開けてはいけない箱 ≪微ホラー作品≫
家には開けてはいけない箱がある。2階の一番奥の部屋、オルゴールのような小箱。夫からは、
「いいか? あれは俺のばあさんから貰った大切なものだ。絶対に開けるなよ」
「見たことあるけど…オルゴールじゃない? 壊れてたりするの?」
彼はギロっとこっちを見る。
「違う、あれは開けちゃダメなんだ。中には大事なものが入ってる」
当時、彼の祖母は亡くなってから4年くらいできっと形見の様な物が入っていると思っていた。しかし夫は、その物置へは絶対に近づこうとしない。掃除機を取りに私が近づくときだけ、ものすごい形相で目で追ってくる。次第に私は中身が気になっていった。夫は普段リモートワークで家にいるし、専業主婦の私も開けられそうな機会が多い訳ではない。次第に魅惑に釣られ、噓を言うようになった。
「今日は私パートの面接してくるね! 夕方には帰るから、あなたもたまにはランニングに出てみたら?」
「今日は高校の友達と出かけるね! 夕飯までには帰れないから…外食でもして! ごめんね」
夫は毎回私が嘘を言って外出する時決まって、
「わかった。気を付けて」
と、パソコンで仕事をしながら言っていた。
そしてある時、ついにチャンスが巡ってきた。夫が2泊3日の出張に行くことになった。絶対に開けれると確信し、気分が高揚したが悟られないように極めて冷静に荷物の準備を手伝った。
「それじゃあ…行ってくる。終わったらすぐ帰ってくるよ」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
夫は車に乗り、新幹線に乗るために駅へ向かった。その日は私は普通に過ごし、布団へ潜った。万が一忘れ物があって戻ってきてバレない様にだ。
2日目
朝起きて、朝食を取り掃除機をかける。洗濯物を干してお昼までに買い物を終わらせ、夕食の仕込みを終えると、時計は夜6時になろうかという頃で梅雨時の日も斜めに傾いている。コーヒーを飲むためのお湯を沸かして、待つ間に計画を実行した。
奥の物置は夕日に照らされ白い扉が光を反射している。静かに扉を開けると小箱は正面に鎮座していて、夫の目を気にしなくていいため手に取ってみる。木でできており右側面には何かを入れられる小さな穴が開いている。意を決して一思いにそれのふたを持ち上げた。
開けるとバレリーナの彫刻が立っている。ふたの裏側は鏡になっており、バレリーナの背後に私が映っている。
「やっぱりオルゴールじゃん…あの穴はネジ巻き用? 無くして鳴らすことが恥ずかしかったのかしら」
クスっと笑うとカチっと何か機械音がする。バレリーナが回り始め、ひとりでに音楽を奏で始めた。不思議と引き込まれるような音色、聞き覚えがあるが何の曲だったか思い出せない。
と、一音外れた。私自身絶対音感は持ってないけど確実に一音外れて鳴ったのは聞き取ることが出来た。
「今…」
ゴン!っと頭を重い何かがぶつかり、床に倒れこむ。頭がたたきつけられるとピシャっと水音がした。廊下側を目で追うと、そこには夫が鉄バットを持って立っていた。
「あ~あ、別に開けてもいいんだけどさ。いつも言ってたじゃん、気を付けてって」
体温がみるみる下がるかのように寒気を覚え、視界が周りから暗くなってゆく。最期に目にしたのは、近づいてきた彼がバットを振り下ろす光景だった。
バレリーナは踊りをやめ、音楽は終演を迎える。ふたについた鏡には、倒れた女性と反対の壁にある窓から差し込む太陽だけが映し出されていた。