で企業努力もアピールできるなら一石二鳥だ。蒼、問題ない?」
「…ああ、それは大丈夫だが。」
俺が眉を下げると圭吾はニッコリ笑う。
「決まりだねっ。
じゃあ僕達と蒼と餅田さんと橘さん…か。
せっかくだから引き継いだけど長年お世話になったし…篠原さんもこない?」
すると、篠原は残念そうに眉を下げる。
「…めちゃくちゃ行きたいですけど、まだ子供が保育園なので厳しいですね。
高峰さん、写真沢山見せてくださいよ。」
その言葉に、俺は篠原に家族で食べられそうな美味しいお土産でも買ってこよう、と決意するのだった。
「じゃあ、『JOUR』のメンバーは3人ね。
了解!日程や飛行機とかもこちらで手配するから
、詳細は後日メールするね。」
嬉しそうに浮かれるまどかと橘を見て俺は内心溜息を吐く。
(…何事もなければいいんだけどな。)
まどかと取材旅行に行けるのは嬉しいが、恐らく旅行中に圭吾は何か行動を起こしてくるに違いない。
「ああ、ありがとう。…宜しく頼む。」
俺は不安を誤魔化すように圭吾にお礼を言った。
――こうして俺達は3泊5日の取材旅行に行く事になったのだった。
◇◇
――数日後。
俺たちは成田空港からドイツ行きの便に乗り込んだ。
取材旅行ということもあり、カメラや小物など必要な備品も多かったので、大きな荷物は先に現地のホテルに郵送してある。
「わぁっ!飛び立ったぁっ!」
まどかは窓に顔を寄せて、目を輝かせながら外の景色を追っている。
小さな子供みたいに嬉しそうにはしゃぐ姿に、俺は思わず口元が緩んだ。
(…本当に。まどかと一緒にいると退屈しないな。)
隣で橘も嬉しそうに、はしゃぐまどかをスマホで撮っている。
「今日のまどかのワンピース超可愛いっ!高峰さんもそう思いませんっ?」
そう言ってニヤニヤした目で俺を見てきた。
「ああ、似合っている。」
俺の言葉にまどかはジワジワと顔を赤くして照れている。
(あー…。堪らん。)
斜め後ろの席の圭吾はそんな俺達3人のやり取りを複雑そうな顔で見た後、どこか決意めいた瞳をした。
…旅の始まりから、すでに一筋縄ではいかない気配が漂っていた。
――3泊5日のドイツ。
この旅が、俺たちに何をもたらすのか。胸の奥が妙にざわついて仕方なかった。




