EP4:喰らうもの:10年前
黒い獣。
いや、獣とは違う、漆黒の巨大な何か?それの輪郭はゆらゆらと揺れる漆黒の炎で縁取られていた。
『お前はまだ喰らわずにおくよ』
それは、不思議に染み込むような落ち着いた声を出した。
恐怖に固まっていたカアレの耳に、するりと入り込んできた。
バリっバリ…
それの輪郭の下で、さっきまで共に逃げていた男の子が震える。
ーーくっ喰ってる
再び根源から来る震えが、カアレを痺れ揺らす。
ーーーこないで
『お前が一番うまそうだったからね。最後までとっておいたのさ』
まるで心の中を読まれたように、獣が告げる。ここに至るまでカアレは逃げながら、こちらにはこないで!と念じていたのだ。
カアレは明確に認識せずとも、自分以外を犠牲にしてでも逃れたいと願った。それを見透かされたようで、一層の恐怖とぬらりとした嫌悪を感じた。
獣が立ち上がる。
いや立ち上がったように形を変えた。音もなく近寄る足元から、比較的小さな獣が這い出す。
何故か責められたような気がして、カアレは気付いてしまった。
恐るべきことに、その大きさは先ほどまで喰われていた、別の少年のものだった。
一瞬浮かんだ嫌な想像を肯定するように獣の輪郭が震える。
『喰らい尽くされた者は…喰らわずには満たされぬ獣となるのだ』
カアレの脳が理解を拒む。まさか…まさか
『わたしもまた、かつて喰らわれたものだよ。ずいぶん昔のことで今では思い返すこともないがな。』
漆黒の獣の、いやそれはカアレが理解を拒んだ形。人型の漆黒がするする近づいてくる。
『長く生きた獣は、強く賢くなるのだよ。生きた年月に比例して』
遂に獣の指先がカアレに届く。それは鋭く禍々しいカーブを描き、突きつけられた。
『そして、一定の年齢を超えると。獣を生み出せるようになるのさ。』
震えるだけで、麻痺したかのように動けないカアレの額に、音もなく爪が入り込む。
『お前は大変美しい魂をもっているね…さぞ強い獣になるだろうね』
カアレの強く結ばれた眦から、枯れ果てたかと思っていた涙がにじむ。
『おや?この不快な光はなんだ?お前の中に金色の光が残滓となってこびりついているなぁ?』
獣の見えないはずの唇が確かに弧を描いた。笑ったのだ。
『ほうほぅ!このむすめか。なんとも汚らわしく醜い光!』
その瞬間カアレの全身から黒い獣を吹き散らすほどの、真紅の光が吹き出す。
『サワルナ!!!』
怒り、焦燥、否定
カアレ。いやカアレだったものから、ひび割れ硬い物どおしをすり合わせるような不快な叫びがあがった。その輪郭を赤い炎の光が縁取る。縁取りの中を赤い憤怒の光が満たしていく。
喰らわれずに、喰らうものとなった獣。
それが最恐と呼ばれる獣が生まれた瞬間であった。
真紅の獣。




