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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Smile

作者: LUCE

人は誰しも人の笑顔が怖いと思った経験があるのだはないか?笑顔は副作用に溢れている。そしてあなたもその屈託のない笑顔で他の誰かを殺しているかもしれない。


会社の雰囲気が変わったのは、彼女が入社してからだった。

  

「おはようございますっ!」


 朝礼のたびに、新人の女性社員・神宮寺ゆかは歯の浮くような笑顔を浮かべる。白い歯、わずかに傾げた首、親しみを感じさせる目のしわ。まるで広告から飛び出してきたような“完璧な笑顔”だった。


 最初はみんな、その笑顔に癒されていた。


「やっぱ若い子がいると、空気が明るくなるね」

「営業も取れてるみたいよ。愛嬌って大事ね」


 でも——その笑顔の裏で、誰も気づかない何かが起きていた。


            ※

           


 最初の異変は、課長の過労死だった。


 机に突っ伏したまま動かなくなった彼は、死の直前、誰かに向かって微笑んでいたという。


 次に営業部のエース社員が、突然の失踪。

 彼は神宮寺と外回りから戻ったきり、二度と会社に姿を見せなかった。


 警察は何もつかめず、会社は「プライベートな事情」として片づけた。


 しかし俺は、神宮寺ゆかに違和感を覚え始めていた。


            ※


 彼女の笑顔は、どんな時も崩れない。


 ミスをしても、クレームが入っても、社内の誰かが怒鳴られていても——笑っている。目が笑っていないわけではない。むしろ完璧に“笑顔”なのだ。


 それが逆に怖かった。


 ある日、コピー機の前で彼女とふたりきりになったとき、ふと聞いてしまった。


「……なんでいつも、そんなに笑っていられるの?」


「え?」


 彼女は少し首をかしげて、ふっと微笑んだ。


「だって、笑顔って……人を動かせるから」


 一瞬、目の奥で何かが光った。理性を超えた、獣のようなものが、そこにいた。


            ※


 その日の夜、俺は彼女の名前をネットで検索した。すると、奇妙な記録が出てきた。


 旧姓・「佐藤ゆか」。かつて地方都市の高校で、生徒会長として絶大な人気を誇っていた。だが在学中、担任教師が自殺。周囲は口を閉ざし、事件は迷宮入り。


 大学では、サークルの代表が事故死。

 そして今、うちの会社でふたり目。


 どの写真も、彼女は笑っていた。


 誰かが死んでも、何があっても、変わらない笑顔で。


            ※


 俺はある晩、神宮寺の後をつけた。


 彼女は誰もいない公園に入り、ベンチに座ってスマホを見ていた。しばらくして、通りすがりの老人が話しかけてきた。すると彼女は、にっこりと笑った。


 ……その老人は、その翌朝、公園のトイレで倒れているのを発見された。


 死因は心臓発作。


 監視カメラはなかった。ただ、通報したのは彼女だった。


            ※


 俺は確信した。


 彼女の笑顔には、なにか“作用”がある。


 それは薬物でも、催眠でも、説明できない。けれど確かに、人を殺している。


 いや——もしかすると、人は彼女の笑顔に“自ら”殺されているのかもしれない。


 その笑顔を見た者は、自分の「何か」を見抜かれたように、追い詰められ、壊れていく。


            ※


 翌週、俺は会社を辞めた。退職届を出すと、彼女は例によってにっこり笑って言った。


「さびしくなりますね」


 俺は答えなかった。ただ、その笑顔を二度と見ないよう、まっすぐ出口に向かった。


 けれど最後に、どうしても一度だけ、振り返ってしまった。


 ……彼女はまだ、笑っていた。


 まるで——「お前もいずれ壊れる」と言っているように。


 彼女の笑顔には、魂がなかった。

 あるいは、俺がそう見てしまっただけかもしれない。


           ※


 会社を辞めたのは、ちょうど一年前の春。


 その理由は一つ。

 神宮寺ゆか――あの女の、“笑顔”だった。


 彼女が笑いかけるたびに、誰かが壊れていった。

 課長の突然死、営業エースの失踪、そして公園の老人の死。


 そして何より……俺自身が、彼女の笑顔に怯えるようになった。


            ※

            

「彼女の笑顔には“何もない”。」


 それに気づいたとき、心の底が冷えた。

 優しさも、喜びも、怒りもない。

 完璧なフォルムをしているくせに、中身だけが抜け落ちている。


 それは、まるで人間の皮をかぶった空洞だった。


            ※


 俺は退職後、彼女の過去を調べ始めた。

 地方都市の高校、生徒会長時代。

 その裏で、いじめの首謀者が謎の転校。

 大学時代、カリスマ的な人気を集めたボランティア活動。

 その中で自殺者が一名、失踪者が一名。


 どれも表向きは“偶然”だった。

 そしてどの記録の中にも、彼女の“笑顔”が写っていた。


           ※


 一年後。

 彼女は新たな場にいた。


『スマイルメソッド』という自己啓発セミナー。

 笑顔の力で人生を変える、と謳うセミナーの講師として、満面の笑みを浮かべていた。


 俺は偽名で潜入した。

 講義中、彼女はこう言った。


「人は、笑顔を信じたい生き物です。

 信じた瞬間、人は“扉”を開ける。

 その扉の奥に、何があるかなんて考えません。」


 俺は笑わなかった。

 周りの参加者たちが恍惚とした目で笑う中、俺だけは無表情で見つめ続けた。


 そのとき、彼女がほんのわずかに、まぶたを震わせた。

 あの女に“揺らぎ”が走ったのを、俺は確かに見た。


           ※


 セミナー後、彼女は俺に話しかけてきた。


「……久しぶりですね。忘れてませんよ」


 笑っていた。相変わらず、完璧な笑顔。


 でも俺は、今はもうそれに飲まれない。


「お前の笑顔は、空っぽだ」


 俺はそう言った。


 彼女は一瞬だけ黙り込んだ。そして——


「……そう。だから、人が入ってくるのよ」


 そう呟いたとき、その笑顔の裏側に、ようやく“闇”が見えた。


             ※


 彼女は人の“善意”を引き出し、それを吸い上げる。

 人が安心して、心を開き、信じたとき——そこに“何か”が流れ込む。


 それは彼女自身の意思ではない。

 空っぽの器が、人の感情を写し取り、“その人の一番壊れやすい場所”を突く。


 彼女の笑顔は、鏡だ。

 相手がそこに“希望”を見るとき——希望は必ず裏返る。


            ※


「あなたが壊れなかったのは、あなたが“希望を持ってなかった”からよ」


「……ああ。お前の笑顔なんか、信じたこともない」


「じゃあ、最後に聞くわ。あなた、自分の笑顔……まだ、覚えてる?」


 そう言われて、俺は答えられなかった。


           ※


 帰り道、ビルのガラスに映る自分の顔を見た。


 ……笑顔が、思い出せなかった。


 ただの表情なのに、もう二度と浮かべられない気がした。


 笑顔の奥に潜む闇——それに触れてしまった俺は、もう、誰かをまっすぐ見つめることすらできない。

笑顔=善意の象徴が、実は“中身が空の器”であること。

そして、空っぽの笑顔に“自分の期待”を投影した者から壊れていく。「笑顔」という“希望”にある種の“毒”が潜んでいる。どんなものでも二面性が存在する。


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