【第十三話】「ふーん、そうなんだ。」
「餅田まどかちゃんね。
いやー、受付に超可愛い子がいるなって噂になってて。
普通にモデルかタレントかなって思ってたんだけど、社員って聞いてビックリして、覚えてたんだぁ。
宜しくねっ。」
そう言ってリサさんはニッコリと笑った。
(な、なんかめっちゃいい人?
…こんなに綺麗で性格もいい人が高峰さんのことが好きなんて、私、勝ち目ないんですけど…。)
そう思い、私は心の中で青褪める。
「…はい。宜しくお願いします。ヘア記事で何か一緒にお仕事する機会があれば是非お願いします…。」
(私今、大丈夫だよね?ちゃんと喋れてるよね?
…頑張れ。頑張れ、自分。)
そう思いながら、動揺を悟らせないように淡々と笑顔を作る。
「やーん、超可愛いっ。今度ヘアアレンジ特集とかがあったら、私もモデルになるから宜しくねん。」
そう言いながら、彼女はフワリと笑いかけてくれた。
(…あ、めっちゃ美人で、優しさと気さくさ滲み出ててヤバい。すみません、なんかもう負けました。私が村娘ならあっちがお姫様って感じ…。)
――私の脳裏に、何故か農民の格好をした蒼さんに村娘の格好をした自分が食ってかかっているのが浮かぶ。
『蒼どん、ひでぇだっ!オラのこと好きだって言ってたでねぇかっ!』
後ろには、木の上でくノ一の格好をした美波が『ニンッニンッ!』と言いながら、同意するように蒼さん、もとい蒼どんを威嚇している。
すると、蒼どんが
『すまねぇ、おまどっ。でも、俺には好いた女子ができちまったんだ…。』と苦悶の表情を浮かべる。
すると、後ろから綺麗な着物を着たリサさんが来た。
蒼どんがパッと顔を輝かせる。
『りさ姫っ!』
『あら、蒼、この娘は誰?娘、良かったら私が家来にしてあげるわ。』
その美しさに、私は思わずひれ伏す。
『ははー!!!!』
すると、後ろで興奮していたくノ一美波がキレて、煙幕を投げつけた。
「――えっと、餅田さん?大丈夫?」
(…はっ!!)
リサさんにそう言われて、我に返る。
「だ、大丈夫ですっ。」
すると蒼さんが、
「餅田。せっかくだから、皆さんを一緒にお見送りに行くか。」
と声をかけてきた。
「は、はいっ!」
私は混乱しながらも頷くのだった。
会社のエントランスのところで皆さんにご挨拶していると、リサさんがニッコリ笑ってプレスの皆さんと高峰さん、そして私に声をかけてきた。
「じゃあ私、このあと主人が迎えに来てるからお先に失礼しまーす。」
その言葉に私は目を見開く。
(…え、主人…?)
すると入り口の方で、高級スーツ姿の――お金持ちそうな頭頂部の寂しいおじさんが両手をぶんぶん振っている。
「リサちゃーん!」
「あ、タケルっちー!」
リサさんが嬉しそうにご主人の元に、手を振りながら歩いて行った。
「餅田。あの人、リサの旦那さん。鳳凰堂の執行役員の村野さん。」
「…あ、そうなんですね。」
(……なんだろう、ものすごく安心した。)
私は心の中で、安堵の溜息をつくのだった。
◇◇
今日はベルシアの皆さんとの、打ち合わせである。
近くにたまたま広告チームの方達と仕事でいらっしゃっているということで、打ち合わせ場所は『ヒトトナリ社』の会議室になった。
私は全員が入れる広さの会議室を、社内システムで予約しておいた。
予めパソコンをモニターに繋いで、接客用のペットボトルのお茶を用意しておく。
(よーし、今日からいよいよ独り立ちだっ!)
