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EP5:退ける弓:10年前

 リセは歩き続けていた。


 それは幼さを残す少女の肉体には、どれだけの苦難であったのか。


 かつて瑞々しく透明であった白い肌は、無惨にも日に焼かれひび割れている。


 恥ずかしがり屋の彼が、一度だけ褒めてくれた美しい髪。金の光をまとう絹糸のような長い髪は、無残にもくすみ、抜け欠けて色をうしなっていた。


 弱まっていくリセを追う影がある。


 黒ずんだいやらしい獣たちだ。


 彼らは長く生きたからか、とても賢く。リセの持つ光が致命的だと知っている。弱まるのを待っているのだ。その金色の光が己を照らし透かさぬよう。


 ついにリセの足が止まる。


 いや、動こうと、前に進もうとはしているのだ。まだ倒れはしないが、それも残酷な時の前にいずれ膝を屈するだろう。


 耐えているリサを、夕日が赤く染める。光が染み渡るように薄れていくのだ。世界がリセを喰らい尽くそうと、責め立てる。


 いよいよ獣たちが距離を詰め、するすると音もなく囲みこもうとする。

闇が金色を塗りつぶす夜は間近だ。


 その時、突然に夕闇を払い白く清浄な光の柱がリセを包み込む。


(よくぞ、たどり着きましたリセ)


 リセの背後に光ににじむ人影が現れる。


 まさに対局。獣達と同じ様に揺れ動く炎が輪郭を描くが、なんという清冽な光。

女性に見えるその人影は、やんわりとリセを支えながら少しだけ余裕のない声で話し出す。


(リセ、良くお聞きなさい。時間があまりありません。)


 正しく月の化身ような銀色の人影は、柔らかそうなマントや布地のうえに、透き通る美しい金属質の鎧をまとっていた。


 流れ落ちそうになる銀の奔流たる長い髪を軽くかきあげ、その手にはいつの間にか銀色の弓を持っていた。


(1度しか見せられないでしょう。見逃さないように。さあ瞳を癒やします、焼き付けなさい。)


 半ばふさがっていたリセの目蓋に、ここまで導いた灯火がやどる。鳶色だった瞳は金色に輝いている。


「め…めがみさま?」


 くっきりとピントが合い、銀色の炎を見つめた。幼い頃母に読み聞かせられた、神話のような美しい人影にリセは目を向ける。


 柔らかく微笑した人影が、次の瞬間苛烈に獣達を見据える。


(いま…楽にしてあげますね)


 流れるように弓を引き分け、美しき会に入る。

 一瞬の静かな間を経て、矢を放った。矢筒も持たぬはずが、いつの間にか複数の矢が、まるで天の星辰が裂けるかのように空を穿つ。群れ集まっていた黒き獣たちは次々と貫かれ、黒い霧となって掻き消えた。

 ゆっくりと残心を解き、空気が和らぐ。


(これが獣達を唯一退ける弓です、受け取りなさい)


 弓を手渡して一歩離れた人影が、月を見上げる。そこには次々と巨大な光が集まってきている。その神々しくも荒々しい光にさらに輪郭をにじませながら人影がリセを包みこむ。


(…時間切れのようです)


 そっと優しく抱きしめて、離れた人影が真っ直ぐに見つめ伝える。


(その光をなくしてはいけませんよ)


 甘い香りと、ぬくもりだけが残った。

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