大きなイベントも終わり、そろそろ私もクライアントから大分信頼されてきたという事で。
今日は蒼さんの付き添いなしで一人で接客することになっている。
社内システムからお客様が到着したという通知を受け取り、私はエントランスへと急いだ。
エントランス前に着くと、皆さんは応接用のソファに腰掛けて雑談していた。
「皆さん。わざわざ来てくださって本当にありがとうございます。10階に会議室をお取りしていますので、一緒に行きましょう。」
私の言葉に速水社長が目を綻ばせる。
「近くに用事があったからこっちにしてもらっただけ。今日は宜しくね。」
「はい!」
私はそう答えると、皆さんにゲスト用のパスカード入りホルダーをお渡しする。
エレベーターの中に入ってガラス張りの窓から見える景色を見ながら、皆さんと雑談する。
「へえー。あの建物、今工事してるんだね。」
「はい。商業ビルが出来るみたいでして。地下鉄直結で、地下と一階がグルメ街、上層階はホテル、それ以外はオフィスになるそうです。」
そんな事をお話ししていると、エレベーターが10階に着いた。
皆さんを会議室にお通しして、ペットボトルのお茶をお渡しする。
――今日は社内システムで集計したベルシア直営のヘアサロン集客の振り返りと、先方の意向を聞きながら来月号の打ち出しを提案することになっている。
「改めまして、今日はお越し頂いてありがとうございます。イベント後の反響等はいかがですか?」
私の言葉に山下さんが頷く。
「順調に伸びてます。あのイベントそのものもsnsで一般の方経由で拡散されまして。どうやらインフルエンサーの子が人気だったからみたいなんですけど。
我が社としてはかなり美味しい感じですね。また季節商品が出たら是非街頭イベントをやりたいです。」
そう言って眼鏡を光らせた。
「いいですねぇ。ちなみに次に新商品を出す予定は決まっているんですか?」
私の言葉に速水社長が頷く。
「ああ。クリスマスに限定パッケージの商品を出すんだ。えーっと、山下。デザイン案持ってる?」
そう言われて山下さんが、タブレットでデザイン案を見せてくれた。
蓋のあるヘッド部分の色がゴールドで、ツリーをモチーフにしているらしい。ボトル部分には可愛らしい凹凸の意匠が施してある。
「わあ、可愛いですねぇ。
これ、かなりSNS映えしそうですよ。
例えば、カスタマーが写真をSNSに拡散する事で応募出来るキャンペーン等を、やってみたらいかがでしょう?
デザインが可愛いので一気に広まりそうです。
11月くらいになったらキャンペーンのQRコードを『JOUR』に掲載してみるとか。
雑誌で予告出来たら、クリスマスに向けてカスタマーが動いてくれそうですよね。」
その提案に、速水社長のテンションが上がった。
「いいねぇ。勝手にカスタマーが宣伝してくれるなら万々歳だ。」
「イベントをやるならその時期にやりたいですよね。」
そんな事を話しながら和やかに打合せは進んだ。
「それでは、今日の打合せは終了させて頂きますね。皆さんありがとうございました。」
私が頭を下げると、山下さんが嬉しそうに頷いてくれた。
「餅田さん、いつもいい提案くださって、本当にありがとうございます。なんだか僕も楽しみになってきました。」
「えへへ。またイベントや記事のスケジュールが決まったらご連絡しますね。」
そんな私と山下さんを速水社長が微笑ましげに見つめている。
「じゃあ皆は先に会社に戻っていてくれるかな?ちょっと餅田さんに僕、個別に相談したい事があるんだよね。」
速水社長の言葉に山下さんは目を輝かせる。
「もしかして引き抜きですか?!社長、頑張ってくださいっ。」
そう言って皆さんはエントランスを出て行って、私と速水社長二人が取り残された。
「えっと、速水社長。私の時間は大丈夫なのですが、会議室の時間がちょっと…。」
私の言葉に彼が笑う。
「あ、大丈夫だよ。二人でゆっくり、歩きながらでも話そっか。」
「はい。あ、では一応社内の共有スケジュールの打ち合わせの時間だけ変えさせて頂きますね。」
私はスケジュールアプリを開いて、会議の時間を1時間延長する。
「出来た?突然時間を取ってもらってごめんね。じゃあ行くよ。」
速水社長は微笑んでから、歩き出した。
「実は前から一度、ゆっくりお話ししたいと思ってたんだ」
(――何だろう?もし本当に引き抜きだったらお断りしなきゃいけないけれど。頼りにして頂けるのはありがたいな。)
「ありがとうございます。嬉しいです。」
そう言って私が微笑むと、一瞬彼が惚けたように固まった。
「…どうかしました?」
「――餅田さん、君と一緒にいると心が和む。」
その言葉に私はキョトンとする。
「…はぁ、ありがとうございます。」
(ん?この人何が言いたいんだろう…。)
「引き抜きだと思った?――違うよ。」
そう言って彼は切なげに笑う。
「あ、そうだったんですね、じゃあ何を…。」
その言葉に彼は深呼吸してから、切り出す。
「君と一緒にいる時間が増えたらいいのにって、ずっと思ってた。
――僕が欲しいのは、君の才能じゃなくて君そのものなんだ。」
その言葉に私は目を見開く。
「え…?」
すると、速水社長が私を真剣な目で見つめる。
「…僕はね、餅田さんが好きなんだ。」
その言葉に思わず赤面する。
「…や、やだー。冗談よしてくださいよぉ、だって…」
「――冗談じゃないよ。」
そう言った彼の目は真剣だった。
心臓がバクバクと早鐘を打つ。
「…え、でも…。」
言いかけた私に速水社長は遮るように低い声で言った。
「――君の口から否定の言葉は聞きたくない。」
動揺して思わず後ずさる私の手を、彼が包む。
「返事は、すぐじゃなくてもいい。だけど僕の気持ちは変わらない。」
そう言って一瞬私を抱き寄せた後、低い声で囁いた。
「…待ってるから。」
そう言ったあと、名残惜しそうな顔をして、踵を返してしまった。
――一人取り残された私は、突然の出来事に呆然と立ちすくむ。
…ふと、背後から気配を感じて振り返ると、誰かの影がビルの裏にサッと消えた。
(……今の、もしかして見られてた?)
私は背中に嫌な汗が伝い落ちるのを感じるのだった。
◇◇
会社に戻ると、蒼さんに話しかけられた。
「餅田、今大丈夫か?ちょっと話したい事がある。」
「はい、何でしょうか。」
そう言って私が腰を上げると、別室に呼ばれた。
(…な、何だろう?まさかさっきの件、早速耳に入ったとか…?)
心臓をバクバクさせていると、二人きりになった会議室で蒼さんがふっと表情を緩める。
「何そんなに緊張してるんだ?いい話だ。」
その言葉に、私はキョトンとする。
「…え。」
「まどか、『UMAMI』にいた頃、社内の原稿コンペに参加していたんだろ?その結果が出て。
――おめでとう。まどかが大賞に決まった。頑張ったな。」
そう言って頭をポンっとしてくれた。
「――っ!!やった!本当ですか?!」
(…すっかり忘れてたけど嬉しいっ!)
思わず興奮して立ち上がる私を、彼が優しい顔で見ている。
「…ああ。で、次の定例会議でスピーチしてもらうから。話す内容を考えておいてくれ。」
「はいっ!」
すっかりテンションが上がってしまった私は、会議室を出て蒼さんとルンルンで廊下を歩いていた。
すると、向こうから何か含み笑いをした西山君がパタパタと駆け寄ってきた。
「餅田さん、僕、見ちゃいました!!」
「えっ?」
私は思わず固まる。
「さっき、会社の近くで取引先の社長に、抱きしめられてましたよね?!あれ、彼氏っすか?!」
「なっ……!?ち、ちがっ…!!」
(ぎゃー!!何無邪気に蒼さんの前で言ってるの、西山君っ!
ていうか、あの時いたの西山君だったんだ!)
顔が真っ赤になる私の横で、高峰さんが無表情のまま口を開く。
「……ふーん、そうなんだ。」
「ち、違うんですってば!」
慌てて私は否定する。だけど口元は笑っているのに蒼さんのその瞳は、冷たいほどに静かだった。
(やば……これ、大魔神モードに入った!!)
私は恐怖でガクガクと震える。
蒼さんは、西山君の前で私に淡々と述べる。
「餅田。変な相手に引っ掛かったら人生台無しだぞ。
だから今日の仕事が終わったら、俺がゆっくり話を聞いてやるからな。『人生相談』だ。
――上司として。」
(ひいいいいいっ!!!)
その日、私は終業のベルと共に高峰さんに連れ出された。
「あれー?餅田ちゃん、高峰さんと飲みに行くのー?」
「いーなー。」
そんな事を話す女子社員達に、西山君がヘラヘラしながら返していた。
「あー、なんか『人生相談』らしいっすよ。」
(西山君のアホーーー!!)
私は心の中で叫ぶのだった。




